第182話 金を貸した男
黎人達が冒険者ギルドに向かっている頃、とあるキャバクラで接待が行われていた。
「それで、いつになったらあの邪魔な店をどかしてくれるのかな?」
「はい。もう追い詰めまして、後もう一息ですので、何卒お待ちください」
先程、紗夜の弁当屋に借金を取り立てに来ていた男が、別の男を接待していた。
この男の名前は安保米伝。
この男の事からまず話すと、安保はただの無職の男である。
どうして紗夜に金を貸す様になったかと言うと、安保は当時、借金でクビが回らず、更に借金を重ね、何を思ったのか最後に夢を見ようと海外に飛んだのである。
しかし計画性があるのかないのか、お得な往復の航空プランで行ってしまい、何を考えたのか遊んだ後は日本に帰って来てしまったのである。
ただ、運のいい事にその時は日本経済崩壊の真っ只中であり、安保の飛行機は日本に飛んだ最後の飛行機であった。
その結果、使い切れずに戻って来たドンが円崩壊の影響を受けて莫大な円に早変わりしたのである。
そのお金を、借金返済に回せば完済できたものの、経済崩壊してしまった日本では借金取りもなりを潜めていた。
そこで、安保は金を何に使おうかと考えた時、いつも通っていた弁当屋で弁当を買う事だった。
そしてその店が紗夜の弁当屋である。
安保は借金で首が回らず、日雇いのバイトでも罵倒されながら働いていた為、弁当を買いに来るたびに笑顔で対応してくれ、常連になれば軽い会話もしてくれる様になった紗夜に惚れていた。
だから弁当屋でいつもより高い弁当を買う事にして弁当屋へ向かったのである。
そして、安保が弁当屋で見た光景は、いつもと違い、シャッターのしまった弁当屋であった。
安保は残念に思いながら帰ろうとした時、たまたまそこに紗夜が店舗兼家である弁当屋から出て来たのである。
安保は嬉しくなって紗夜に声をかけた。
常連の顔を紗夜は覚えており、弁当屋が再開出来ない事を申し訳なさそうに謝ってきたのだ。
安保は、紗夜に弁当屋の実情を聞いた。
急な物価上昇で仕入れができなくなり、弁当屋を畳むしかないと、紗夜は瞳を潤ませた。
その顔を見て、男は紗夜に資金援助を申し出たのだ。
自分がたまたま手に入れた莫大なお金を投資する事を提案した。
仕入れができれば人気だった弁当屋なら利益が出るはず。
安保はそう提案して紗夜に金を貸したのだった。
その時、紗夜の提案で、契約書を作って契約を交わした。
安保は、紗夜の力になれた事にとても満足していた。
その後、更に日本の円の価値は落ち、仕入れ値が高くなれば弁当の値段も上がる。
そして、仕入れた材料は売れなくても日持ちしない。
その内、冒険者による炊き出しが始まり、弁当屋の需要はなくなってしまった。
そして一年と少しで日本経済は瞬く間に復活した。
まるで、あの出来事が幻想であったかの様に。
そして、経済が戻ったと同じくして借金取りは現れたのだ。
安保は、今までの経緯を話して、借金取りに土下座をした。
その話を聞いた借金取りは、ある提案をしたのだ。
ある企業が、あの辺りにでかい商業施設を作る計画があるが、紗夜の弁当屋は店を売る気が無く、計画が止まっているそうだ。
あの土地は高く売れる。その土地でチャラにしてやる。
だから弁当屋に貸した金を利用して地上げして来い。
そんな提案だった。
安保は揺れ動いたが、紗夜の事を思って断った。
しかし、借金取りはこう続けた。
土地だけでお前が貸した金がチャラになるはずがないだろ?
「なら、家を無くした女をお前のものにしてしまえばいいのさ」
安保は元々自分の快楽に流されやすい男だ。
借金取りがノウハウを教えてやると言う甘い囁きにのってしまった。
その時から、安保は紗夜を手に入れる為に己も借金取りへと変わったのだ。
借金取りへの接待を終えて、帰り道を歩く安保は右手を忌々しそうに見ながら1人愚痴を溢した。
「あの男さえ居なければ今日方がついていたかも知れないのに」
自分の都合のいい考え方しかしない男は、自分の名前をもじって、米田組と名乗った事がこの先どうなるか、まだ知る由もなかった。