彼女は研究員
レイゼンの特訓を受け始めて3週間が経過した。
成果が出ているのか、マルセルの剣術は見違えるほどに成長していた。
「強くなったなあマルセル」
「レイゼンさんの教え方が上手いおかげですよ」
レイゼンは初心者のことをよく見ていた。
何ができて何ができないのか、なぜできないのか、明確な分析がそこにあった。
かつて人に教えたことがあるのだろうか。
「もう少しで抜かされそうだなあ」
そう言いながらレイゼンは相変わらず片手でマルセルの攻撃を受けている。
―――一体いつになるのやら。
とはいえ、こうして軽く会話をしながらでも剣を振れるくらいには体力が付いた。
正しい姿勢で剣を扱えるようになったし、マメもできないぐらい手も強くなった。
レイゼンとの訓練の後、モルタニアのいる場所へ向かった。
訪れた場所はグランザイム帝国で一番大きな研究施設。
「あ、マルセル。案内するよ」
白衣を着たモルタニアが施設の入口で待っていた。
彼女に案内され研究室へ向かう。
モルタニアはパーティーで参謀として活躍しているが、国営の研究機関の役員としての顔も持っていた。
「ここが私の研究室です。まあ少し汚いけど、研究に支障は出ていないので大丈夫です」
何も聞いていないが、モルタニアはそう言って部屋に入っていく。
モルタニアはスイスイと奥へ進んでいくが、マルセルは少し躊躇した。
―――これは少しじゃないなあ。
部屋の中には背の高さまで積み重ねられた書物や資料がいくつもあり、実験に使っているであろう器具が所狭しと並んでいる。
体にあたって倒しでもしたら大惨事になることは必至だ。
書物たちの迷路を通り抜けると広めのスペースがあり、部屋の全体像を見ることが出来た。
部屋は思ったよりも広く、壁に取り付けられた棚には難しそうな本が沢山並んでいた。
真ん中には大きめのテーブルが置いてあり、普段はここで研究を行っているのだろうと想像がついた。
しかし、そのテーブルもやはり散らかっていて、術式の書かれた紙やら、魔石の類いが乱雑に置かれていた。
「モナさん、なんで俺をここへ?」
部屋を見渡しながらマルセルは尋ねる。
「少し研究の手伝いをして欲しいんだよ」
そう言ってモルタニアは一冊の本をマルセルに渡した。
その本の表紙には「魔力機能不全」と書かれていた。
マルセルが本に目を通していくのに合わせてモルタニアは軽く説明を入れる。
「魔法機能不全っていう病気があって、この病気は世界中で数十人しか例がない珍しい病気なの。ほとんどの場合は1種類の属性が使えない症状で、マルセルは全部の属性が使えないから同じ病気だとは考えにくいけど似てるところがあるんじゃないかな?」
マルセルは途中から本を閉じてモルタニアの話を聞いていた。
本に書いてあることは難しすぎて全く理解できなかったからだ。
「私は病気や怪我で魔法が使えない人も魔法が使えるようになる道具を開発しようとしているの。だからマルセルにも力を貸してほしいなあって」
なんて素晴らしい心の持ち主なのだろうかと、マルセルはひどく感動した。
困っている人のために力を尽くす人の輝かしさを見た気がした。
「俺でよければ協力します!」
断るわけがなかった。
「ほんと!ありがとう!じゃあ早速―――」
モルタニアは嬉しそうに部屋の奥からごそごそと装置を出てきた。
「理論上この装置を使えば魔法が使えると思うの。近くに魔法が使えない人が居なくて、全部予測で作ったからどうなるか分からないけど」
マルセルは大事なことを思い出した。
モルタニアの時折見せる、未知に対する好奇心はとても熱く大きい。
これが彼女の原動力となっているのだが、そこには不安になる勢いと危険性が隠れているのだ。
協力すると言った手前断る訳にもいかず、マルセルは冷や汗をかきながらモルタニアを見た。
―――いたいことはやめてね。
装置は水晶玉のようなものから何本も配線が伸びており別の装置に繋がっている。
マルセルの腕にはブレスレットのようなものが取り付けられた。
「魔法の使い方は分かる?」
「まあ、使い方ぐらいなら」
「じゃあ、これを持ってね」
そう言って渡されたのは、術式の書かれた紙だった。
「これは火属性の初級魔法の術式。フレイムって唱えると装置が動くからやってみて」
そう言いながらモルタニアは金属製のシールドの影に隠れた。金属製の……。
「え、ちょ、モナさん。俺の安全性の配慮は!?」
指摘せずには居られなかった。
「理論上大丈夫だから!」
モルタニアはグーの手を突き出してくる。
―――じゃあ、そんなに隠れないでよ!!
「ああ、やるしかない。やるしかないんだ」
魔法は術式とその魔法に合った魔力が揃うことで発動する。
詠唱が加わるとさらに魔法の安定性と成功率が上がる。
マルセルは術式を手にのせて唱えた。
「フレイム!」
その時装置の水晶玉がきらりと光り、次の瞬間紙が燃え上がった。
「熱っ。凄い、出来た!魔法が使えた」
人生で初めて魔法が使えた。
もうずっと諦めていたことができて、マルセルは心の底から喜んだ。
「モナさん、出来ましたよ!」
「魔力量が大きすぎて術式が焼き切れる―――と。失敗なので次に行きます」
「失敗!?」
モルタニアはメラメラと燃え上がる術式の紙を水属性の魔法で消化した。
ジュッと音を立てて鎮火した紙を見てマルセルは虚しくなった。
次に渡されたのは風属性の術式だった。
相変わらずモルタニアはシールドの後ろに隠れてマルセルを不安にさせる。
「ウィンド!……あれ?」
詠唱をしたが何も起きない。
「ウィンド!」
やはり何も起きなかった。
「モナさーん、何も起きないですよ」
「初級魔法でも属性によって消費魔力が違うからなのか―――」
ブツブツと独り言を言いながらモルタニアは結果をメモしていく。
―――あ、俺なんか眼中に無いわこれ。
どうやらモルタニアは夢中になると周りが見えなくなるタイプらしい。
普段の様子からは想像できない意外な一面だった。
その後も実験は続き、過酷さも増していった。
爆発なんてしょっちゅう起こるし、岩の下敷きになりかけるし、水の玉が顔にまとわりついて危うく溺死するところだった。
「やばい、この人やばい」
煤で顔を黒くして、所々服の破けたマルセルはへなへなと床に座った。
「これでやることは全部だね。いいデータが取れたよ、ありがとう!」
対照的にモルタニアは上機嫌だった。
「やっぱりすんなりとは行かないよね。まだまだ改善しないと。またお願いね」
やりたかった実験ができた満足感と、次の研究段階へのやる気がモルタニアを笑顔にさせていた。
―――くそっ、可愛いんだよな。
「分かりました。次はもっと安全にお願いしますよ?」
「そうだね、この部屋じゃ狭くて壊れたら困るものもあるからね」
―――うん、そうなんだけど、そうじゃない。
次は鎧でも着ていくか。
固く決心するマルセルだった。
次話投稿まで少し時間空きます。