第179話 借金の訳
黎人はお弁当屋の店員の話を聞いている。
店員の女性は「迷惑をかけましたし、話は長くなりますから」と言って、店を閉店させて、店の奥にある部屋で、お茶を出してくれた。
不用心に思えるが、黎人としては、しっかりと話を聞くつもりだったので上がらせてもらった。
「そうですね、どこから話しましょうか」
女性はそう言って話を始めた。
彼女の名前は柏木紗夜。この弁当屋を1人で切り盛りする女主人であった。
どうやら、この弁当屋は、彼女の亡くなったご主人との思い出の店なのだそうだ。
彼女が就職して、一人暮らしを始めてしんどかった時に、安くて温かいお弁当を提供してくれる当時店主であったご主人に愚痴を溢し、元気を貰う内に恋に落ちたのだと惚気話を聞かせて貰った。
楽しい夫婦生活だったそうだ。
それが、5年前にご主人が急死してしまい、彼女はご主人の残したこの思い出の弁当屋を1人で切り盛りして来たそうだ。
しかし、数年前にこの日本の経済状況は崩壊した。
紗夜はその時もこの店を守る為に奮闘したそうだ。
その時に、資金繰りが難しくなり、銀行も全てストップしていた状況であの男から借金をしたそうだ。
その借金も焼け石に水で、一度は店を閉める事になってしまったそうだが。
そして、一年足らずで経済が回復して来た頃には莫大な借金だけが残ったそうだ。
貨幣価値が当時のままならお弁当の売り上げで返せる額だが、円の価値が元に戻ってしまってはどだい無理な話である。
この店を手放したく無い紗夜は、必死に働いてなんとか利子分を払い、返済を待ってもらっていた。
少し前までは弁当屋も繁盛していて、利子分しか返せていないので元本が減らない借金地獄ではあるが、この店だけはなんとか守れていたのだ。
しかし、数ヶ月前から何故か取り立てが厳しくなり、営業中の店にまで無理な取り立てに来るので、怖がってお客さんは離れてしまい、いまは利子分を払うのも困難になっているそうだ。
なるほど。と黎人は思った。
言わば黎人が起こした日本崩壊の被害者と言うわけである。
別に、当時この弁当屋の事は知らなかったし、弟子達のために冒険者の地位を高くしたあの時の事を後悔する気持ちもない。
別に、他人がどうなろうと知ったことでは無いと思っているのは今も変わらない。
ただ、そう。ただの気まぐれとして、道楽として、この女性の思い出の為に一肌脱ごうと思った。
ただお金を渡して終わりにもできるが、それではああ言う輩は調子に乗っていちゃもんを付けてくるだろう。
火蓮の時、自分が後ろにいる状況とは違うのだ。
だから、この女性が心配なく弁当屋をできる様に、力をつける事を提案する。
女性が1人でやっていける様に、黎人が勧められるのはいつもと同じ様にステータスアップによる恩恵だった。
黎人が話し始めようとした時、後ろに気配を感じて、黎人は振り向きざま自分に振り下ろされた竹刀を掴んだ。
「チッ、家にまで上がり込んで。お母さんから離れろ!」
「やめなさい、風美夏」
黎人が受け止めた竹刀を握っていたのは、20代後半に見える紗夜をお母さんと呼ぶ、高校生くらいのジャージの少女であった。