間話魔物になった人 ※グロいのが苦手な方は飛ばしてもらった方がいいかも?です。
いやだ。私の身体なんだから言う事を聞いてよ。
矢野美代は自分の自由にならない体に言う事を聞かせようと必死だった。
魔物を殺し、魔石を噛み砕く音、獲物を見つけて吊り上がる口角の感触は自分の体と同じ様に感覚がある。
ただ、自分の意思とは関係なく動く体、与えられる感触に不快感を覚える。
そして、視界に入った次の標的を見て、美代は声に出ないとは分かっていても、悲鳴の様な声を叫んだ
やめて!もう止まって!止まってよ!
次に自分の体が標的にしたのは人間だった。
格好から見るに冒険者だ。
やめて、人に手を出さないで
そんな美代の意思が叶うはずもなく、体は持っていた魔物を投げて逃げ出した冒険の足止めをする。
人ほどの重さのものが猛スピードで飛んでくるのだ。
冒険者といえども骨が折れてしまうのではないのだろうか?
案の定、倒れたまま冒険者は立ち上がってこない。
まさか、死んでないわよね?
美代の思考を置き去りにして、体が動いた。
今度は逃げ出そうとしている別の冒険者に向かって走り出したのだ。
これまで魔物を襲ってきた記憶から、この体がなにをしようとしているのかがわかってしまった。
嫌だ、いや____
体は冒険者を殴り飛ばし、近くに居たもう一人には足を膝の辺りから噛みついて食いちぎった。
顔にかかる鮮血が不快なのは勿論のこと、口に広がる鉄の味、ぐにょぐにょとした食感が人を食べているのだと実感する。
精神的には、胃の中の物を全てぶちまけたいのだが、体は勿論意志とは関係なくその肉を飲み込んだ。
喉を通る感覚が伝わってくる度に気が狂いそうになる。
のたうちまわり、逃げなくなった事に満足したのか、次のターゲットは魔物と戦っている冒険者の様で、そちらに向けて体は走り出した。
次に体が手を出した冒険者は今までの人とは違っていた。
さっき足を食いちぎった男よりも華奢で、直ぐにでも殺してしまえる様な見た目だった。
そして、私はこの人達を知っていた。
私がひもじくて、苦しくて、仕方がなかった時に、炊き出しで一杯のお粥を渡してくれた冒険者だった。
嫌だ!この人達だけには、手を出したくない!
しかし、私の思う様な事にはならなかった。
彼女達は守備を整え、私の体と、私と同じ様な鱗を持った魔物の攻撃を耐えしのいでいた。
しかし、彼女達は私の体ともう一体の魔物の攻撃に劣勢で、耐えてはいる物の、ジリ貧。
このままでは、私は彼女達を手にかけてしまう。
その恐怖は、突然の終わりを迎えた。
突然現れたガタイのいい冒険者が笑いながら魔物と一緒に何処かへ飛んで行った。
これで、彼女達の相手は私の体1人となった。
安心したのも束の間、彼女達は、私が一体になってからは、見事な連携で私の体に攻撃の隙を与えなかった。
しかし、それは私にとっての地獄でもあった。
彼女達の攻撃はこの体にとって致命傷にはならなかった。
この体が頑丈なのか、武器での攻撃もナイフで刺される様な傷しかつかず、この体は、その程度では生き絶えはしない。
だがその攻撃の数々は、矢野美代の朧げだったトラウマを呼び起こした。
裏路地で、抵抗できないままに、ナイフで滅多刺しにされ、早く死にたいと思ったその記憶をフラッシュバックさせた。
痛い。嫌だ。終わって。助けて。…もう、殺して。
しかし彼女の願いも虚しく、人の体よりも頑丈なこの体は、あの時の裏路地のように途中からで気を失う事もできずに、彼女に滅多刺しにされる感触と痛さを与え続けた。
胸の痛みが激しくなり、皮膚が剥がれる様な感覚があった。
「イ…やダ…トマって…コロし…テ」
私の声が口から声が出るのを感じた。
彼女達の攻撃が止まるも、人ならとうに気を失っているであろう痛みの何倍もの感覚の中、攻撃が止まった所で、今刺されているのか、それとも刺されていないのか。そんな判断はできない位に体中から痛みを感じていた。
口から出た言葉は美代の本心だ。
この痛みから解放されるなら、早く殺してほしい。
冒険者の彼女達は驚いて手を止めた攻撃再開し始めた。その攻撃をわたしの胸に集中させて。
ガキリと私の胸で何かが壊れる感覚があった。
それと同時に、だんだんと体から感覚が離れていく感じがあった。
徐々に失われていく痛みと感覚に、これで終わるのだ。解放されるとだと悟った。
意識が薄れていく中で、美代の口から出た最後の言葉は「ありがとう」であった。