138話崩壊
「クソっ!このままでは支持率が下がる一方だ。おい、冒険者ギルドから魔石を買い取って発電に回す事は出来ないのか?」
「そんな事をしても焼け石に水でしょうし、貴方から手を出したのに今更。
そもそも予算がねえ…。
それで、今の日本の現状をどうお考えで?」
「く…」
「このままでは日本は終わりです。文字通り、日本で無くなるかもしれない」
「なら、どうすればいいと言うのか!」
有安團蔵現内閣総理大臣は官邸を訪れたある議員の言葉にそう怒り叫んだ。
この議員は対立派閥の元与党議員であるが、前回の内閣解散で手を組んだ言わば間者の様な立ち位置の議員だった。
手を組んだ関係上、国会をスムーズに進める為にこうして国会開催前には内密の話し合いが行われている。
今の内閣支持率の解決策を野党筆頭派閥に聞くなど滑稽な話であるが、今の状況は藁にもすがる状況だった。
計画停電を繰り返していたものの、今の現状行える発電方法では一向に必要な電力を確保するには足りず、魔石発電時代の保存分を食い潰し、電気不足という言葉では足りなくなってしまっている。
そして、電気が無ければ他のガスや水道などのライフラインも施設が止まってしまえば断絶してしまう。
日本国内にある会社は電力不足により営業を停止。
勿論、工場なども停止、飲食店も同様etc…
結果、日本経済は停止してしまう。
それだけではない。
日本から高位冒険者の喪失、魔石社会からの脱退。
世界が日本を見る目は敗者を憐れむ目へと変わった。
そして起こったのは円相場の崩壊。
1ドル=15000円と言う円安という言葉では表せない額にまで円の価値は失われてしまった。
世界経済で、円は紙屑と同じになったのだ。
そうなれば、日本は物資を輸入する事さえ厳しくなり、国民は飢餓に苦しみ、現状を打破出来ない政治家を呪った。
そしてそんな中、ごく一般的な生活をする冒険者を羨んだ。
なぜ冒険者は今までと変わらない生活をおくれるのか?
それは冒険者ギルドが魔石を売る相手が海外だからである。
金相場と同じ様に魔石相場があり、魔石の相場は変わっていない。
なので冒険者ギルドは魔石をドルやユーロ、ポンド等の外貨で取引している。
その為、円相場が崩壊していても関係が無いのである。
もうお分かりだろうが、日本は電力確保の為に魔石をギルドから買おうとしても、円では大量に仕入れる事さえできないのである。
「それでは貴方に選んでいただきましょうか。
革命が起こる時には国民の反感を買った為政者達は打たれます。
総理大臣と言う地位にしがみついて打たれるか、日本を救う為に今一度黒川さんにその地位を譲るか」
「な、お前、まさか…」
「私はいつでも黒川さんの部下ですよ?
毒を以て毒を制す。日本を変えるためには貴方の様な毒を使う必要があっただけです」
顔が青ざめる有安に野党議員はニッコリと微笑む
さて、これがきっかけで、日本は好転するのだろうか?
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ボロボロの服をきた女性が歩いていた。
その服は元々は品質の良い物だったのだとわかるいい生地であった。
履いていたヒールのある靴は折れてしまい何処かで捨てて来た。
今は裸足の状態で、筋肉痛で痛む足に鞭打ち歩いていた。
彼女は、ある場所へと向かっていた。
電車もタクシーも止まってしまったこの国で、生きたいが為に人づてに聞いた情報を信じて歩いていた。
彼女は3日ほど前まではそれはそれは今のこの国では豪勢な生活を送っていた。
常に電気のある生活。満足のできる食事。そんな当たり前の生活が贅沢となった国で、金に物を言わせてホテル暮らしをしていた。
それが3日前に日本円の大暴落が起こり、持っていた所持金は価値を無くし、ホテルは追い出された。
今、日本で営業している店、宿等全ては冒険者ギルドと関わりのある所だ。
彼女が1週間前にクビになった職場である。
冒険者ギルドは今、冒険者達に魔石の換金を米ドルかユーロ、ポンドのいずれかで支払い、その関連企業での決済も円以外のいずれかの通貨で可能だ。
これは紙幣を大量に持ち歩かなくて良い様にする処置である。因みに電子決済は大元の会社が止まってしまっている為に使えないところが多い。
現に彼女もこの3日間で空腹に耐えきれずに弁当を買ったが、円で払った為に弁当一個で6百万程札束で支払うのは滑稽だった。
彼女が泊まった高級ホテルは当時の値段で1泊20万だった。
泊まったのは3泊。3日で60万の贅沢暮らしは3日天下より1日多いだけであった。
その後は知り合いを頼るも、皆が大変な時に不自由ない暮らしをして手を貸さず、元々の性格の悪さも影響して助けてもらえるわけが無かった。
そして遂には退職金の2000万円も使い切り、路頭に迷っていた所で無料の炊き出しの話を聞いた。
東京では4ヶ所。
冒険者ギルドと冒険者マネジメント会社各所の前で冒険者達が飢える人達に行っているそうだ。
人数が多い為に1人の量はお腹いっぱいまでとはいかないが、政府の支援がない中で、冒険者からの施しを皆が有り難がった。
この女性、気づいていると思うが矢野美代は図々しくもその炊き出しに向かっていた。
馬鹿にしていた冒険者から施しを受ける為に。
そして炊き出しの会場に着けば長蛇の列。
しかしみんな喧嘩もせずに並んでいる。十分な量が用意されていると知っているからだ。
最初の時こそ所々割り込みや2周目などのマナー違反があったが、そういった人達は冒険者に摘み出されて炊き出しを貰えなかった為に今ではその様な事をする人達はいなくなった。
ボロボロの美代が並んで2時間程ゆっくりと進んだ所で自分の順番が見えて来た。
1日何も食べず、ここに来るまで歩き疲れた美代は自分の順番を心待ちにした。
しかし、事件が起こった。
美代の前に並んでいた3人が炊き出しの鍋をひっくり返したのだ。
「冒険者に施しを受けるなんて恥晒しどもが!冒険者を追い出せ!こんな事になってるのも冒険者のせいだ!」
過激派の元冒険者デモ隊だった。
今では皆の認識は犯罪者であり、大きなグループは冒険者と警察に鎮圧されて檻の中だが、こういった残党はまだまだ存在していた。
目の前で炊き出しの鍋がひっくり返り、中身が地面にぶち撒かれた光景を見て、美代は膝から崩れ去った。
「少し待っていてください。また作ります。
オーナー達は貴方達の為に十分な食糧を用意しています」
過激派を取り押さえた冒険者や炊き出ししていた冒険者達が集まった皆にそう声を掛けて安心させる。
1番前で膝をついた美代にも、炊き出しをしていた冒険者が優しく「すぐ作りますから待っていてくださいね」と声を掛けた。
美代の目からは涙が溢れた。
冒険者を馬鹿にしていた自分を恥じた。
そして、その日の少しの野菜と肉が入っただけのお粥は大切に、ゆっくり味わったのもあって高級ホテルのディナーよりも美味しく感じた。
食べ終わった後に自分にも何かできる事はないか?そう尋ねようと冒険者に声をかける為に遠回りだが邪魔にならない様に移動していた。
広場は人が多い為に裏路地を通って。
その美代の後ろ姿を、浮浪者が怒りのこもった目で見つめていた。