『7 修行』
ワグナスにフルボッコにされました
現状、どうにもならない事を悟った俺は、120階から上の階層で修行をする事にした。
『いきなり戻って、何をするつもりだ?』
「今のままでは何をやってもワグナスに通じん。修行して基礎力を高めるしかないだろう」
『悪くない選択であるな』
「獄炎の回廊で鍛えなおす。あの階層を平気で歩けるようになったらリベンジだ」
『お主、転移魔法は覚えたか?』
「聞いた事はあるが持っていないな」
転移魔法は伝説の魔法と呼ばれる。
冒険者をやっていた時は見た事が無い。勇者パーティーでは賢者のユミルだけが持っていたが。
実際に使った所は見た事が無い。
ユミルに聞いた話では、恐ろしく魔力を消耗するので、窮地に立った時のとっておきらしい。
『あの階層まで歩くのも面倒だろう。その階層のセーフティーエリアに行け。転移のスクロールがあるはずだ』
「そんな物があったのか!?」
スクロールは魔法を覚える事が出来る、貴重なアイテムである。
転移のスクロールともなれば、誰もが欲しがる伝説級のレアアイテムだ。
『安全だからと探索を怠るからだ。阿呆』
「うぐっ!反論できねえ!」
まさか、そんな大切な物を見逃していたとは・・・
徒歩で120階から20階層まで戻ろうとした俺は何も言い返せなかった。
***
俺は、ヴォルクスの行った階層に来ていた。
「転移だけじゃなく、色々なスクロールがあるな」
『集めるだけ集めたからな。我も何を持っているのか覚えておらぬ』
「スクロールって1回使ったら効力を失う貴重品だろ?俺が使ってもいいのか?」
『構わぬ。そこにある物は我が知っている物ばかりだ。知識欲に任せて集めたが、既知の物ばかりで嘆息していたところよ』
「さいですか。しかし、これって売ったらとんでもない価値だぞ?」
『勝手にするがよい。我にとっては無価値な紙切れに過ぎぬ』
「まあ、好意で譲ってもらう物を売るなんて、腐った事はしないけどな」
『ぬるい事を言う』
「ほっとけ。全部ありがたく俺が使わせてもらう。ワグナスは出し惜しみして勝てる相手じゃないからな」
『それが賢明だ』
俺は『転移』のスクロールを開いて転移を習得した。
そして、他のスキルや魔法も、必要な物を厳選して覚えた。
あまり、一気に詰め込んでも、使いこなさなきゃ意味が無いからな。
余裕が出来た時や必要になった時に、また来ればいい。
早速、俺は転移魔法を起動させる。
転移先は獄炎の回廊、セーフティーエリアだ。
そして転移魔法を起動。俺の身体は目的の場所に転移した。
しかし、次の瞬間、強烈な眩暈に襲われた。
「くっ!な、なんだ!まさか魔力枯渇かっ!」
『魔力の総量が乏しい。一度の転移如きに耐えられぬとは、情けない』
ヴォルクスの皮肉に反論する気力すら起きず、俺はそのまま魔力枯渇で気を失った。
確かに、賢者ユミルの言う通り、これはとっておきだ。
念のためにセーフティーエリアに転移して良かった。
***
俺はセーフティーフロアの一室で座禅を組んでいた。
『いきなり座り込んで何をしておる?』
「精神統一だ。魔力の総量が少な過ぎる」
『その年齢で今からその鍛錬か?ミイラにでもなるつもりか?』
「これしか思いつかなかった」
『お主、魔術の師はおらぬのか?』
「魔法はすべてスキル任せの自己流だ。剣術しか習っていない」
『では、深淵の回廊のセーフティーエリアに戻れ。お主に丁度良い物がある』
「丁度良い物?そんな物あったか?」
あの階層にはスクロール以外は、アンデット化を思わせる気味の悪いポーションくらいしか無かった気がするが。
とはいえ、このままミイラになるのも勘弁だ。
俺は、115階に転移で戻った。
そして、次の瞬間、視界がぐらついた。
魔力枯渇だ。
だが、いきなり気を失わない程度には魔力が上がっていたらしい。
「立っているのがやっとだ。それで丁度いい物って何だ?」
『目の前に瓶があろう』
ふらついて、目もかすんでいるが、それが瓶という事は辛うじて認識出来た。
「ああ、何とか見える」
『すぐにそれを飲み干せ。さすれば魔力が得られる』
「マジか!」
普段の俺なら、怪しんで飲まなかっただろう。
なにしろ、気味の悪いポーションと思っていた物だからだ。
しかし、魔力が枯渇していた俺には、その液体が砂漠のオアシスの水に見えた。
俺は、何も考えずにその液体を一気に飲み干した。
「があっ!な、なんだこれはっ!?うっ!ぐはっ!」
次の瞬間、気が触れるかと思うような激痛が、全身に襲い掛かった。
『言い忘れていたが、魔力の限界値を上げる薬だ。しかし、人間には強烈な副作用がある』
「さ、先に言え!このアホ竜!があああぁぁぁ!!!」
『ほう。悪口を吐く余裕があるか。ではもう一本行っておくか』
「ちょっ!やめ!」
恐怖の液体が一本どころか、すべてこちらに向かってきていた。
