『9 腐敗の王国』
人外の怪物が、人間世界に舞い戻ります。
俺は魔の森を出て、俺が生活する街を目指す事にした。
帝国へ行くつもりではあるが、ここは数百年後の世界。
流石にアレン達も、生きてはいないだろう。
わざわざ、帝国に行く必要は無いかもしれない。
俺は転移魔法で王国の街に移動する事にした。
そして、見慣れた街並みが目の前に広がる。
数百年ぶりの人混みだ。
流石に感慨深い物がある。
しかし、数百年経ってもこの国は全然変わらないな。
というかここまで変わらない物なのか?
そんな事を思って歩いていたが、
衛兵と思われる男達の口からリックという名前が出たので注意深く聞いてみた。
よく見ると、俺を追い回した連中に似ていた気がする。
「リックが魔の森に飛び込んで数日経つが、死体が見つかっていないんだってよ」
「結界に触れたんだろう。粉々になって消滅したんじゃないか?それにもう1週間前の話だろ」
「それもそうだな」
一瞬、隠れようと思ったが、今は外見が違う事に気付いた。
そして、兵士達も、外見が違うので、俺の中身がリックとは分からないようだ。
どうやら、時間が数百年経過しているどころか、1週間しか経っていないらしい事が分かった。
あの、ヴォルクスがやる事だ。何が起きても不思議ではないが、相変わらず出鱈目だ。
今の俺ならば、アレンを捻り殺す事も容易い。
更に言うならば、この国そのものを焦土にする事も可能だろう。
だが、その破壊行為に何の意味も無い。
何より、力に溺れて他人を踏みにじるアレンと同類に堕ちる事になる。
流石にそれだけは許容出来ない。
しかし、先程から必要以上に目立っているな。
特に若い女性から熱っぽい視線を感じる。
ヴォルクスの作った身体だ。美貌もそれなりの物なのだろう
リックの時に浴びた事が無い視線なので、少々こそばゆい。
色気など、俺が纏っても戸惑うだけだ。
***
あても無く街中を散歩していると、見覚えのある顔を見つけた。
勇者パーティーの1人、神官のエイルだ。
しかし、その様子がおかしい。
まるで囚人の様な扱いで、手足を拘束され、猿轡を口に嵌められている。
本人の顔からは精気が抜け落ちており、首に酷い刺し傷がある。
見ていて痛々しい姿だった。
あの大人しくて優しい子に一体何があったのだろうか?
俺は、身近にいた女性に尋ねる事にした。
「突然すまない、あの娘について教えて欲しい」
「きゃっ!・・・えっ?ああ、あの女ですか?あれは異端者エイルです。勇者様に逆らった愚か者ですよ」
女は、俺に話しかけられた時は色気づいていたが、
エイルの事と分かった途端に、冷たい表情に変わった。
「このまま奴隷として売られるらしいです。あのような小娘にはお似合いの最期ですね」
「あの子はそこまでの罪を犯したのですか?」
「勇者様に抱かれる栄誉を拒んだそうです。自害しようとした所、死にきれなかったとか」
「おとなしい女の子に見えますが、身持ちが固いのでしょうか?」
「さあ、わたくしには、勇者様の誘いを断る神経が理解出来ません。奴隷として貴族達のおもちゃになるそうですよ?きっと死ぬより辛いでしょうね」
「失礼しました。質問に答えて頂き感謝します」
この婦人は考え方が麻痺していると判断して、早々に話を切り上げた。
話をまとめると、エイルは、アレンに無理矢理犯されそうになった所を抵抗して、純潔を守る為に自害しようとした。
それが、アレンの逆鱗に触れて、反逆者の汚名を着せられて奴隷に堕とされた。
今では、教会を破門となり、囚人の扱いとなっているという事か。
アレンのヤツ、人としての道を完全に踏み外しているな。
あの男は、自分のパーティーメンバーを道具と言い切ったが、人の尊厳を壊しても何も感じない程に落魄れていたのか。
ともあれ、エイルをこのまま見捨てるという選択肢は無い。
あの子は純粋で優しい女の子だ。それに人生を諦めるには若過ぎる。
そして、エイルの競りが開始されようとしていた。
内容は、性奴隷にするもよし、死ぬまでサンドバックにするもよし。という最低最悪の物だ。
必死に国に貢献してきた、少女にする仕打ちじゃない。
しかも王国がそれを公然の場で堂々と行っている。
そして、先程の婦人の言葉も非人道的な物だが、誰一人としてその言葉に異を唱えない。
完全に国民の良心が麻痺しているようだ。
やはり、この王国は根底から腐っていると再認識した。
***
俺は、マジックストレージに入っている金貨を、換金する事にした。
この、収納魔法もあのダンジョンのスクロールで得たものだ。
容量に至っては、無限に増大し切っている。
もはや、アイテムのマジックストレージは俺には不要の物となっていた。
「これの換金をたのむ」
「お、お客さん!この金貨は古代の白金貨ですぜ!?オークションで金貨5000枚は下らない逸品だ!」
そうなのか?ヴォルクスのダンジョンに吐いて捨てる程あったが。
俺のマジックストレージにも適当に放り込んだので山ほど貯蔵している。
「言い値で構わん。使える金に換金してくれ」
「そ、それだと、金貨2000枚になっちまうが・・・いいのですかい?オークションに出せば倍以上の価値になりますぜ?」
大体新築の家が買える金だな。それだけあれば足りるだろう
「急いでいるのでな。それで構わん。オークションで儲けるなら好きにしろ」
「ま、まいど」
金貨3000枚の儲けを独り占めだ。断る手はないだろう。
俺は、手早く金貨2000枚を入手した。
***
そして、とうとうエイルの競りが始まった。
「さあさあ!異端者エイルの奴隷デビューだ!この可愛らしさで、なんと処女!犯すも殺すも自由だ!」
いきなり酷すぎる説明から始まった。
そして、手足を縛られて、猿轡を口につけられた本人は諦めきった顔をしていた。
年頃にもなっていない、幼い女の子がする顔じゃない。
そして、心無い主人に売られれば、エイルの心は壊れてしまうだろう。
「金貨50枚!」
「金貨100枚!」
そして、こんな最悪の競りに集まる男も醜悪な男ばかりだ。
肥えて太った貴族や商人が次々に名乗りを上げる。
この競りに参加している奴は皆殺しでいいんじゃないか?
