最強のカバン持ち
レイゼン隊はグランザイム帝国で最も強いパーティーであると誰もが知っている。
ほとんどのパーティーが避けるような危険なクエストも進んで受ける勇敢な姿。
誰も入らないダンジョンを踏破していく勇壮なその様。
それはギルドに所属する冒険者だけでなく、多くの国民にとっての希望であり憧れでもあった。
そんな最強のパーティーは今日もクエストをこなしている。
霧が立ち込める森の中で彼らの声と猛獣の咆哮が響く。
「レイゼン、そっち行ったよ!」
状況を遠くから見ていたモルタニアがレイゼンに向かって声を張った。
「よっしゃー!まかせろ!!」
背の低い木が密集している裏で待機していたレイゼンのところへ、3メートルを超える魔獣が向かう。
荒々しく息を吐きながら突進してくる様子は大型トラックが突っ込んでくるようだ。
「そろそろ大人しくしてくれよ」
レイゼンはその巨体に臆することなく強く地面を踏み込み、剣を走らせた。
しかし、
「マジかよ」
魔獣はその巨体では考えられない跳躍を見せ、レイゼンの頭上を軽々と超えた。
そして体勢を立て直すレイゼンよりも早く背後から再び突進で迫ってくる。
あわや突き飛ばされようとした時、
「アイシクルクォーツ!」
地面から勢いよく突き出る氷の柱に魔獣ははねあげられた。
木の上で待機していたラフィーがレイゼンのフォローをしたのだ。
大きくはねあげられた魔獣はそのまま自由落下し、地面に激しく激突。
前足をけいれんさせながら泡を吹いた。
「大人しくなったみたいだな。ラフィーありがとー!」
「レイゼンはもっと慎重に行動しなよ」
ラフィーはそう言うと木から飛び降りる。
着地の瞬間にふわりと衝撃を和らげる様子がいかにも魔法使いのように見えた。
「皆さんさすがのチームワークですね」
遠くから見ていたマルセルは、モルタニアに声をかける。
「ほとんどあの二人のおかげだけどね。討伐のクエストならあの二人に任せておけば大丈夫なの」
モルタニアは持っていた厚いノートに何かを書き込みながらそう言った。
「モナさんだってすごいじゃないですか。こんなに完璧な作戦を立てるなんて」
マルセルはモルタニアの持っているノートの中を覗き込みながら言った。
そのノートには、パーティーメンバー一人ひとりの能力や討伐モンスターの特徴が事細かに書かれ、それに基づいた作戦も5通りほど書かれていた。
「それに比べて俺は今日も見てるだけで、申し訳ないです……」
「全然申し訳なくないよ。今は仕事が偏ってるだけで、これからどんどん忙しくなるよ」
肩をすぼめるマルセルにモルタニアは優しく声をかける。
パーティーに加入して約2週間が経った。
しかし、初日のダンジョン以来マルセルの出番は特になく、モルタニアと共に遠くから戦況を観察するのが主な仕事だった。
「そうだぞマルセル、こういうのは適材適所だ。俺が得意なことは俺がやるし、お前にしかできないことはお前にやってもらうからな」
覚悟しとけー!と言いながらレイゼンとラフィーが合流した。
「そう言ってもらえるのはありがたいんですけど、あの……」
「どうかした?」
ラフィーは首をかしげる。
「報酬を平等にもらってるのが申し訳ないんですけど」
「ああーー」
マルセルの言葉を受けてレイゼンは少し考える。
「おほん。よいかマルセル、」
そして変な口調で話し始めた。
「このパーティーは少数精鋭。それぞれの得意分野で互いに補ってできている。当然代わりはいない。新しく入ったお前の代わりも、もちろんいない。だから自信をもって報酬を受け取るとよいぞ」
「わ、分かりました」
言いたいことを言ってレイゼンは満足そうにする。
マルセルはそれを聞いて目をパチパチさせたが、自分を見てくれている気がして内心はかなりうれしかった。
「レイゼンってまじめな話するとき、よくその口調にするよね」
ラフィーがレイゼンに言う。
「だって、あんまし堅い話はいやだろ?」
ワハハ!と笑うレイゼンの後を三人はついていった。
討伐のクエストが終わり、4人はギルドへ報酬の受け取りに向かった。
カランカランと軽快なベルを鳴らしながら扉を開けて中に入る。
いつものように人の声が溢れて、活気があった。
しかし、何かがいつもと違う。
視線を感じるのだ。
あいつが新しいメンバーか
魔法が使えないって本当か?
いやなに、荷物持ちだろ
最強パーティーに雇われた荷物持ちか
じゃあ仕事ぶりもさぞ最強なのだろう
最強の荷物持ちだな
ひそひそと話し声が聞こえてくる。
その内容がマルセルに向けられていることも、いい話ではないことも4人は理解した。
「ちょっと――――」
ラフィーは近くで話を続ける男に近づこうとしたが、マルセルがそれを止めた。
「マルセル……」
「出るぞ」
レイゼンは一言だけ言うとギルドを出た。
ラフィーもそれに従い静かに建物を出る。
「イテッ!!誰だ石を投げたやつは!」
その直後建物の中から叫び声が聞こえた。
マルセルはその声に振り向くと、閉じかける扉の向こうに不機嫌そうな男を見た。
そして彼の足元には霧に変わる小さな氷のつぶてがあった。
魔法によって召喚された氷のつぶてだ。
――――あ、ラフィーさん。
「いやな思いをさせたな。すまない」
ギルドから少し離れたところでレイゼンはマルセルに話しかけた。
「いえ、これぐらい何ともないです。ラフィーさんもありがとうございます」
「私は、何もしてないわよ……」
ラフィーはそっぽを向いて自分の深い青色の髪を触った。
「マルセルへの配慮が欠けていた。これからはもっと――――」
「その事なんですけど」
レイゼンの言葉を遮ってマルセルが言葉を発する。
「レイゼンさん、俺に剣を教えてくれませんか?」
想定外の提案をされてレイゼンはきょとんとする。
「それは構わないが、どうして急に?」
実力のない者がこのパーティーに居たら、それを妬む奴が先ほどのように現れる。
それはパーティーに迷惑をかけることになってしまう。
解決するには自分が強くなるしかない。
「少しでも皆さんに近づきたいんです!」
言葉に熱がこもる。
「そうか、じゃあ早速始めるか」
一瞬目を丸くしたレイゼンだったが、嬉しそうにうなずいた。
ラフィーとモルタニアはその様子を嬉しそうに見ていた。