101話道中
その日、楓は緊張していた。
朝から新しく買ったスーツに身を包み、翠の家に出かける準備をしていた。
先日のランチ会でお母様と妹さんとは仲良くなったわけだが、今回はお父様とも席を合わせる事になる。
男親に会う。と言うだけで緊張は最高潮だ。
身だしなみをビシッとしていくのは勿論だが、翠は良いところのお嬢様だと言う事はこれ迄の付き合いから分かっている。
なのでお父様のお眼鏡に適う様にと、師匠に質の良いスーツを買えるお店を紹介してもらったのだが、どうも師匠が着ている服は全てオーダーメイドのようで、その店を紹介してくれたのだが、目が飛び出る様な値段だった為にそこは諦めて、翠と一緒に買いに行った新品のスーツ。
それでも自分が持っている中で1番高価な服なので、成人式や大学の入学式で着たリクルートスーツとは違って着るだけで自分のスタイルが良くなった様に見えるし、なんかいつもより品がある感じがする。
こう言うのを見ると、普段師匠は何着ても様になるなと思っていたのも、オーダーメイドの高級品だからこそ生地の良さや形の良さでその辺で買えそうな何気ない服装でも違って見えるのだろうなと思った。
自分は無頓着で、その辺の量販店で買ってしまうけど、一緒に居てくれる翠に恥をかかせない為にも、これからは気を遣おうと思う。
そろそろ家を出る時間なのだが、もう一度鏡でおかしな所が無いかをチェックしてから家を出た。
翠との待ち合わせ場所に来ると、翠もいつもとは少し違う白のワンピース姿で既に待ってくれていた。
待たせてしまった事にしまったと思いながら、慌てて翠へと駆け寄った。
「ごめん、待たせちゃったみたいで」
「まだ5分前ですよ。私が楽しみで早く来たんです。あ、ちょっと動かないでくださいね」
翠はそう言って微笑むと、僕の首元に手を延ばし、ネクタイを整えてくれた。
「ありがとう。歪んでた?」
「ふふふ。実は全然歪んで無かったんですが彼のネクタイを直すと言うのをやってみたくてやりました」
そう言って少し頬を赤く染める翠に僕は見惚れてしまって返す言葉が出てこなかった。
「もう、何か言ってくれないとはずかしいんですけと?」
「ごめん。見惚れちゃって」
楓の言葉に翠は更に顔を赤くし、頬どころか顔が真っ赤に染まってしまった。
「そ、それじゃ、行きましょう」
「そ、そうだね」
自分の素直な感想であったが、自分が口走った言葉を後から理解してこちらも顔を赤くした楓は言葉を詰まらせながら返事をして2人は歩き出した。
椿家に向かう道中は緊張をほぐす為にも普段とそう変わらない会話をしながら歩いた。
「もう。楓くんじろじろ見過ぎですよ?」
「ごめん。いつもと違う翠がすごく綺麗だから」
「いつもは綺麗じゃないって事ですか?」
「そうじゃなくて、いつも綺麗だけど今日の翠もすごく綺麗だって意味で」
「ふふふ。分かってますよ。楓くんのスーツ姿も凄くカッコいいです」
「あ、ありがとう」
褒められ慣れてない楓は翠の褒め言葉に顔を赤くして照れてしまう。
「私、いつもはパンツスタイルですもんね。ダンジョンいく事がメインですし気を使わなくても良いですから」
楓はいつものピタッとしたジーンズも翠のスラリと長い足が綺麗に見えるのでかっこよくて好きなのだが、今日の様なふんわりとしたワンピース姿もいつもと違う可愛い印象で似合うと思う。
「楓くん、心の声が漏れてますよ。…でも、たまにはデートの時くらいスカートにしましょうかね。これだけ楓くんに褒めてもらえるんですから」
仲睦まじく手を繋いでそんな会話をしながら歩く2人を見て、何人の通行人が心の中で爆発しろと叫んだかは定かではない。
そんな事をしている内に、椿家へと辿り着いた。
その門構えを見て、楓は緊張に喉を鳴らし、気合いを入れ、翠に手を引かれながら門を潜るのだった。




