4. 特定個人事業主を真っ赤に染める
「10、9、8、7……」
このカウントダウンがゼロになった時、熾烈な戦いが始まる。
いや、すでに準備段階から戦いは始まっていた。
俺はパソコンの前でその時が来るのをジっと待っていた。
「3、2、1、今だ!」
朝の十時になるタイミングにエンターキーを押した。
さぁどうだ!
「ぬおおおお!やっぱりアクセス出来ねー!」
しかし画面は次のページに遷移してくれない。
読み込み中のマークが延々と表示されている。
「焦るな、焦るな俺、表示されたタイミングで素早く入りょおわってるぅ!!!!」
画面に表示された売り切れの文字。
購入ページに進むことすら出来なかった。
「クソがああああ!こんなんで買えるわけないだろうが!買えてる奴いんのかよ!」
本当にこれ売ってるのか。
実は売ってませんでした詐欺じゃねーだろうな。
『荒れてるッスね』
「うるせぇ!」
『そんなに欲しかったッスか?』
「当たり前だろ!?あの聖菜たんの凱旋ライブかつ五周年記念ライブだぞ!」
『いや、知らないッスから』
聖菜たんを知らないなんてどこの世界のやつだよ。
あ、異世界か。
聖菜たんは俺が異世界に召喚される前からおっかけていたアイドルだ。
透き通るような歌声、大きな胸、ほっそりとした手足、可愛らしい小顔、大きな胸、トークの面白さ、キレッキレのダンス、大きな胸。
その全てに魅了され、バイト代をつぎ込んで彼女が関係するあらゆるイベントに足を運んでいた。
自慢じゃないが俺は彼女に認知されていて接近イベントで『アキラさん今回も来て下さったんですね』って向こうから名前を呼んでくれるんだぜ。
今思えば何故か俺の時だけ時間が短い気がしたが、楽しい時間はあっと言う間にすぎるから勘違いしただけだろう。
『よっぽどキモかったんスね』
「何か言ったか」
『何も言ってないッス』
聞こえてんだよ、クソが。
そんなわけねーだだろうが。
確かに世の中にはそういう気持ち悪がられる奴は一定数要るが、俺みたいな紳士は別さ。
聖菜たんだって俺の時はいつも照れて緊張して少し笑顔が硬くなるんだぜ。
いやぁアイドルを照れさせるとか、俺ったら罪な男だよなぁ。
『んでその聖菜たんがどうしたッスっか』
「聖菜たんとか呼ぶな。殺すぞ」
『えぇ……』
聖菜たんは俺が異世界で奮闘している間にいつの間にかワールドワイドで活躍していて、海外を拠点に活動していたんだ。
でも今年はデビュー五周年ということで日本で凱旋ライブが開催されることが決まった。
しかしチケットが……チケットが取れない!
抽選はことごとく外れ、最後の望みをかけた一般販売も瞬殺。
俺はライブへの参加権を入手できなかったのだ。
「チクショウ!」
あ~ダメだ。
もう何もやる気おきねぇ。
もう聖菜たんの名前を見るだけでも辛い。
このまま消えてしまいたい。
『他にチケットを入手する手段は無いッスか』
「無い」
『行けなくなった人とか、余らせた人とかいないッスかね』
「……」
そうか、こいつは知らないんだな。
チケット販売に潜む大きな闇の存在を。
俺は起き上がり、パソコンを操作してオークションサイトを開いた。
「いいか、今回のチケット代は一枚約八千円。そしてこれがお前の言う『余らせた人』の販売価格だ」
『十万円!?!?!?』
「お前はこれを買えというのか」
『意味が分からないッス。こんなん無茶苦茶ッス』
「そうか、お前のような馬鹿でもこの愚かさを理解してくれるか……」
『なんでそこでディスるッスか』
これこそがチケット販売の闇、『転売』だ。
「こいつらは最初からライブに行くつもりなんか無いのさ。貴重なチケットを買い占めて高値で転売して儲ける犯罪者集団だ」
『あくどいッスね。なんで野放しになってるッスか?』
「知らん」
厳密には犯罪じゃないとか法整備されてないだけとか色々な意見があるらしいが、不快な話だから詳しく調べる気にもならん。
『超ムカつくッスね。こいつらをやっつけちまいましょうよ!』
「馬鹿。それやったら正義の味方じゃねーか。俺は悪逆非道の限りを尽くす悪人になるって言っただろ」
『えぇ……』
だがこのクソガエルの言う通り、腹が立つのは確かだ。
この憤りをどうにか解消しないと俺は怒りで力が暴発して日本の一部を消滅させてしまうかもしれない。
「いや、正義とは限らないのかも」
『どういうことッスか?』
「こいつらは堂々と転売して捕まっていないのだから、今のところ法的には一般市民だ。なら俺がこいつらを痛めつけたら悪人と言っても過言ではないのでは」
『社会的にはヒーロー扱いされそうッスけどね』
「うっさい。いいんだよ。くそムカつくからぶっ潰す」
『最初からそう言えば良いッスのに』
だが先ほど俺が言ったように一般市民であることに違いは無い。
いくらムカつくとは言え、暴力に訴えるようなことは避けたいところ。
よし、決めた。
自滅に追い込んで奴らを壊滅させてやる。
「呪術を使おう」
『呪いッスか。またレアな魔法を選んだッスね』
「こっちの世界の住人は耐性が無いからな」
異世界では一般人でも魔力を持っているから呪いをかけても耐えられてしまう可能性が高い。
仮に成功したとしてもヒーラーの力で簡単に解呪できてしまうからあまり便利では無いのだ。
ゆえに人気の無い魔法の一つである。
だがこちらの世界であれば魔法耐性など皆無であるから呪いをかけ放題なのだ。
『どんな呪いッスか』
「聞いて驚け。奴らが売る物は絶対に買われない呪いだ」
『へ?』
「どれだけ貴重なものを買い占めても全く売れずに在庫として積み上がるだけ。例え100円に値下げしても絶対に売れん。くっくっくっ大赤字だぜ」
『転売したら腕が動かなくなるとか、そのくらいのことをするかと思ったッス』
「お前やっぱり悪魔の使いじゃねーの!?」
なんつー恐ろしい事を考えやがるんだ。
それは人としてやっちゃいけないことだろ。
『滅茶苦茶ムカついてても、その程度の事しか出来ないんスねぇ』
その程度ってなんだよその程度って。
十分あくどいだろうが。
こいつら二度と物を売ることが出来ねーんだぞ。
古本屋に本を売ることすら出来ねーんだぞ。
十分悪逆非道だろうが!
マジで〇ね!