「金貨300枚!」
「おお!」
そして、金貨300枚の声を発したのが、中でも特に醜悪な中年の貴族。
確か、どこぞの侯爵だったか。勇者パーティーに居た時に、アレンと仲が良さそうだったのを覚えている。
「ゲレッグ侯爵様が金貨300枚!他にいませんか」
「くくく・・・勇者パーティーで見た時から欲しかったのだ。ワシの子を孕むまでたっぷり可愛がってやる」
これは性的にアウトだな。
美女と野獣どころではない。少女と豚の化け物だ。エイルにとっては地獄の未来だろう。
そして本人は諦めきった顔から一転して、何とか死のうと、暴れていた。
あんな豚に、妊娠するまで可愛がられたら、間違いなく壊れてしまう。
そして、他の客の声も止んだ。恐らく最初から豚に勝たせる算段だったのだろう。
これ以上、エイルの心を傷付けるのを見過ごす気は無い。
「金貨500枚」
「おおっ!!!」
「なにぬぅ!?」
俺は、500枚の金貨を出して競りに参加した。
エイルは信じられない物を見る目で俺を見つめている。
「ご、550枚!」
「おおお!!!」
「なんと!ゲレッグ侯爵様が550ま・・・」
「金貨700枚」
俺はさらに200枚の金貨を積み上げた。
こんな茶番は、さっさと終わらせるに限る。
「ブヒッ!750枚っ!!!」
侯爵の顔が真っ赤になっている。
2倍以上の金になっているが、本当に大丈夫か?余程エイルを穢したいようだが。
その金をまっとうな事に使えば、普通にいい女が寄ってくるだろうに。
「金貨1000枚」
「おおおおおおお!!!!!」
俺は面倒になったので、一気に突き放した。
本来出していた3倍以上の金額だ。さすがに付いて来れないだろう。
「せっせせ1001枚っ!!!」
まだ粘ってくるのか。
それにしても、小賢しく刻んで来たな。
「金貨1200枚」
「うおおおおお!!!!!」
「な、何だ!貴様はっ!どこからそんな大金が出てくる!」
「オークションで、金以外の言葉を交わす気は無い。ギブアップか?」
「だ、だれが諦めるか!ケヒャッ!せせせ1250枚だっ!!!」
ケヒャッって何だよ?頭逝ってるぞお前。
すでに4倍の金額を超えている事を理解してないのか?
「金貨1300枚」
「ブヒンッ!!!」
「あ、あの、お客様。奴隷如きにその様な金額を・・・本当によろしいのですか?」
「金ならこうして目の前にあるだろう。本物か確かめてみるか?」
「いえ、とんでもございません」
「せせせ・・・せせ・・・」
そろそろ、見世物になっているエイルが可哀想だ。
幕引きとしよう。
「1310枚」
「1500枚」
「ブヒィーーーーーン!!!」
ゲレッグ侯爵は顔を真っ赤にして卒倒した。そこまでエイルが欲しかったのか?
ともあれ、気を失っては競りの続行は不可能だろう。
「せ、競りは・・・申し訳ございません。お名前を聞いても」
「ああ・・・」
名前か・・・さて、どうするべきか。
リックとしての自分はすでに天寿を全うした。
今更、リックの名を使う気は毛頭ない。
この身体で生きるには、新たな名前にするべきだろう。
これは俺なりの死生観だ。
ヴォルクスが作った肉体だから、名を借りてルクス・・・悪くないな。
この身体もあいつが作った物だ。
親から名を貰っても文句はあるまい。
「ルクスだ」
「る、ルクス様が奴隷エイルの所持者となりました!なお金額は、過去最高額の1500枚です!」
「その金は好きに使え。俺は女を貰っていく」
「し、しかし、その様な首に醜い傷を持っている女に、金貨1500枚など。本当によろしかったので?」
「くどい。身の回りを世話させる便利な女が欲しかっただけだ。こいつは回復魔法を使えるのだろう?」
「それでは忠告を。猿轡と拘束具はそのままにした方が賢明です。すぐに自害するでしょうから」
「心得た。行くぞ、エイル」
「・・・」
俺は、死んだ眼をしたエイルを連れて、その場を去った。
「ふむ。金貨が500枚残ったか。俺はこの国から出て帝国に行く。お前もついて来い」
「・・・」
エイルは俯いて、返事すらしなかった。
まあいい。帝国に入ったら、おさらばする予定だ。
それまでは、変に慣れあう必要も無い。
エイルを救助。アレンはすっかり外道になってしまいました。