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『75 陥落』

前回の続きです。

事態は深刻になって行きます。


ワグナスと共に、陛下に俺の出自を説明した日から数日後、

事態は急激に動いた。


グラッセ王国の首都『グラッセル』が、エリック軍によって陥落したのだ。

愚王とその一族は処刑され、大聖堂も多大なダメージを受けた。

ブラムス教皇も大聖堂を手放す形で防衛しているという事態だ。


そして、秘密裏にイーリスの街にグラッセ王国の貴族から使者が送られてきた。


「グラッセ王国のアンリ王子と、ルーベンス卿が、会見を望んでいる?」

「はっ!グラッセ王国の西部は、エリック公、いえ、反逆者エリックと魔族によって壊滅状態。

ルーベンス子爵が保護した、アンリ王子とその一派は、王国西部に逃れております」


アンリ王子といえば、グラッセ王国の第3王子だが、見所がある男と聞いた事がある。

しかし、継承権が低い事と、その存在を邪魔とする王族から忌避されて、

表舞台には登場していない御仁だ。


ルーベンス卿は、アンリ王子を擁して、グラッセ王国の立て直しを目論んでいたか。

彼の場合はその策謀ばかりに目が行くが、民の事を思って行動出来る男の様だ。

多少のすれ違いはあったが、個人的に興味を持った。一度は直接会ってみたいものだ。


「それにしても、エリック軍の速さが尋常では無いな」

「エリックの私兵、迦楼羅の存在が大きいかと」

「迦楼羅?どこかで聞いた名だ・・・」


確か、ティナの髪飾りを盗んだ、ゴロツキ連中が、名乗っていた名前と同じだ。

しかし、小規模のマフィアだったはずだが・・・


「中でも、ソランという棟梁の力は凄まじい物があります」

「ソランだと!?その男は死んだはずだぞ!」


愚かにも、水の神龍イーリスに、直接喧嘩を売って自滅した男だ。

しかし、その時に、曙光にも初めて犠牲者が出た事件だった。

その名前は忘れられるわけが無い。


「迦楼羅の棟梁は、世襲制という事が判明しています。行方不明の前代は死亡扱い。現在は新たに任命された男がソランを名乗っております。しかし、その実力は先代を上回ると言われています」

