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「お、お父様?」


 おじいさんという可能性もありそうな貫禄だけど、たぶん父親だろうと目星をつけて呼び掛けてみる。


「朝から騒ぐな。不愉快だ」


 実の娘に投げかける目線かと聞きたくなるほど冷たい目で一瞥し、さっさと席に座る偉そうなオジサン――もとい、ライラの父親。

 年齢は50歳くらいだろうか。立派な髭を生やして、スタイルも良い。ライラの目力が強いところは、どうやら父親譲りのようだ。


「朝食を頼む。今日はこの後会食の予定があるから、肉とコーヒーは抜いてくれ」


「かしこまりました、奥様は何になさいますか」


 え、と視線を横に動かすと、確かにそこには女性が座っていた。


「同じものを」


 小さな声でそれだけ言うと、こちらに顔を向けることもなく父親の方を向く女性は、おそらくライラの母親だろう。

 存在感がほとんどないが、よくよく見ればかなり綺麗な顔立ちをしている。綺麗なわりに全くオーラがないし、どこか薄幸そうだ。


「お嬢様は何になさいますか」


 私にも同じように執事さんが問いかけてくる。異様な雰囲気ではあるけれど、空腹なことには間違いがない。ゲームの中で食事風景は何回か出てきたけれど、特に現代と大きな違いはなかったと思うので、今のうちにガッツリと食べておこう。


「私はベーコンとオムレツが食べたいわ、出来るかしら」


「もちろんでございます、では」


「お前は正気か?」


 冷え切った声が私と執事さんの会話を遮った。


「え?」


 声の主は紛うことなく、ライラの父親だ。心底見下すような目線を私に投げかけている。


「朝からそんなに食べてどうするつもりだ。何の働きもしないくせに、必要ないだろう。今の注文は取消し、娘にも私と同じメニューを用意してくれ」


「かしこまりました」


 う、嘘でしょ。こんな金持ちなのに、ベーコンも食べさせてくれないワケ?!

 びっくりして言葉を失っていると、さらに追い打ちをかけるように冷たい言葉が飛んできた。


「あと1週間もしないうちに入寮だろう。寮だからといって調子に乗って太るようなことがあれば、絶対に許さないからな。お前には見た目に気を使うことぐらいしかできないという自覚を持て」


 と、年頃の娘に向かって言う言葉……?!

 でもこれで今が入学直前のタイミングだということがわかった。


「いいか、わかってると思うが、成績の良し悪しなどどうでも良い。お前が賢かろうが愚かであろうが、私にとっては何の関係もない。大した魔法が使えないお前なんて、いくら学んだところで無駄だ」


 相変わらず絶対零度の目線で暴言を吐きまくるライラの父親――もとい、クソジジイ。

 ほんの数分間でここまで人を不愉快にさせるなんて、一種の才能ね。ライラって今まで毎日こんな思いをさせられてきたワケ?


「そんな何の役にも立たないお前をここまで育ててやったのは、王室に嫁がせるために他ならない。そのことは自覚しているんだろうな」


 ――ムカツク。

 ただでさえアラサー独身OLは社会の荒波の中で、相当のストレスを感じてるんだ。結婚はまだだとか、化粧が濃いだ薄いだ、痩せたの太っただの、周りの雑音には散々イライラさせられた。

 休みの日にゲームするのの、何が悪いんだっつーの!!


「とにかく余計なことは考えず、お前は王子に気に入れるように振る舞うことだ。女というものは余計なことを言わず、ただ愛想良くしていれば良いんだから、こんなに楽なことはないだろう。間違っても悪目立ちするようなことは言うな。あと、努力してその出来の悪い頭を少しでもマシにしようなんて考えるんじゃないぞ」


 よくもまあ、こんなことを娘と自分の妻の前で言えるわね……。ライラの母親はどう思っているのだろうと様子を伺うと、顔色ひとつ変えずに父親の言葉に頷いていた。


「頭の悪い女よりさらに役に立たないのが、頭の良い女だ。わかってるな」


 ――いい加減頭に来た。


「ぜんっっっぜんわからないわ、オッサン」


 テーブルを思いっきり叩いて立ち上がる。

 完全に頭に血が上って、目の周りが熱くなっているのを感じた。腹が立ちすぎて、軽く酸欠状態。


「何だと?」


「確かにライラはすごい魔法は使えないわ。でもだからと言って、使えない人間だなんてことはないはずよ!」


「自覚があるなら黙って親の言う通りにしろ。お前の最善の道を示してやっているんだ、感謝すべきだろう」


 私が言い返したことに少し驚いたようだったが、相変わらず言葉も目線も冷たいままだ。母親は青い顔をしておろおろと私と父親の顔を見比べているが、娘の味方をするつもりは毛頭ないようだ。

 ライラが悪役令嬢になったのは、この偏見ジジイとそれに言いなりの母親の育て方のせいね!


「そもそも、一国の王子がただ黙ってるだけの女性が好きなんて、そっちの方が思慮が浅いんじゃない?何でも言いなりの女性が好きな男なんて、よっぽど自分に自信がなくて、周りからも人望がないんでしょうね!!」


「なんだと?」


「あ、図星だった?だいたい支配欲の強い男って自信の無さの裏返しよね。本当タチ悪いわ」


 やっと冷徹な目に怒りの感情が浮かんだ。ふん!私だって伊達に年取ってないんだからね!!

 アラサーOLが世間からどれだけ酷い言葉を浴びせられてきたか!転生してからも言われっぱなしなんて、そんなの絶対に嫌!!


「私はアンタのために王子に気に入られようなんて絶対しないし、女だからって勉強を疎かになんてもっとしない!娘を道具にしなきゃ出世できないような能無しオヤジに、何の命令もされるつもりないから!!」


 言ってやった!

 ライラの父親を見ると、怒りでぶるぶると震えていた。ふふん、ざまあみろ。子どもがいつまでも親の言いなりになるなんて思うな!……まあ、実際中身は子どもではないんだけど。


「お前の気持ちは十分わかった。確かにお前の言う通り、私の出世にお前の力など全く必要がないな。おい、エバンス家に急ぎ使いを出せ」


 それまで青い顔をしていた母親が、ハッと息を呑んだ。


「ま、まさか、あなた、ライラをエバンス家に……?」


「当たり前だ、使えない娘などこれ以上育てる必要がない!本当なら今すぐ出て行かせるところだが、外聞が悪いからな。エバンス家には用無しの人間が他にもいるだろう」


「そんな……!」


「じゃあ何だ?お前にも考えがあるとでも言うのか?」


 ジロリと父親に睨まれ、母親はすっと表情を失い、同時にまた存在感がなくなった。


「ふん、やはり女との会話は余計な時間を生む。お前は今すぐ部屋に戻り、荷物をまとめて来い!これ以降、娘に仕える必要はない。誰か手が空いている奴は、娘を食堂から出せ!」


「は、かしこまりました」


 今まで散々使用人たちをイビリ倒していたライラの味方をする人は誰もおらず、気がついた時には廊下に放り出されていた。


「30分後に玄関に馬車が来る。準備ができていようがいまいが、その馬車に娘を放り込め。わかったな」


 食堂のドアがバタンと閉まり、私はその場にへたり込んだ。


 ――どうやら、私は勘当されたようだ。





遅くなりました。

読んでくださる方、ありがとうございます。

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