『8 余興の終わり』
ここから、強さがおかしい事になります。
それから、5種類の古代種の竜が各フロアに配置されていた。
俺は、その都度、前のダンジョンの階層で鍛え、それを攻略していった。
水の古代種、イーリス
女の水竜で津波から永久凍土まで、水に関する災害が襲い掛かってきた。
絶対零度に閉じ込められた時はマジで死ぬかと思った。
挙句には頭のおかしいレベルの強固な防壁を持っている。
ワグナスが攻撃に特化しているなら、イーリスは守護に特化している竜だった。
風の古代種、イグニス
風を自在に操る難敵だった。
何しろダンジョン内で暴風や竜巻が吹き荒れているのだ。
更には落雷までおまけでついて来る。
どこに安全地帯があるというのか・・・
そして、超風圧で防御しており、近づくのも苦労した。
まるで、異常気象の塊のような存在だった。
しかし、これらは前座に過ぎず、イグニスの特化は速度だった。
肉薄しても、目で捉えるのも至難の業だった。
光の古代種、アストラ
厳格な光の竜。いきなり禅問答を投げかけられたのは驚いた。
この相手は力より、むしろ意思の強さが試された。
そして、少しでも気を緩めれば、即死する世界に連れて行かれたうえに、
礼節やら色々と叩き込まれた。
アストラは秩序や規律、生命等に関する事に特化していた。
なんというか今までと毛色が違う相手だった。
闇の古代種、セロ
闇というのもあって、構えていたが、本人は至って温厚な竜だった。
しかし、手合わせするや否や、いきなり死にかけた。
いや、視線を浴びただけで、即死攻撃とか酷くないか?
セロは心の闇、悲しみや怒りなど感情に関する事に特化していた。
人は嬉しくても涙を流す。正しい事を行う為に、あえて辛く悲しい思いをする事もある。
光と闇は表裏一体だ。悲しみがあるから、人はより一層喜ぶ事が出来る。
そういった事も含めて、感情の流れや道理に精通しているのだ。
この相手も、アストラと同じく心の強さが試される難敵だった。
4体の古代種は、いずれも、ワグナスに匹敵する強さだった。
セロとアストラに至っては、毛色が違うが、
かといってワグナス達が負ける姿も想像出来なかった。
皆、意思の強さは俺などより遥かに強靭だ。
守護者達の実力は拮抗しているとみていいだろう。
さて、月日も何年経ったか麻痺しているが、
自分の姿を見れば100年くらいは経っている。
見た目がすっかりジジイだ。
もっとも、戦いばかりの人生だったので、精神的な成長は一切していない。
人として生きて、息子や孫でもいれば、ワシだの何だの、ジジイ言葉を使うべきだろうが、
俺にそのような経験は無いため、変わり様がない。
そして、最下層にいたのは
『よく来たな』
「やはりお前か」
俺の良く知っている竜。ヴォルクスだった。
***
『さすがに阿保でも気付くか』
「そりゃな。ここまでお膳立てしたら。阿保でも気付く。気付かない奴は木偶だろう」
『良い感じに仕上がったではないか』
「すっかりジジイだ。人間の生活には戻っても、老い先は短いだろうな」
『まだ、諦めていなかったのか?』
「生きている限り諦めるか。俺はこの森を出て人間として暮らす」
『面白い。仮に我を倒してコアを破壊すれば、結界が消えて魔物が人間界になだれ込む。答えは出たのか?』
「悩む必要もない事だった。俺が最上層の雑魚を蹴散らせばいいだけだ。今の俺なら片手間で出来る」
『言う様になった。今度は本気で行くぞ!』
「こちとらリベンジだ!2度も負けてたまるか!」
***
そして、1週間の時が過ぎた。
リックとヴォルクスのいる場所より、上層のワグナスがいる階層。
そこに来客があった。
「ワグナス、あの2人まだやっているの?」
「イーリスか、この層にくるとは珍しい」
「イグニスにセロ、アストラもいるわ」
「守護者が全て集結か。それで何用だ?」
最初に口を開いたのは光の竜、アストラだった。
「暇つぶしの雑談よ。あのリックという老人。本当に人間か?」
そして、イーリスが同意と違和感を謳える。
「少なくとも普通じゃないわね。でも、私の時は中年だったわよ?」
どうにも年齢が合わない事にイグニスが声をあげる。
「中年か。俺が通した時は妙齢だったな」
アストラの次に戦ったセロは応えた。
「ボクはアストラの後だったからね。すでにジジイだったよ」
しかし、一番手で戦ったワグナスが衝撃の事実を言う。
「我の時は青年だったが」
「「「「「嘘!?」」」」
「いや、本当だ、その後に修行をしたといって中年になっていた」
「あの人間、人生の大半をこのダンジョンで生きているのか?気が触れた阿保か?」
「阿保ね」
「阿保過ぎる」
「大阿保だね」
「そこだけは皆の意見は変わらぬようだ。ヴォルクス並の阿保だ」
***
『ぶぇっくしょん!!!』
「へっくしょん!!!」
戦闘中の俺とヴォルクスは同時に盛大なくしゃみをした。
いったい何だったんだ?
***
ヴォルクスとの戦いは2週間くらいまで長引いた。
途中でお互いに、戦う事が楽しくなってハイテンションになってしまったらしい。
そして、長い戦いの末、俺は昇天しようとしていた。
戦闘による負傷ではない。ただの老衰だ。
楽しかったが、残念な事に急激に力を失っていくのを感じる。
しかし、最期にヴォルクスの隙をついてコアを破壊する事は出来た。
上出来だろう。満足・・・いや!まだだった!
