132話後悔
道場で神経を研ぎ澄まして模造刀を抜いた。
決められた型にそって刀を振り抜き、そして鞘に納めた。
ふぅ、と止めていた息を吐いた。
道場には自分1人しかいない。SNSでこの道場の門下生が話題になってから習っていた他の門下生は親に言われて辞めていった。
勿論全ての門下生が辞めた訳ではないが随分と寂しくなった。
今、道場に1人しかいないのは時間が早く門下生達は学校等に通っているからなのだが…。
刀を、腰から外してじっと見つめる。
思えば、この剣術は自分の逃げ場だった。
兄弟子は言いつけを守らずに冒険者になった。
人を切る為の剣術で魔物を倒して仕事にしようとした。
剣の基礎ができていたおかげかランクは順調に上がり、Eランクになってダンジョンでの色々な実戦の話を聞かせてくれた。
自分もいつかは。
そんな風に兄弟子の背中を追いかけていた。
そんな兄弟子は、遂にはダンジョンから帰らなかった。
兄弟子の母親から形見として兄弟子の刀を頂いた。
血で汚れ、鞘から抜けば中程から折れた刀を見て、刀では魔物に敵わない事を悟った。
それからは剣術で上を目指す事を諦め、師範代になって門下生達に指導する立場になった。
師範代になってからは、剣術に携わる者の精神を伝え、道徳を語り、門下生達が巣立って行く時により良い人生を歩んでいける様に努めて来た。
しかし、それも結局は自己満足だったのだろうか?
今の門下生の中でも自分によく懐いてくれていると思った子が、デモ隊に参加して冒険者に対して酷い行いをしていたと知った。
自分はこれまで冒険者や一般人などと言った括りで見るのではなく、個人個人を見る様に伝えて来たつもりだった。
やはり魔物と戦う道から逃げ出した自分の言葉は軽く、門下生達にはつたわっていなかったのだろう。
悔しさに刀を握る力が強くなる。
その時、ガラガラと扉が開いて、1人の門下生が入って来た。
問題になっている門下生だ。
私を頼って来てくれたのだろうか?
また頼ってもらえるなら、私は彼にまた道徳を教えよう。
これだけSNSで騒がれれば、彼のこれからの人生は厳しいものになるだろう。
だけど、彼に寄り添って、巣立っていけるまで面倒を見よう。
自分の会社に頭を下げて、就職口等の口添えもできるかもしれない。
「大、よく来たな。大変みたいだが___」
そこで言葉を区切った。
大浦の息は荒く、目が血走っていて、いつもとは違うただならぬ雰囲気を感じた。
大浦が近寄ってくるが、どうしていいのか迷ってしまった。
次の瞬間、腹部に痛みが走った。
自分の腹部に、包丁が刺さっていた。
咄嗟に、これ以上道を踏み外させては行けないと思い、腕を掴んで投げ飛ばした。
歯を食いしばって説教をしようとするが、口から言葉は出てこなかった。
代わりに、力が抜けて膝から崩れる。
立ち上がった大浦は私を見下ろすと、私には目もくれず、ある場所へと向かった。
いけない!
そう思って立ち上がり、追いかけようとするが、力は抜けていき追いかける事は出来なかった。
大浦を止めなければ。彼が向かった方向には真剣がしまってある部屋がある。
そう思うが体は言う事を聞かず、そのまま意識は遠のいていった。




