109話紛い物の刀
食事を終えた後、伊音と唯はパタパタと片付けをし始めて、テーブルには黎人とエヴァと、おじいさまが残った。
「お嬢さん、お嬢さんが欲しいなぁ本物の日本刀なら、わしは作ってあげられんよ」
「え?」
エヴァはおじいさんの切り出しについそんな間抜けな声が漏れてしまった。
刀を作ってもらえると思って来たのだから、仕方がない事なのだかけど。
「わしが作る物は日本刀じゃと認められとらん。
ただ日本刀と同じ形、同じ戦い方が出来るだけの別物じゃ。
じゃけぇ、日本刀のコレクションなら別を当たった方がええが、
戦う為の剣ならわしが与えちゃれる」
日本刀は、玉鋼から作られる日本の刀である。
ダンジョンが現れた時、刀鍛冶らは今こそ日本刀の出番だとダンジョンへ出向く剣士達に刀を持たせた。
その結果は惨敗。
人を切る為に作られた日本刀は、西洋の剣よりも薄く鋭い。
その為、切り捨てる様に使う為横の衝撃に弱く、動物の様な魔物には使えるが、それ以上の魔物に対しては途中で刃が折れてしまい使い物にならなかった。
日本の刀が発展しなかったのは、玉鋼にダンジョンの鉱物を混ぜ込むと、途端に剛性が増し、折り返しなどが出来なくなってしまう為に、刀を作れなかった。
その結果、刀を知らない冒険者達は西洋の剣と同じ様に鋳造で形だけ真似た剣を扱う様になり、誇り高かった鍛治師達は日本刀は玉鋼から作られると言う定義を守り、日本の伝統として、国も認めた。
こうして日本刀と紛い物が区別される様になってからは、刀鍛冶は魔物と戦う刀を打つ事をしなくなった。
ただ唯一、日本ではじめて起こったスタンピートで家族や師匠、仲間を失ったおじいさんだけが、ダンジョン鉱物を使った本物の日本刀の研究を続けた。
奇病で寿命をのばす程の執念で作り上げた技術で、ダンジョン鉱物を共に折り返し、伸ばし、日本刀と同じ技術で作る方法を編み出した。
しかしそれは、時が過ぎ、冒険者と協力しなくなった刀鍛冶達に受け入れられる事はなかった。
だから、師匠から貰った刀工としての名前を捨てて、己の作った刀で冒険者となった。
勿論、おじいさんの作る刀は備前長船を名乗ることさえ許されていない。
そう言った経緯があって、おじいさんは黎人に事情を聞いていようとも、エヴァにこの質問をしたのだ。
お前が欲しいのは飾りか、それとも魔物を殺せる紛い物かと。
エヴァの言葉は決まっていた。
エヴァが欲しいのはあの映像の中、悲惨な死を迎える冒険者にもたらされた希望の光。
魔物を殺すことができる力。
その為に黎人に師事する事を選んだ。
なら、選ぶのは決まっている。
「私が欲しいのは、国民を守り、人々を守れる。そう言う刀です。だから、私はお祖父様の刀が欲しい」
「それなら、ワシがお嬢さんにとって最高の刀を作っちゃる。楽しみに待っていなせえ」
そう言ったおじいさんの瞳には炎が宿る様な感覚があった。
戦う為に必要とされる刀を打つ為、おじいさんは作業場へと向かう。
材料は、既に黎人が渡してある。
その後ろ姿はおじいさんとは思えない覇気が見える様に思えた。
「やる気だね、おじいちゃん」
「そうだね、やる気だね」
片付けを終えた伊音と唯が戻って来た。
そして、唯が一本の刀をテーブルへと置いた。
「おじいちゃんの刀が出来るまですごい時間がかかるの。それまでは私のお古を貸してあげるからそれで修行するといいの」
エヴァは唯を見て、伊音、そして黎人を見た。
3人が頷くのを見て恐る恐る刀を手に取り、鞘から少し抜いて刃を見た。
お古と言いながらも、手入れがきちんとされた刀の波紋はまるで芸術品の様な美しさがあった。
「それはね、私が打った刀なの。だからなまくら。初めからいい刀を使うと刀のおかげで魔物が倒せてしまうから強くなれないわ。
だから、おじいちゃんの刀ができるまでに、それに負けない様に強くなりなさい。
黎人に付いていけば、そうなる事ができるから」
そう言って唯はいつもと違う真剣な顔で優しく微笑んだ。その顔は見た目にそぐわない大人の表情だった。
「ゆいちゃんだけずるいなあ」
「だっていおんちゃんのは脇差でしょ?」
「そうだけどさー」
次の瞬間にはいつもの唯に戻っていた。
自分は恵まれている。
素晴らしい冒険者になろう。
そう心に誓ったエヴァであった。




