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『11月15日2巻発売!』願ってもない追放後からのスローライフ?  作者: シュガースプーン。
第六章お弁当屋の七番弟子

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第224話 繋ぐタスキ

豚カツ弁当で気合いを入れた後、午後の試合が始まった。


準決勝まで勝ち進めば、勝ち残った高校はだんだんと強豪校に絞られてくる。


風美夏達の高校の相手も、優勝候補と言われる学校であった。


部長である木村は、正座をしながらチームメイトの試合を見守っている。


午前の試合と違って、監督席に座る風美夏の姿に、力を貰っている気がする。


しかし、このレベルまで来ると、いくら風美夏の指導で強く成長したからと言っても、無駄の無い効率的な成長をしただけであり、ステータスで言えば、素人のままである。


常勝を掲げる様な強豪校は、伝統と環境、それに、その高校に入りたいと望んだ有名選手が集まる場所である。


一筋縄では行かないどころか、初出場の風美夏の高校が一勝でも取れば、大金星と言われるくらいである。


しかし、この試合、先鋒は、苦しい戦いながらも白星を上げた。


このまま連勝できれば勢いになれたかも知れないのだが、相手もそんなに甘くは無く、次鋒、中堅と惜しくも黒星が付いてしまった。


部長の木村は副将であった。


部長なのに大将になれなかったのかと笑う人もいるかも知れないが、剣道部の中で、風美夏の指導を受けて1番成長したのは副部長の亜夢であった為、木村はなんの文句もなく亜夢を大将に推した。


元々、木村が部長になったのは、亜夢よりも実力的に勝っていたからでは無く、部員に目を配れる視野の広さだ。


木村は、部の雰囲気を変え、そんな自分を全国大会にまで連れて来てくれた風美夏に感謝している。


だからこそ、木村はこの状況に相当なプレッシャーを感じていた。


3回戦までは、監督席に居たのは顧問の長山であった。


そしてこの準決勝からは風美夏が座っている。


この準決勝で、敗退してしまえば茶々が入るのは風美夏かも知れない。


部外者から見れば、この状況は指導者がなんらかの状況で席を離れてマネージャーが代わりに座っている様に見えるだろう。


そんな状況で、自分が負ければ負けが敗退する大一番がやって来てしまった。


木村は手が震え、呼吸が浅くなり、息苦しく視野が狭くなっていく様な感覚を覚えた。


「ちょう____部長!」


木村は、自分が呼ばれている事に気づいてハッと我に返った。


風美夏が、防具が外れていると進言してつける為に近くに来てくれたのだ。


勿論外れているわけでは無く、つけるふりをして声を掛けに来ただけであるが。


「緊張を解せとは言いません、それだけの舞台ですから。だけど、部長だからって気を使いすぎです。周囲を見て行動できるのは部長のいい所です。だけど、そのせいで自分の気持ちを押さえ込む癖があります」


木村は、返事をする事なく静かに風美夏の話を聞いている。


「試合の時くらい、自分に我儘になって下さい。それで周りに何か言われようと、私や、部活の仲間達は一緒に背負いますから」


「でも、柏木さん____」


「部長、勝ちたいですか?」


風美夏は、木村の言葉を無視して木村に質問した。


「勝ちたいですか? 部長」


真剣な風美夏の瞳を見て、木村は自然と言葉を口にした。


「勝ちたい!」


「なら、今はそれだけ考えればいいです。それ以外の事は後から考えましょう。勝ちに貪欲に、そうすれば、体は今までの経験で勝手に動いてくれます」


風美夏の言葉に、木村は頷いた。


「まだですか?」


審判がそう声を掛けてくる。


「あ、今終わりました。それじゃ先輩、いってらっしゃい」


風美夏がかけた言葉は、応援の言葉ではなく、ただ見送るだけの言葉。


勝ちに貪欲に戦う選手には、応援は必要ない。


ただ、信じて送り出して、見守るだけでいい。


木村がコートに入って一礼すると、審判の掛け声と共に試合は始まった。


剣先での牽制のやり合い。


剣道は、読み合いからの一瞬で試合が決まる事も多い。


魔物と戦う時の様に、手数勝負と言う訳ではない。


勝ちに貪欲に。


初めに動いたのは木村であった。


相手の手が下がった所を見計らっての小手狙い。


しかし相手も、強豪校の選手である。


かわしてのもつれ合い、またコートの中央に戻っての仕切り直し。


そして、またもや先に動いたのは木村であった。


先に動いた方が負ける。なんて言葉もあるが、それだけではないのがスポーツだ。


先程と同じ様に小手狙い。そう見せかけての面だ。


先程のイメージが残っていたのか、今回の方が木村の動きは鋭く、相手の選手は先程よりも大きく避けようとした。


そこを狙っての面は綺麗に決まり、審判の旗が上がると「一本」の声が上がった。


まずは一本。


剣道は、一本取ったら勝ちと言うわけではない。


二本取って勝ちが決まる。



それなのに、木村は一本取った事で、あと一本と、気をせいてしまった。


勝って兜の緒を締めよとはよく言ったもので、相手は試合開始早々その隙をついて、一本返されてしまった。


後は、どちらか一本取った方が勝ちである。


焦って一本返されてしまった自分の不甲斐なさに、少し怖くなって木村はチラリと監督席を見た。


落胆か、嘲笑か。まだ自分に期待してくれるのか。


しかし木村の目に映った風美夏の姿は、ただじっと、真剣に自分を見守ってくれる姿であった。


「勝ちに貪欲に……」


風美夏の先程の言葉を自分で静かに口にした


合図と共に、試合が再開される。


攻守共に、何回か一本を狙って動くが、きちんとした決まり手にはならない。


残り時間もわずかと言う所で、木村にとって不測の事態が起こった。


汗で、足が滑ってしまったのだ。


その隙を、相手が見逃す訳が無かった。


相手からの竹刀が迫るのが見える。


その刹那、木村の視界に入るもの全てが遅く感じられ、相手の胴への竹刀の道筋が見えた。


しかし、滑った事で踏ん張りが効かず、行動を起こせないまま竹刀を受ける事になる事も分かってしまう。


勝ちに貪欲に。


木村は滑った足とは反対側の足に力を入れて、足から悲鳴が上がるのを無視して無理矢理に体を動かした。


首を動かし面の軌道から頭を逸らし、竹刀をくぐる様にして胴を横なぎに撃ち抜く。


「胴ぉぉおおお!」


木村の人生の中で、1番大きな声が出た気がした。


審判の判定は胴あり。


木村はチームの勝ちの為に、タスキをつなぐ事に成功したのだ。


礼をして戻って、亜夢を送り出す。


木村の予想通り、亜夢は白星を決め、決勝への切符を勝ち取ってくれた。


試合が終わった後、喜ぶメンバーの中で、風美夏が木村を抱きしめた。


喜びを分かち合う。


だけど、体を離した風美夏の顔は、真剣そのもので、紡がれた言葉は残酷な言葉であった。


「ありがとうございました。でも、部長、その足では決勝は無理ですよね」


アドレナリンのおかげで、気づかないでいられた。指摘された途端に痛みが襲ってくる。


最後に無茶な事をしたせいで足を痛めてしまった様だ。


木村のインターハイは、仲間にタスキを渡して終わりを迎える事になったのであった。




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