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プロローグ


 「おい、夏川。いい加減早く帰れ。」


――これで5回目だ。


 部長が苛々した態度を隠すことなく、私に声を掛けてくるのは。

 オフィスにはもう私と部長しかいない。


 まだ6月だと言うのに、今夜はやけに蒸し暑い。

 開け放たれた窓から風が入ってこないのは、ここが狭い路地に面した古いビルだからだろうか。

 来年にはオフィスが移動できるという話だけれど、うちの会社の経営状況ではあまり期待しない方が良さそうだ。

 むしろこの古いビルでも、8階にオフィスを借りられてることを喜ぶべきなのかもしれない。


 向かいのビルも灯りが消え、このビルもそろそろ警備員の最終見回りの時間になる。

 穏便に済ませるなら、今しかないだろう。


「部長」

「なんだ。やっと帰るのか。言っておくが、お前の残業代だって無駄な経費なんだぞ!」

「お言葉ですが、部長」


 迷いは一つもなかった。

 私の長所は正義感が強い所なんだから。

 この判断は絶対に間違っていない。


 ファイルを広げ、部長の目の前に突き出した。


「これは過去5年分の使途不明金のデータです」

「な、なんだ、急に……!」


 こんなあからさまに狼狽えるなんて、まるでライラの断罪シーンみたい、と思わず笑いそうになる。

 ライラというのは、『Magical School Heart』通称マジスクと呼ばれる乙女ゲーの悪役令嬢だ。

 このゲームは今ハマっている女性向け恋愛ゲームで、とにかくヒロインが可愛くて、攻略キャラなんかよりヒロイン見たさで何周もしている。

 ライラというのは、ヒロインと攻略キャラたちの仲を引き裂こうと卑劣なことを平気でやってのける悪役である。かなりひどいことをするくせに、何故かツメが甘くて問い詰められた時にものすごく慌てるのだ。なんというか、ちょっと可哀想な悪役令嬢といったところか。


 本当は今日だって早く帰ってゲームがしたい。

 だけど、これ以上先延ばしにすれば証拠を隠滅される可能性がある。


「人事部に頼み、過去5年間部長が1人で残業をした日と照らし合わせました。」


 出来るだけ淡々と、冷静に説明をしよう。

 罪を憎んで人を憎まず、部長だって何か事情があってのことかもしれない。


「これは、いっ……いつから、こんな……」

「おかしいな、と思ったのは3ヶ月前の帳が微妙にズレていたからです。今までは全く気がつきませんでした」

「たったの3ヶ月で、5年分も……」

「そうですね。優秀な部長に鍛えられたからかもしれません。部長、」


 そう。部長はとても優秀な人だ。私に経理のイロハを教えてくれた、恩師と言ってもいいくらいの人……。

 だからこそ、誰にも聞かれないように、誰にも打ち明けることなく、今日を迎えたのだ。


「まだ誰もこの事を知りません。お願いですから、どうか――」


 この言葉の続きが、声になることはなかった。


 最期に目に入った部長の顔は、焦りと恐怖で酷く歪んでいた。

 緊張からか、じっとりと濡れた手が私の肩を思い切り掴み、開け放たれた窓から私はゆっくりと落下していく。


 ああ、こんなことなら、今夜も早く帰ってゲームをしていれば良かった――。


初めての投稿です。いきなり暗い始まりですみません…これから明るくなる予定です!

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