俺は、身体から離れた魂を、気合で無理矢理身体に戻した。
『器用な事をする。今死んでおったろうに』
「地上の雑魚を片付けるのを忘れていた!まだ死ねるか!」
『そんな法螺話もあったな。それならば問題無い』
「何?」
『元よりこのコアはダンジョンと何ら関係は無い。壊れれば魔の森を浄化して消滅する』
「浄化?お前は何を言っているんだ?」
『良い余興であった。地上に戻るが良い。その姿も少しはマシになろう』
「って!いきなり強制転移か!」
『我はいつでもここにいる。用があれば、貴様も転移で来れば良かろう』
「まったく。いつも人の言葉を聞かないよな」
『絶対者とはそういう者だ』
「へいへい」
『ではな、阿呆』
「ああ、世話になった、楽しかったよ、阿呆竜」
***
気付けば、俺は魔の森の洞窟に立っていた。
それにしても、身体が軽い。
まるで、20代前半に若返ったかの様だ。
俺は、近くにある泉に顔を移してみた。
「誰だよ!お前!?」
泉に移った俺の顔は生前とは別の物となっていた。
前の味のある顔も気に入っていたが、一言で言うと爽やかなイケメンだ。
『一つ言い忘れていた。お主の肉体はすでに朽ち果てておる』
「はあ?」
『ダンジョンで何年の時を過ごしたと思っておる?』
「ジジイになるくらいだから、せいぜい100年くらいだろ?」
『数百年と経っておる。お主、完全に感覚が麻痺しておったな』
「数百?!人間の寿命を超えているじゃねぇか」
『ダンジョン内のポーションを片っ端から摂取しておったろう。それに魔物を食料にしていたではないか』
「摂取というより、無理矢理飲まされたがな。食料に至っては他に食う物がないから仕方ない」
『その中に、延寿の薬や若返りの薬、更に同等以上の効能を持つ魔物があった。その影響だ』
「さらっと、とんでもない物を飲ませるな!それに、死んでいると言われても、こうして生きているぞ?」
『お主の身体を元に、再構成した肉体だ。人間のそれと変わらぬ』
「生まれ変わったと思えばいいのか?」
『そんなところだ』
「俺の元の身体はどうなった?」
『種明かしをしても良かろう。森で拾った剣を覚えておるか?そこに風化した死体があったであろう』
「ん?・・・ああ!あったな!この森で唯一あった、人間の死体だ」
『あれが、お主の肉体の成れの果てよ』
「へっ?」
『お主は、自分で自分の亡骸を丁重に埋葬したのだ。剣もダンジョンから持ち出した物よ』
「いやいや!訳が分からんわ!それに何年前の話だよ!」
『この森はダンジョンの影響で時間軸が捻じれていた。人の常識で考えても無意味だぞ?』
「まあ、お前なら何があっても不思議じゃないか」
あの遺体が俺の身体だったとは。
どおりで、吸い寄せられる様に、最初に見つかったわけだ。
それに、ダンジョン産の剣と言われれば、あの切れ味と、持ちの良さも頷ける。
数百年使っても、未だに刃こぼれ一つ付いていない。
「それでは、今まで鍛えた力も失っているな。もっともお前と渡り合う力なんて、恐ろしくて人間の世界で使えないが」
『何を惚けている?さらに強くなっておるぞ』
「はあっ?」
『当前であろう、数百年の時で培った技を、全盛時の若い肉体で振るえるのだ、無論スクロール等で習得した技術も問題なく使える』
「マジか・・・」
『その肉体も、お主のすべての技に耐えうるよう、強靭に作っておいた』
「おい!滅茶苦茶不安だぞ!」
『安心せよ。我が中途半端な物を作るワケがあるまい。会心の出来よ』
「不安を煽るな!まったく、お前は昔からそういう奴だったな」
どこに安心の要素があるのやら。
この身体が出鱈目な性能な予感しかしない。
ともあれ、俺は若い肉体に生まれ変わったらしい。
リックとしての記憶はあるが、人間の生活に戻る前に死んでしまったか。
俺は、生き残ったが勝負に負けたような、ほろ苦い気分になった。
しかし、俺は間違いなく新しい肉体で生きている。
気持ちを切り替えて、試しに初級魔法を唱えてみた。
「フレイムアロー」
シュゴォォォォーーー!!!!!
炎の矢が森を一直線に突き抜ける。
大体、ダンジョンを攻略した時と同じか、少し高い威力だな。
俺は上級魔法も難無く使えるが、初級魔法を強化して、放つ方が単体相手や試し打ちには丁度いい。燃費もいいからな。
今のフレイムアローも、並の上級魔法であれば、容易く突き破る威力が込められている。
もっとも、ワグナスやヴォルクスのレベルになると、魔法がロクに通じないので初級も上級も無いがな。
「成程、ダンジョンにいた時より調子がいいくらいだな」
『それは結構だが、無意味に森を破壊するな』
「ああ、悪いな。ミストウォーター、リカバリー」
次の瞬間、雨雲から降り出した雨が、延焼していた木々の炎を消し去り、次々と再生する。
「そういえば、森の魔物の気配が弱くなっているな。強くてもAランクのキマイラ程度か」
『浄化と言ったであろう。結界を失った森はダンジョンから乖離した。我のダンジョンに外より入れるのは、この場を知るお主のみだ』
「なるほど、そういう事か」
それでは、目的の通りに帝国に行くか。
「それじゃあな。世話になった」
『うむ。気が向いたらまた来るといい』
今度こそ、俺は魔の森を後にした。
ダンジョン編は終了です。
ここまで読んでいただいた方は、ありがとうございます。
次話からようやく人間の生活が始まります。