116話決意
エヴァは東京で一月ほど過ごし、岡山へと戻って来た。
少し前に黎人からもう免許を取っても大丈夫だろうと言われていたが、保留にしている。
その理由は、冒険者になる時には借り物では無く自分の刀を以て免許を取りたいと思っていたからだ。
そして、岡山に戻って来てしばらくした後、エヴァはおじいさんに呼ばれたのだった。
呼ばれた部屋にはエヴァは1人で向かった。
唯と伊音の母親に袴を着付けてもらい、指定された部屋に向かう時には入り方だけ教えてもらって。
家の最奥の和室の前で膝を折り、つま先立ちの正座のような体勢で、中から声が掛かるのを待った。
程なくして、部屋の中から声がかけられる。
それを合図に立ち上がると、襖が開けられて、部屋の中が見えた。
部屋の中には中央におじいちゃんが座っており、それまでの道を表す様に黎人、唯と伊音。それからおばあさんが全員袴を着付け、目の前に自分の刀を置いて座っていた。
エヴァがチラリと黎人の方を見ると、黎人は何も反応を返さずに静かに目を瞑って正座をしていた。目の前の刀はいつも使っている借り物の刀では無く、昔おじいさんが打ったと言っていた刀だと思った。
エヴァは緊張して、生唾を飲み込んで、教えてもらった通りに静かに進み、中ほどの位置でおじいさんと対面した状態で正座で座った。
「エヴァよ、これがエヴァの為に作った刀じゃ」
そうしておじいさんがエヴァの前に鞘に納まった一振りの刀を差し出した。
鍔と鞘に鈴蘭の花があしらわれた美しい刀だった。
「抜いてみられい」
おじいさんの言葉に、エヴァははやる気持ちを抑えて、唾を飲み込むと、ゆっくりと刀を鞘から抜いた。
さぞ綺麗な刃が出てくるだろう。
そう想像していたのだが、灰色の艶のないザラついた鮫よりも少し荒い刃が現れた。
エヴァは想像と違う見た目に言葉が出なかった。
「そうがっかりしなんな。この刀の仕上げはおめぇがするんじゃ、エヴァ」
イタズラが成功した様な顔のおじいさんがそう言うと、エヴァは目をパチクリとさせておじいさんを見た。
「エヴァの魔力と共にこの刀は強う成長して行く。そして、この刀に、エヴァが主人じゃと覚えさせるんじゃ。
さあ、ゆっくりと魔力を流してみられい」
エヴァは言われるがまま、ゆっくりと刀に魔力を流し始めた。
刀はエヴァの魔力をどんどん取り込んでいく。
そして刃は、普通の刃物ではあり得ない透き通るクリスタルの様な刃文に、光を蓄えた様な乳白色の刀身の幻想的な刀へと姿を変えた。
「ほう、優しい白か。やはり、この名前がピッタリだな。
光白鈴蘭それがこの刀の名前じゃ」
「光白鈴蘭…」
エヴァはそう呟いて乳白色の中に鈴蘭の様な斑点の浮かぶ刀身を撫でた。
「その刀の名前、鈴蘭の花言葉は《祝福の再来》言う意味がある。エヴァの名前に誇りを持って強うなられえ。
エヴァンジェリン・E・A」
「はい」
____________その後、エヴァは袴からいつもの洋服に着替え、刀を専用の刀袋に入れて出かけた。
勿論黎人と一緒なのだが、今は黎人は少し離れた場所で見守っている。
エヴァが1人で考え事をしたいとお願いしたからだ。
砂浜にたって、海風に当たりながら物思いに耽っていた。
刀を受け取り、明日は遂に冒険者免許を取りに行く。
その前に、自分の信念を確認し、自問自答し、決意を固めるのだ。
その時、ふと同じ様に海を見つめる女性がいる事に気づいて声をかけた。
「風が、気持ちいいですね。考え事ですか?」
普段ならこんな事はしない。
しかし、この時は自分を知らない誰かと話したかったのかもしれない。
「え、あ、はい。これからどうしようか、分からなくなってしまったから」
「何か、あったんですか?」
女性は振り向いてこちらを見ると刀袋を見て、苦笑いで話し始めた。
「貴方も冒険者なのね。私もね、冒険者をしていたの。でも仲間や彼に裏切られてね。
人と関わるのが怖くなっちゃった。だから実家に帰ったんだけど、気まずくてね、おばあちゃんの家まで逃げて来ちゃった。
何言ってんだろ、ごめんね。こんな話をして」
「いえ。私は明日、冒険者免許を取りに行くんです。それで、これからの事を決意しようと思って海を見に来ました」
「え、ごめんね。私の話、迷わせちゃうよね」
「大丈夫です。その程度で揺らぐ様な意志ではいけないから」
「…強いんだね。私はダメだった。ノリで冒険者になって、裏切られて、実家に帰ったら冒険者になった事を責められた。冒険者になったから犯罪に巻き込まれたんだって。言い返せなくて、また逃げちゃった」
「悪い事が重なると人はどんどん悪い方に考えてしまいます。
そんな時はガラッと気分を変えるのもいいと思います。昔はそう言って旅行をしたりしたそうです。
日本では、まだまだ冒険者の地位が低く悪く言われがちです。
だけど世界に目を向ければ冒険者は素晴らしい職業で、冒険者によって世界が支えられてると言ってもいい。
私はイギリスを出て日本に来て、視野が広がりました。
貴方も、外を見てみるのもいいかも知れない。もし、逃げ出すならいっその事イギリスまでどうですか?」
「え?」
「イギリスは日本より冒険者が活躍している国です。もしイギリスに来るなら私を訪ねてください。まだ、私がいなくても私の姉か知り合いに頼んでおきます」
「え?」
エヴァは刀袋から刀を取り出すと徐ろに刀を抜いて海に向かってかざした。
夕陽の光が、乳白色の刀身を茜色に染め上げる。
「私は、イギリスを守る刀の一つになるわ。だから、ここで会ったのも何かの縁。決意したならイギリスに逃げて来なさいね」
2人は少し見つめ合った後、どちらからともなくプッと吹き出し、笑いあった。
冗談だと思っただろうか?
でも、この人と話せて良かった。こうやって迷ったり、弱ったりしている人の前にたって導ける人になろう。そう思えたから。
ひとしきり笑った後、女性が話し出した。
「ねえ、もしかしたら、本当に頼るかも。
私の友達の中には冒険者として上手くやってる人も居るんだ。だから、冒険者が認められる場所があるなら、見てみたいと、少し思った」
「それじゃあ、これ、私の連絡先」
連絡先まで交換してしまったが、この頃には少し砕けた話し方ができるまでになっていた。
遠くから黎人が見ていて、止めにはいらないのだから、怪しいところは無いのだろう。
「ありがとう。少し、気分がスッキリした気がする」
「私も、決意が出来たわ。ありがとう」
こうして2人は別れた。
黎人の所に戻ったエヴァは新しい出会いを楽しそうに話していた。
そして次の日、エヴァは冒険者になった。