「成程、棟梁が万が一死んでも、組織が大きく崩れる心配は無いということか」


先代のソランは、得た情報から見積もってもSからSSランクの実力者だった。

だが、エリックが裏で魔族と手を組んでいたとすれば、その強さも頷ける。

大方、魔王軍で鍛えたか、最悪、魔族との混血・・・いや、肉体改造まであると見るべきだ。


「迦楼羅の棟梁ソランの実力は、屈辱ですが、曙光の幹部をも上回ります・・・」

「魔族が力添えしているのであれば、仕方あるまい。俺もお前達を鍛えはしたが、それは人間としてだ。迦楼羅という連中は、恐らく魔族の技を取り入れている」


胡蝶の棟梁、アメリアが苦戦するわけだ。

同時に、今までぼやけていた違和感が、繋がって来たな。


問題は、エリックが、魔王が不在になったタイミング動いた事だ。

ラモラック領で果てた、自称魔王が、本物であったかも疑わしくなってきた。

エリックの目的は分からないが、背後に大物がいると見て間違いないだろう。


今の情勢を整理してみよう。


エルスト帝国とグラッセ王国の西部を、謀反で決起したエリックと魔族が占領。

その結果、エリックが支配する領地は、帝国と王国に比類する大きさとなった。


エルスト帝国は、帝都ルクレティアの西の街、アステルを奪い返したが、

その西部に広がるメティス平原で、両軍が睨み合って膠着状態だ。


しかし、グラッセ王国は、大打撃を受け、王都グラッセルが陥落。

辛うじてアンリ王子が、ルーベンス卿の助けで落ちのびた。

こちらの戦況は極めて深刻な事態だ。


加えて、我々は敵の情報が圧倒的に不足している。

ここは、実際に剣を交えた、アンリ王子とルーベンス卿に会うのが得策だろう。

俺は、陛下にこの事を知らせる為に、帝都に向かう準備を始めた。


***


そして、数日後の事。

陛下に、この事を話したところ、お忍びで我が領内にお越しになられる事となった。

情に厚い陛下らしい。そして事が公にならない様に気配りをするところも流石と言える。

今は、帝国も王国も大混乱だ。家臣や民に下手に刺激を与えない方が良いだろう。


そして、皇帝エルスト4世、アンリ王子、ルーベンス卿が、イーリスにある俺の館に集う運びとなった。

敵対関係にある、国の国主が集う機会など、そうは無い。

とはいえ、今は緊急事態だ。

それに、アンリ王子とルーベンス卿とは、今後良い関係を気付けそうな予感がある。


まず初めに口を開いたのが、グラッセ王国の王子、アンリ王子だ。

この方は物腰が柔らかく、あの愚王の息子とは思えない聡明さを持つと言われている。


「始めに皇帝陛下にお目通りが叶いました事を、心から感謝致します」


グラッセの貴族にある嫌な空気を感じない、爽やかな好青年だ。

これは確かにあの愚王が敬遠するのも分かる。

かつてのバイデルとコノールの縮図に似ているな。懐かしい話だ。


「堅苦しい挨拶は無用だ。アンリ王子。ルーベンス卿も無事で何よりだ」


そして、陛下の友好的な答えにルーベンス卿が応えた。

噂通りの知的な紳士だ。文官という言葉がしっくり来る印象を受ける。


「皇帝陛下のご厚情に感謝の言葉も御座いません。この様な場を設けていただいたルクス卿にも重ねて感謝致します」


「お二方のご高名はエルスト帝国にも届いています。無事で良かったと心から安堵しています」


さて、挨拶はこれくらいでいいだろう。

そして、他の3人も同じ気持ちだった。


「アンリ王子。敵の勢いは如何程の物なのだ?」

「ブラムス教皇が、援軍に加わって下さり辛うじて防衛しておりますが、劣勢です。ルーベンスの領地も長くは持たないでしょう」

「魔族の猛攻も恐ろしいですが、迦楼羅という集団の強さは、常識を逸脱しています」


迦楼羅か・・・

確かに、ソランと同等の実力者が攻めてくれば、普通の兵士はたまった物ではないな。


「この様に、アンリ王子と落ちのびる事が出来たのも、奇跡に近いのです」

「しかし、王都グラッセルが、こうも早く陥落するとは思いもしませんでした」


「余も、頭を痛めておる。よもやエリックがここまで外道に堕ちていたとは、予想外に過ぎる」

「私の印象では、思慮深い御仁の印象でした」

「セレスがルクスに嫁いでから、あやつの様子がおかしくなった。初めはただの嫉妬と思っておったが・・・まるで人が変わった様だ」


人が変わったか・・・

確かに、思い返せば、セレスが欲しいというだけで、私兵を動かす様な御仁では無かった。

エリック公にしては軽率過ぎる・・・

いや、問題はそこでは無い!まるで、人が変わっただと!?


よく考えろ!・・・俺は、この違和感に覚えがあるだろう!

突然、人が違った様に狂暴になり、破滅した親友を俺は良く知っていたはずだ!!


「まさか、その迦楼羅という連中は、怪我を負っても意にも介さずに攻撃して来るのでは?」

「その通りです!連中は怪我を負わせても怯まずに襲ってくるのです、それはアンデットの如きで、我々は防戦一方を強いられている状態です!」


何故、違和感の正体に気付かなかった!

状況が、プロヴァンスの、勇者システムと同じではないか!

一人の聖職者が、どこであれだけの力を得たのかが、ずっと引っかかっていたのだ。

だが、出所が魔族となれば、全てが繋がる!


仮に、あのシステムを使っているとすれば、

迦楼羅という連中は、意思を持ったアンデットの軍勢の様な物だ。

大元の魂の管理者を倒さない限り、その迦楼羅という連中の排除は不可能という事になる。

こうなると、エリック公も、心の隙を突かれて取り込まれた可能性も出て来たな。


しかし。解せない点がある。

魂を糧とする理は、アストラの力で永続的に禁忌となったはずだ。

つまり、アストラと同等の神威を持つ者で無ければ、勇者システムを使う事は不可能。

アストラに匹敵する者が背後にいると言うのか?

