第181話身分証明
黎人が2人を連れて向かったのは、冒険者ギルドであった。
紗夜の弁当屋に行く前に視察した所なので、説明しなくとも自分の身分を証明するのにちょうどいいと思ったからだ。
一応、向かう道中に、軽く弟子になった場合はどう言った教え方をするのか。
2人同時に教えるメリットなんかも話しながら移動している。
メリットと言う程では無いのだが、2人を弟子にする事で2人ともステータスが上がる。
風美夏が紗夜を守る為に冒険者になっても、風美夏が学校の間は、弁当屋で紗夜が1人になる為、その時間を狙われたら意味がない。
逆に紗夜だけ冒険者になったとしても、風美夏の登下校中に誘拐などされ、人質をとられた場合、紗夜は何もできないのである。
それに、2人で協力して冒険者をすれば、魔石の稼ぎは2倍。
風美夏がバイトとして小遣いを持っていっても店の経営には余裕ができる。
黎人は、将来的には弁当屋を趣味にすべきだと思っている。
必死に働く場所ではなく、常連、勿論新しいお客さんともコミュニケーションを取り、亡くなった旦那との思い出を守る大切な場所として維持できれば、仕事である必要はないのだ。
勿論、法律上は店舗だし、紗夜は経営者だが、他で莫大な収入があれば、弁当屋の業務を趣味にできるのだ。
紗夜があの店を借金を負ってまで続けているのは思い出の為だから、その選択肢があってもいいと思う。
冒険者ギルドの中に入って受付の方まで行くと、時間帯的に空いている事もあるが、受付嬢が気づいて黎人達の元までやって来た。
「オーナー、何かお忘れ物がありましたでしょうか?」
「オーナーと呼ばれると周りの目が痛いから一般の冒険者の様に呼んでもらえると助かるかな」
先程もギルドマスターまで取り次いで貰った受付嬢だから、黎人の素性をちゃんと把握してるのだが、黎人は仰々しい呼び方を嫌って苦笑いで答えた。
「失礼しました。春風様、何か不備がありましたでしょうか? 必要であればギルドマスターに取り次ぎを致します」
「よろしく頼む」
受付嬢は黎人の話を聞いてギルドマスターの所へ向かって行った。
受付嬢が、受付の別の職員に伝言を伝えていたのか、黎人達に飲み物を持って現れ、ロビーの椅子で待つ様に案内された。
「春風さんは、本当に偉い人なんですね」
「うん。今の対応でもう信用していいと思います」
紗夜は、ほんわかした雰囲気だが、弁当屋の所よりも緊張しているのか幾分か背筋の伸びがいい。
風美夏も、詐欺師では無いと思ったのか、道中の話も相まって目をキラキラさせて黎人を見ていた。
「ははは。今後の事も含めてしっかりと話をしてから決めればいい。今、この冒険者ギルドのギルドマスターも呼んでるからな」
黎人は、そんな2人に焦る必要はないと言って提供されたお茶で喉を潤した。
「春風様、お待たせ致しました」
「へえ、彼女達が新しい幸運の持ち主かい? 黎人」
ギルドマスターと共にやって来たのは、金田蘭丸。
元黄昏の茶会のメンバーで、男装の麗人で女好きの女性だった。
昔なら、何組と言われそうなピンとした姿勢と、芝居がかった口調が特徴的だ。
「なんだ蘭丸、来てたのか」
「やはり君の言葉には棘があるね。奈緒美に頼まれて仕事さ。そしたら幸運にも君の新しい弟子に出会えた訳だ」
「あの、春風様、ギルドマスター室に移動致しましょうか?」
黎人と蘭丸の話に、ギルドマスターが口を挟んだ。
大事な話なら、個室に移動した方がいいか聞いて来たのだ。
「いや、大丈夫だ。この2人に俺の身分を証明しようと思って呼んだだけだからさ」
「そんな事でギルドマスターを呼び出すのは黎人くらいじゃないかい? お嬢さん達、この人は信頼していいよ。これまでの弟子達も立派に育て上げ、皆が自分の未来を見て歩いている。 黎人に興味を持たれた幸運を喜ぶといい」
黎人はその胡散臭そうな話で疑問を持たれないかと思ったが、蘭丸の話に風美夏が興味を持ち、蘭丸の話は盛り上がった。
勿論、いらない事を大袈裟に口走ろうとすれば、黎人のひと睨みで蘭丸は口を滑らせる事はなかった。
何はともあれ、2人に黎人は信用され、弟子入りする事が決まったのであった。