111話道場
エヴァは連日ダンジョンへ潜り、ステータスを上げて刀の使い方にも慣れてきた。
過去のジャパニーズアニメーションに憧れているエヴァは黎人の刀捌きに憧れている。
黎人の刀の使い方は、剣術に詳しい人が見れば分かっていないと鼻で笑うであろう。
片刃の剣と言っただけで刀を返す以外は、ほぼいつもの片手直剣と使い方が変わらないからだ。
ちなみに、使っているのは直刀ではなく、俗に言う打刀である。
普通打刀と言えば両手で扱う物なのだが、黎人はステータスに任せて片手で扱う。
そこに剣の型など無く、チェストとも叫ばない。
片手で扱うなら脇差を使えばと思うかも知れないが、長さ的に打刀の方が使いやすいのだとか。
勿論、アニメによって、忠実に両手で日本刀を使うものもあれば、ファンタジーよろしく片手で扱うものもある。
エヴァはと言えば、時代劇の様な両手で構えているものよりも、片手で扱うことに憧れている。
今は片手で扱う事が困難な為に両手で扱っているが、ゆくゆくは黎人の様に片手で扱いたいと思っている。
そして連日ダンジョンに潜っていたので本日は休息日。
出かけた先で黎人がトイレに行っている間、店の外で待っているエヴァは誰も見てないのをいい事に、アニメと黎人を重ね合わせて片手で刀を扱っている自分を想像して、シャドーで刀を振るった。
「何やってんだ、それ」
見られていた。と顔を赤くしてエヴァが振り向いた先には、エヴァより年上であろう青年が立っていた。
「刀に興味があるなら道場を紹介してやろうか?
俺も通ってるんだけどそこそこ上級者だから教えてもやれるぜ?」
「…大丈夫。ちゃんと師匠がいるから」
親切で言ってくれたのかもしれないが、ナンパな雰囲気があったのもありエヴァは断った。
そもそも、エヴァは他国の要人の為おいそれと付いて行く事はない。
なら、なぜ護衛が付いていないかと思われるかも知れないが、一応黎人が付いていなければ外には出ていない。
トイレ位は、許してやって欲しい。
それとも、イギリスが護衛をつけなかった事にも思惑があるのかも知れないが…。
「は?その師匠ってどこの流派だよ。今の動きからして素人だろ?
興味があるならちゃんとした剣術道場にきなって」
憧れの黎人を馬鹿にされた事にエヴァが声を荒げようとした時、トイレを済ませた黎人が戻って来た。
「どうした、エヴァ?」
エヴァはサッと駆け出すと黎人の後ろに隠れた。
「悪いな、俺の連れなんだ。諦めてくれるか?」
青年は上から下まで黎人を見た後、話を続けた。
「剣術に興味があったみたいだから誘ってやっただけだ。動き的に、師匠は素人みたいだからな」
確かに素人である黎人は、苦笑いするしかない。
しかし、その言葉にカチンときたのは、やはりエヴァの方だった。
「黎人の方がすごいから!」
売り言葉に買い言葉。そうなったらこの年齢は引くに引けない事を黎人はわかっている為、苦笑いしながらも落とし所を見つけるしかなかった。
結果、黎人は道場の見学を受け入れて、エヴァには経験になるだろうから一度見てみるのもいいだろうと納得をさせた。
道場に向かう間、青年の道場自慢は尽きなかった。
正直、黎人も失敗したなと思っている。思ったよりもめんどくさい青年の様だ。
名前を大浦大と言うらしい。
道場に着くと、そこの師範代に紹介されて、大浦は道着に着替えて来るのにどこかへ行ってしまった。
その間に師範代からこの道場についての説明があった。
この道場は《天山一刀流》と言う混沌戦争の後に改良されて新しくできた流派で、ベースは一刀流剣術だそうだ。
そうこうしている内に大浦が戻って来て、師範代に事情を説明して、自分の刀を持って来ると、師範代と一緒に型を見せてくれる様だ。
上段者と言うだけあって、型をなぞるのは師範代と揃っていて綺麗な物だった。
見る人が見れば、所々に入る叫び声も気迫があってよく見えるのだろう。
終わった後、大浦は自慢げに黎人とエヴァを見た。
しかし、エヴァが憧れているのはこれでは無い。黎人としては、演目として楽しく見たわけだが。
「どうだ?これが剣術だ。カッコいいだろう?」
「いえ、私が目指すのはこの様なままごとでは無くて実践で戦う為の物なので」
黎人は頭に手を当てたくなった。
エヴァの日本に慣れていない外国人特有のオブラートに包まない物いいに、これで終わらない事を悟ってしまったからだ。
「それは聞き捨てなりませんね」
師範代も、話を流す事はできなかったみたいである。
「私達は冒険者なのでその様な踊りでは無く、もっと攻撃的な魔物を殺す目的で刀を使います。なので、参考になりません」
それを聞いて、師範代は納得した様子で、怒気が抜けたが、大浦の方は納得していない様だ。
黎人は、仕方ないかと思い、師範代に相談を持ちかけた。
「あの的をお借りしても?」
的。そう言って黎人が指差したのは道場の外にあった巻藁だった。
「はい。お使いください」
師範代がすぐに認めた事に大浦は驚いた顔をしたが、黎人はそれを無視して刀を取り出すと巻藁に向かって振り抜いた。
風魔法が付与された斬撃は離れた場所にある巻藁を真縦に切り裂いた。
「ほう。よほど有名な冒険者とお見受けする」
師範代がパチパチと拍手をしながらそう言った。
黎人が絶妙な加減で巻藁だけを切ったのを分かっているのかも知れない。
「私の友人はダンジョンから帰って来なかった。お二人も無理なさらぬ様」
そう言って師範代は頭を下げた。
黎人もそれを見て頭を下げる。エヴァも、黎人に倣ってお辞儀をした。
そして、黎人とエヴァは道場を後にした。
最後に黎人が力を見せた事に気を良くしたのかエヴァはもうこれまでのいざこざを気にしていなかった。
しかし、大浦だけは悔しそうに去っていく2人の背中を睨んでいた。