それとも、別のシステムか・・・何にせよ情報が少な過ぎる。

今、答えを出すのは早計に過ぎるだろう。


しかし、陛下は俺の表情に違和感を覚えた様だ。

セレスの父親だけあって、流石に鋭い。


「ルクス?何か思い当たる事があるのか?」

「はい。思い当たる事はありますが、事が事だけに慎重にならざるを得ないかと」

「些細な違和感でも構いません!今は少しでも情報が欲しいのです!」


迂闊な事は言えないと思ったが、

アンリ王子が俺の言葉に飛び付く事になってしまった。

確かに、ここで慎重に過ぎるのも愚策かもしれん。

これだけの面子が揃っているのだ。知っている事をぶちまけた方がいい方に転ぶ可能性がある。


「では話しますが、ここからの話は私の憶測として考えて下さい」

「分かりました」


手始めに、隣国の切れ者の反応を伺おう。

先程から言葉が少ないが、頭の中では思慮を巡らせているに違いない。


「まず初めに、ルーベンス卿は、勇者アレンを覚えていますか?」

「はい。暴虐の限りを尽くした、勇者の名を騙った咎人です」


一瞬、目が泳いだな。

ブラムス教皇と懇意という所から推測したが、当たっていた様だ。


「それは表向きの風評です。彼の真実をご存知ですか?」

「そ、それは・・・」


この反応は、真実を知っていなければ出ない言葉だ。


「ルーベンス?」

「どういう事だ?ルクス」

「これから、ここで話す事は内密にお願いします」


俺は勇者アレンを襲った悲劇を3人に話す事にした。


***


陛下とアンリ王子は、そのあまりに非道な内容に憤っていた。

ルーベンス卿は平静を保っていたが、やるせない表情を浮かべている。


「では、勇者アレンの悪評は、全て嘘偽りであったというのか!?」

「はい。むしろ一番の被害者が、アレンです」

「ルクス卿は、そこまでご存知でしたか」


ルーベンス卿は、ブラムス教皇と共にプロヴァンスの悪行を調べ上げたのだろう。

この反応は、そう言う事だ。

そして、初めて聞いたという表情のアンリ王子がルーベンスに問いかけた。


「ルーベンスはこの事を知っていたのか?」

「はい。しかし内乱の最中では、公表する訳には参りませんでした」

「確かに卿の判断は正しい。こうして私が生き延びている事が何よりの証だ。しかし後味の悪い話だ。死んだアレンも浮かばれまい」

「勿体なきお言葉です、殿下。しかしアレン殿には何と言って良いか私には見当も付きません」


あまりに救いがない話に神妙な面持ちとなってしまったが、

この重い空気を破ったのは陛下だった。


「余も同じ気持ちだが、話を戻そう。今は勇者アレンの名誉回復よりも、迦楼羅という連中をどうするかであろう?」

「そうですね。アレンも自分の名誉より、世界の平和を望むでしょう」

「ルクス殿は、勇者アレンと面識があるのですか?」

「2度あります。正義の為に剣を振るっていた頃に一度、そして神罰を受けた時に、私が看取りました。最期に正気に戻ったのが唯一の救いです。本当に惜しい男でした」

「そうでしたか・・・」


いかんな。感傷に任せて話を戻してしまった。

陛下のお気持ちを蔑ろにするわけには行かん。

ここは切り替えが必要だろう。


「失礼しました。それで陛下の言うこれからですが、勇者システムと迦楼羅の不死性に共通点を感じたのです」

「確かに!あのおぞましいシステムと似ています!」

「しかし、勇者は一人、迦楼羅は複数人という違いがあろう?」

「はい。特定するには迦楼羅の情報が少な過ぎます。一人でも捕虜がいれば手がかりになるのですが」

「それであれば、私が数人捕えておりますが」


それはこの上ない朗報だ。

生きている捕虜は情報の宝庫だ。

敵の正体に繋がる何かを掴めるかもしれない。


口が堅い奴を服従させるのは、俺の得意分野だからな。

大勢いれば、曙光に任せればいい話だ。

多少人格は変わると思うが、嬉し涙を流しながら口を割る事だろう。


「私が捕虜に会う事は可能でしょうか?」

「はい。ただ廃人寸前で、言葉もまともに喋れませんが」

「それで構いません」


廃人寸前か。

ルーベンス卿は、間違っても捕虜を乱暴に扱う御仁ではない。

今までの行動から見て、アンリ王子も同様だろう。

どうも嫌な予感がするな。


そして、俺達は、迦楼羅の捕虜と合う事となった。

ようやく敵の片鱗が見え始めました。

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