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美形の冷たい表情には独特の凄みがある。
「バクストン家とエバンス家は親戚とはいえ、今ではほとんど繋がりのないはずなんだが。いつまで経っても従属関係が続いているように感じているなんて、まさにエイドリアン・バクストンといったところだな」
事情はよくわからないけれど、この人にとって迷惑な事態なんだということは表情から読み取れる。
時計塔と並んでも見劣りしない高身長は190センチはありそうだ。
ライラのクローゼットにはないような、くたびれたグレーのマントを羽織っているけれど、腰の高さとすらりと伸びた脚からスタイルの良さが隠せていない。
一際目を引くのは、男性なのに腰まで伸びた長い髪だ。ブルーがかった藍色の髪は、雑に1つに結えられている。
「私はただの従者ですので、そういった事情はご主人様本人にお伝えいただきたく……」
「ハッ、馬鹿馬鹿しい。あんな人間と直接会話などごめんだね。それで?この娘が厄介払いされたのか」
深い海のような複雑な色をした瞳には、私に対して少しの哀れみが滲んでいる。
切れ長の瞳には、髪と同じ藍色の睫毛が影を落としている。目元の涙ぼくろが何とも色っぽくて、まじまじと顔を見つめ返してしまった。
「……おい、聞いているのか?」
「へっ……、あ?!わ、私ですか?」
怪訝そうに見つめられ、あまりの美しさに呆けていた私は現実に引き戻される。
「お前以外にいないだろうが。……まあ実の父親に捨てられたとなれば、放心状態になるのも無理ないか」
いやいや、全然知らないオッサンに罵倒されるより、貴方みたいな美人(って男の人に言ってもいいのかな?)に話しかけられる方が、よっぽど放心状態ですって!!
ていうか、声も低くて心地良い美声……CV誰なんだ?!って感じ!!
脳内で、今まで乙女ゲームに出てきた声優さんを並べてしまうのは悲しいオタクの性かもしれない。
「エバンス家で下働きさせようとでも思ったんだろうが、本家の者とは連絡が取れなかったんだろうな。それで私に押し付けようという算段が。あるいは、元々気に入らない私に厄介事を押し付けてやろうという魂胆か……」
堂々と厄介扱いされると、さすがの私も多少ヘコむんですが……。
「まあいい。お前にとっても、エバンス家よりはこの塔の方がいくらかマシだろう」
「では、私めはこれで失礼させていただきます」
話は済んだと、さっさと馬車を引き上げる従者。もちろん、ライラへの挨拶もなければチラリと見ることすらしなかった。
「お前はよっぽど嫌われているんだな」
表情はほとんど変わらないけれど、少しだけ声に笑いが滲んでいる。
「そうみたいね……ライラが今まで酷いことをしてきたんでしょうね」
「まるで他人のように自分のことを話すんだな」
「だってほんの数時間前まで本当に他人だったんだもん!」
「……どういうことだ?」
また美形に怪訝な顔をさせてしまった。
でも――もしかしたらこの人なら私の話をちゃんと聞いてくれるかもしれない。
そんな予感がして、私は洗いざらい全てをぶちまけることにした。
「――というわけでね、私は本当は33歳のOLで、上司に殺されて気づいたらライラになってたって訳!!」
「ふむ、なるほどな。わかった」
「わかってくれた?!」
事情を一通り説明すると、それまで黙っていた美形のお兄さんはポンと手を叩いた。
すると私が持っていた鞄がふわりと空中に浮かび、パッと消える。
「うわっ!これが魔法?!」
「どうやらお前には少しの休息と糖分が必要らしい」
こちらに歩いてきたと思うと、私の体がひょいと浮かび上がる。……魔法ではなく、この人の人力で。
「ちょ、ちょっと!何するの?!」
「この塔を自力で登る気なら止めないが、やめておいた方がいいと思うぞ」
「それにしたって……!名前も知らない、会ったばっかりの人に担がれるのは怖いって!!」
「そうか。お前の話を信じるならば、私とお前は会ったこともなければ、名前も知るはずがないのか。私の名はユーリ。ユーリ・エバンス。お前とは遠い親戚に当たる」
肩に担がれているから表情はわからないけれど、どうやらこの美形は笑っているようだ。
生まれて初めてこんな美形に会って、しかも荷物のように肩に担がれて、戸惑いまくってるアラサーを笑わないでいただきたい!!
「今日からお前の保護者となるオジサンだ。安心して担がれていろ」
「いや、ちょっと、ええ〜っ?!」
ユーリと名乗ったその人は、突然光を放ったかと思うと、私を担いだまま宙に浮かんだのだった。
やっと話が進み始めました。お待たせいたしました。