158話前向きな一歩
今日は師匠の弟子、つまり私にとっての兄弟子か姉弟子が福岡にやってきているそうで、会う事になっている。
本当は今日は師匠が弟子と会うからって言って私1人でダンジョン探索の予定だったんだけど、私がお願いして一緒に連れて行ってもらう事になった。
心ちゃんと話す様になって、私は自分がコミュ症だと言い訳して、人との関わりを拒絶していたんじゃないかと思う様になった。
勿論、他人と話すのは緊張するし、いまでも面と向かって人と話す時には、恥ずかしくて素っ気ない返事を返してしまう事の方が多い。
それで話が途切れて終わってしまうのだ。
でも、ゆっくりでも心ちゃんと話す様になって、友達が出来るのを待っているだけじゃなくて、自分から関わりに行く事も必要だなと思う様になった。
とは言っても、急に人が変わるのは簡単な事ではなく、自分からクラスメイトに話しかけるのも怖くて実行に移せてはいなかった。
しかし今回は、師匠の弟子だから怖い人ではないだろうし、師匠も一緒なのだから前に進む為に会いたいとお願いしたのだ。
わたしがそんな事を言うとは思ってなかったのか、師匠は少し驚いている様だったけど、ニコリと笑って嬉しそうに了承してくれた。
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楓と翠は今、新幹線で福岡に向かっていた。
飛行機で行く方法もあるのだが、それだと別々に行く事になるから、少しの旅行気分を味わう為に京都で合流して、2人で新幹線の旅を楽しんでいる。
2人は旅行というわけではなく、2人が勤めている会社がそれぞれ、ダンジョンの警備を強化する為に、福岡視察をする事になり、上司達が気を遣って2人の予定をブッキングしたのだった。
博多駅に着くと、2人は人を探した。
2人の師匠、黎人が博多にいる様だったので、久々に食事をする約束をしたのだ。
博多にいる事は、楓の上司、クジラワークス社長の織田悠馬からの情報だった。
織田は黎人に会社のコンサルタントに入ってもらっている為、連絡を取って知っていたようである。
「黎人さん、お久しぶりです」
「ご無沙汰してます、黎人さん」
2人は黎人を見つけて挨拶をした。
「2人とも久しぶりだな」
「はい」
まずは黎人に挨拶をして、2人は黎人の背後に恥ずかしそうに隠れる妹弟子を見た。
「黎人さん、その子が?」
「ああ。兄妹弟子の楓と翠に会うのは楽しみにしてたんだけどな。
いざ面と向かうと緊張するみたいだ」
師匠に隠れてチラチラと兄妹弟子を覗く明水子の姿は、親戚の叔父さんに会うのを恥ずかしがって親の背中に隠れる子供の様だった。
極度のコミュ症だと事前に黎人から聞いていた2人は、優しく明水子に話しかけた。
「初めまして。僕は土方楓」
「私は椿翠よ。よろしくね」
2人の自己紹介に明水子からすぐに返事は無かったのだが、2人が笑顔で待っていると、明水子は意を決した様に話しだした。
「柚木明水子です。楓さん、翠さん、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
この後、4人は食事に行き、食事が終わる頃には明水子は楓と翠の2人と家族の様に普通に会話ができる様になっていた。
明水子が言うには、2人とも黎人に似た雰囲気で、いつの間にか緊張せずに話せる様になったとの事だ。
楓と翠の2人と、家族の様に自然に接する事ができる様になった明水子は、後日に、2人と一緒に、ダンジョン探索をする約束をするのだった。




