174話パーティーの準備1
車から降りた明水子、心、瑠奈の3人は聳え立つ建物を見上げ、言葉なく口をあんぐりと開けていた。
「お前たち、そんな所で止まってないで行くぞ」
なんでもない様に建物に入って行く黎人を慌てて追いかけ、明水子は黎人に質問した。
「こ、この中に師匠のお宅があるんですか?」
「ん? ああ。このビルは俺のだからな。他の階は貸してるから住まいは1番上のフロアだけど」
「ほえー」
明水子がなんとか返事をできたのはそれだけだった。
心と瑠奈は自分達が入って良いものかと周りをキョロキョロと見ている。
エントランスには大理石で作られた滝が流れ、普通のマンションでない事は外見だけで無く、この場所を見ても明らかだ。
エレベーターの中も、普通のエレベーターでは無く、しばらく上がった場所からガラス張りに変わって、外の景色が見渡せる様になった。
夜の景色はさぞ綺麗な事であろう。
最上階に到着して、エレベーターを降り、フロアにある自動ドアを通った先で金髪の美人が黎人に飛びついた。
「黎人ー、お帰りなさい!」
明水子達は驚きで目を見開いた。
黎人に師事して半年以上経つ明水子でさえ、彼女、もしくは奥様が居るなんて知らされていなかったあらだ。
「黎人、私のお魚達はどこ?どこなの? あら? 次の弟子達は3人娘なの?」
黎人に飛びついた美人がひょっこりと顔を覗かせ、明水子達を見てそう話した。
明水子達の目線は美人の口に咥えられた海老天に釘付けになった。美人とのギャップが凄かったからだ。
「師匠、レベッカさんの摘み食い止めてくださいよー」
「黎人さん、お帰りなさい。レベッカさん。あんまり食べると後のご飯抜きにしますよ?」
「え、紫音ちゃん。我慢するからそれは勘弁して〜」
「火蓮、紫音、ただいま。もうみんなきてるのか?」
「ゲスト以外は揃ってますよ。後は料理も並べるだけです!」
「べ、べ、べベ、ベッキーさん!それに柊様に亜桜様!」
黎人達が挨拶をする中、大きな声を上げたのは心だった。
レベッカは世界的な女優であるし、火蓮や紫音も、冒険者ギルド、冒険者マネジメント会社の両方で、フリーランスとして広告等で活躍中だ。
ミーハーの心にとって、アイドルよりも尊い存在であった。
「すごい人達。明水子の師匠はなにもー」
瑠奈は発言の途中で、興奮した心に体を揺さぶられて語尾が飛んでいってしまった。
「貴方達、そんな所で立ってないで中に入りなさいな」
海老フライを飲み込んだレベッカが右手の親指でクイッと部屋の中を指した。
「レベッカ、俺の家なんだけどな」
「良いじゃない。弟の家なんだから私の家みたいなものよ」
明水子達は言われるがままに部屋の中へと入った。
するとそこはお店の様に広い部屋が広がっていた。
「あ、明水子ちゃんに心ちゃん。いらっしゃい」
「久しぶりだね。隣の子が瑠奈ちゃんかな?」
部屋の真ん中で、楓と翠が仲良く大きなテーブルにテーブルクラスを掛けながら3人に話しかけた。
「「お久しぶりです!」」「初めまして、瑠奈です。よろしくお願いします」
「明水子ちゃん、どうしよう。私、楓さんと翠さんに安心しちゃったよ。2人ともすごい人達なのに」
「心ちゃん、私も…」
明水子と心が久々と話す中、クロスを掛け終わったテーブルに料理が置かれ始める。
「黎人、このローストビーフは私が作ったの。イギリスで特訓した力作よ。絶対に食べてね」
そう言って食事を運んで来たのはエヴァであった。
イギリス王女が食事を作り、配膳する光景は違和感があるが、この中ではエヴァもただの黎人の弟子である。
楓や翠達に誘われて明水子達もパーティーの準備を手伝う事になった。
錚々たるメンバーに緊張する3人娘達にとって、その誘いは救いの手であった。
なお、このメンバーの中、1番早く馴染んだのが、人見知りの明水子であった。
理由は言うまでもなく、皆が黎人に似た雰囲気を持っており、明水子もやはり黎人の弟子であったからだろう。




