屋根裏から見えた楽園
僕は息を潜めて外を見た。
白い砂浜を越えて、鮮やかな色の海がどこまでも広がっている。
太陽はあかるく声をあげて笑うように眩しかった。
縦縞模様の魚たちが波の下に泳いでいるのが見えたような気がした。
飛び出していきたい。
この薄暗い屋根裏から、あそこへ飛び出していきたい!
そう思うのはいけないことだった。
僕は太陽に触れると焼けて消えてしまうんだ。だから母さんが僕を屋根裏に閉じ込めていたんだ。
それは母さんの愛だから、それに背いちゃいけない。
僕は必死で我慢した。
でも不思議なことを思わない自分が不思議だ。
こんなにも汚れたものしかないはずの町にある僕の家から、なぜあんなにも綺麗な海が見えるんだろう?
誰もいない海だ。まるで誰も知らない楽園のように。
犬が駆けていった。
僕はあの犬を知っている。
3年前に熱射病で天国へ行った、ビーグル犬のスミスだった。
彼は楽しそうに白い砂浜を蹴り、僕のほうを振り向いた。
尻尾を振って僕を呼ぶ。ワン! ワン!
なんて楽しそうな声を出すんだろう。
僕は思わずコウモリの羽根を広げ、あそこへ飛び出していこうとした。
母さんが家を飛び出していくつむじが見えた。
母さんは犬に追いつくと、その首をはね、二つに分かれたそれを、それぞれの手に抱き上げた。するとそれは途端に腐肉の正体を現す。
母さんがくるりと振り返り、僕を見上げる。
白く膿んだ目が僕を見つめた。赤く歪んだ唇が無言で僕をたしなめる。
コウモリのような黒いマントが、母さんを太陽から護っている。
太陽は霞がかかるように曇っていて、背景は確かに薄汚れて無機質な、町だった。
僕は膝をつき、諦めるしかなかった。
僕にはもう、明るいあそこへ飛び出していって元気いっぱいに走り回ることはできないんだ。
すべてを諦めて、この屋根裏で、太陽の光から自分を守り続けるしかないんだろうか?
いや、違う。僕には夜があった。
夜になれば、静かに揺れる黒い海辺に立つことができる。
うっかり遊びに出てきてしまった可愛い女の子を餌食にして遊ぶこともできる。
世界は僕のものになる。
それは果たして楽園と呼べるものなのかはわからないけど。
でもこの屋根裏よりは美しい。
早く夜にならないかな。