125話ギルド改革のススメ
本日の世界ギルド日本支部のロビーは閑古鳥が鳴いていた。
日本に居たSランク冒険者が海外に拠点を移した結果である。
しかしこれはこれで問題がない。
日本支部は世界ギルドである為、引退ではなく拠点を海外に移しただけであれば地球基準での魔石の採掘量にあまり変化はない。
現状を管理して、ダンジョンに問題が起これば他の支部に連絡して冒険者を送ってもらい対処するだけである。
勿論、ギルドとは冒険者ありきの場所であるから、受付業務は暇の一言であろうが、仕事はそれだけではない。
世界ギルドは各国の国家ギルド、場合によっては地方ギルド(これは国によっては地方ギルドという概念がない為)と相互監視の関係にあり、切磋琢磨する関係である。
なので、今回の日本のギルドの民営化にあたって、さまざまな運営の変更点などに対応する必要があった。
ギルド職員の意識改革真っ最中だった為、本来ならこのことへの対応は激務が重なるはずだったのだが、今回の場合は渡りに船であった。
先日の話である。
「遂に民営化して運営会社も決まりましたかぁ。これからまた大変ですよ。今のギルドでも不正が発覚している所が多いのにその処理が終わらないままに運営のノウハウのない一般の会社に渡ってしまうとは…」
「いや、ちょっと待て、この会社の代表…」
サブマスタージョイコブの言葉にギルドマスターの加藤が待ったをかけた。
加藤の手には決まった運営会社の資料が握られている。
「代表の名前、春風さんだ!おい、ジョイコブ、春風さんだよ!」
「…播、それは誰だい?」
ジョイコブは加藤がなぜそこまで興奮しているのか分からなかった。
「そうか、君は知らないのか。君も日本支部のサブマスターだから知っておくべきだよな。
春風さんはな、黄昏のゼロだよ!」
「な…」
ジョイコブはその事実に驚いたものの、何故ゼロがギルドを買ったのか。謎は残るが、それでもイギリスの英雄で知られるゼロならば横暴な真似はしないだろうと思う。それに、冒険者の事を知らない会社よりも100倍マシに思えてきた。
その希望をもって挑んだ今日の新しい日本のギルドの幹部との顔合わせ。
ジョイコブの希望は大きく上振れた。
ゼロ本人は来ていなかったものの…
「それでは、これからの日本のギルドの改革について、説明させていただきます」
そう話しだしたのはジョイコブの良く知る人物、ハリー・エバンス。
ジョイコブがイギリスにいた頃に同僚だった男だ。
会議の前に少し話した所、最高の条件で引き抜かれたそうだ。
それに、日本の革命に参加できる事を嬉しく思うと言っていた。
それはゼロの行動にハリーが賛同したと言う事だ。
それは、元同僚として安心と共に、これからの話を楽しみに待つことができた。
その話はとても衝撃的なものだったが、ハリーが賛同したのもわかると思った。
日本のギルドの力関係がひっくり返らない様に、この日本支部の意識改革を急がねばとも思ったが、一つの心配事が無くなったのはいい事であった。
同日、地方ギルド、国家ギルド共に新しい会社となる為の通達がいくつか出された。
その中の一文にギルド職員の一部は反発していた。
その内容は、年度末までにEランク冒険者相当のステータスまでの魔石の吸収。尚、可能であれば冒険者免許を取得する事(取得した場合、ランクに応じて給与のアップ)
3年以内には全職員のCランクまでのステータス取得。
と言う項目であった。
勿論、無茶な要求ではなく、年度末までにEランクと言うのはかなりゆっくりだと言える。
しかし、冒険者排除を掲げる政府と真っ向からぶつかる改革となる為、反発もまた仕方ない事であろう。
しかし、反発はたいして大きいものではない。
それも、反発が大きいのはCランク以下の冒険者を相手にして来た第3ギルド以下の職員に多かった。
低ランク帯こそ粗暴な冒険者が多いが、高ランク帯になればなるほどそう言った冒険者は減る。少なくとも、暴力などに訴える様な真似はしない。
その為、高ランク冒険者と関わって来た職員ほど公務員としての魔石吸収禁止の枷が無くなり、魔石吸収に興味を持つ職員は多かった。
それに、この項目の次の項目にはステータスを上げる為の解決策まで提示されている。
ベンチャー企業《冒険者事務所》との業務連携であった。
まず、《冒険者事務所》の説明からしなければいけないが、冒険者事務所とは、これまでフリーランスだった冒険者と言う職業を会社として管理する業態であった。
《冒険者ギルド》とどう違うかと言うと、冒険者ギルドは冒険者と名前がついているが、ダンジョン、魔石の管理が主な業務であり、冒険者は取引先にあたる。
《冒険者事務所》は冒険者を雇用し、業務を管理する会社である。
デメリットとして固定給になる。
今までは魔石を稼げば稼いだだけ自分の金となっていたが、固定給(勿論ランクによる昇給や特別給与がある)へと変わる。
しかし、メリットとしての怪我をした場合に労災が使用できる事は勿論、冒険者をマネジメントする業務上、安全に探索する為のシステムが盛り込まれている。
会社による武具の支給。
これは質の良い武具を支給する事で安全の確保ができる。
高ランクの上司。
自分より高ランクの冒険者が上司となる事でスムーズなランクアップともしもの時の事故が防止できる。
など、新人、低ランク帯の冒険者にとってはメリットも多い。
この会社との業務連携により、質の良い武具のレンタル、指導者の確保ができている為、安全にステータスを上げることができるのである。
ここまでしても、まだ、否定的な職員はいる。
その職員達は今まで冒険者を見下して来た職員であり、自分達が冒険者になる事に忌避感を感じている。
冒険者相手の仕事として、それは失格である。
この様にして、改革は少しずつではあるが、開始されたのである。