その数、20本以上・・・
『アホ竜は聞き捨てならぬ。なに、遠慮するな』
「うぎゃあぁぁぁ!!!!」
ヴォルクスの容赦ない仕打ちで俺の精神はズタボロになった。
『意識は戻ったか?』
「死んでいる。話しかけるな」
『腐るな。魔力が見違える程に増えたではないか』
「死ぬかと思ったぞ!」
『お主がこの程度で死ぬわけがなかろう』
「ん?どういう意味だ?」
『お主の渇望は生への執着であろう。そのような人間は殺しても死なぬ』
「人をアンデットみたいに言うな」
『アンデットとは真逆よ。あれらは死んでおる』
「まあ、その通りだが」
俺の肌は腐っていないし、奇声を上げもしない。
なにより、自分の意思で生きている。
『生への執着は生命の根幹。お主はそれが一際強い。
改めて己の渇望と向き合ってみよ。ワグナスと戦う時に必ず必要となろう』
「よく分からんが、生きたいと強く思っていればいいのか?」
『フッ』
「鼻で笑うな」
『あまりに語彙が乏しいのでな』
「悪かったな!」
俺は魔法力を得て、炎の回廊で打倒ワグナスの修行を始めた。
***
そして、数年の月日が経ち、炎の回廊で修行して、この回廊では敵はいないと悟った。
この頃になると、グリムホルダーにも難無く勝てるようになった。
しかし、強くなればなるほど、あの化け物は異質だと思った。
ワグナスは別格として、120階層以上にいる魔物の何よりも強いというのは異常だ。
少なくとも、進んで戦いたい相手ではない。
倒す時は、遭遇したので仕方なくだ。
俺は、ここ数年で一つの仮説を立てた。
グリムホルダーはイレギュラーではなく、あらかじめ設置されていたという仮説だ。
なぜこのような仮説が出てくるか。
それは獄炎の回廊の敵が最初に通り抜けた時に比べて格段に強くなっていたからだ。
グリムホルダーはダンジョン内の魔物の鍛錬役を担っているのではないか?
ただ、そこに存在するなどという怠惰を、あのヴォルクスが許すとは思えない。
土の階層から、魔物が急激に強くなったが、グリムホルダーの数が激減もしくは無くなったのも
必要でなくなったから消えたという方が腑に落ちる。
もっとも、すべて俺の予測でしかないが、的外れではないと思っている。
その証拠にグリムホルダーの強さはワグナスに数段劣る。そして側近と思われる魔物にも及んでいない。
連中が作った魔物と思えば、すべての謎が解決するからだ。
っと、そろそろ自分の限界まで力を高められただろう。
そろそろ、ワグナスに挑んでもいい頃合いだ。
俺は、ワグナスの所に向かった。
***
「リベンジに来たぞ!ワグナス!」
『誰だ、お前は?』
久しぶりの再会だったが、思わずズッコケそうになった。
流石に薄情じゃないか?
「リックだ!忘れたのか?」
『ん?ああ、あの時の人間か、あまりにも来ないので死んだと思っていた。それにしても老けたな』
「そういえば、修行に夢中で忘れていたな。ナイスミドルって感じか?」
『ただのおっさんだ』
「おっさん言うな!」
『だが、それなりに鍛えてきたようだな。面白い』
そして再開される、ブレスの雨とマグマの連鎖
しかし、俺は、この光景を一度見た。そして、何度も頭の中で対策をシミュレーションした。
俺は、ワグナスの間合いに自ら飛び込む。
『自ら飛び込むか!我が爪牙の餌食になるがよい!』
「いや、その軌道は一度見せてもらった」
俺は爪の軌道を掻い潜って、ワグナスに肉薄する。
『これを躱すとは・・・』
そして、唯一の安全なポイントは、ワグナスの周囲という賭けに勝ったようだ。
「読み通り、ここが安全地帯だったようだな。今度は俺の勝ちだ!」
『どうかな?』
次の瞬間、ワグナスの身体が発光して、業火に包まれる。
「うおっ!至近距離もダメかよ」
『いや、あの瞬間のみが我の隙であった。その貴重な時間を会話に費やすとは・・・貴様阿呆か?』
「阿保言うな!」
『だが、2度は通じぬ。今度こそ万策尽きたのではないか?』
「まあ、そうかもしれんが、足掻いてみるぜ」
俺は氷属性を全身に幾重にも纏った。
『何だ?その馬鹿げた魔力量は。貴様、禁断のポーションに手を出したのか?』
「禁断のポーション?なんだそりゃ?」
「深淵の回廊にある、魔力量を上げる薬だ。貴様、間違いなく飲んでいるな」
「ああ、ヴォルクスの阿保に無理矢理飲まされた」
『成程、貴様はヴォルクスの眷属か?』
「眷属ではないな。知り合いだ。俺はただの人間だ」
『ただの人間があのポーションを飲んで生きているとは・・・信じられぬ』
「慣れれば結構いい味だぞ?」
『待て。今、何と言った?慣れればだと?』
「ああ、今では毎日飲んでいるが、何か問題があるのか?」
『何故生きている?あれは飲んだ者の魔力を高めるが、精神を破壊する呪いの水だぞ?』
「あの阿保竜・・・なんちゅう物を俺に飲ませているんだ」
『それを常飲する貴様も阿保だと思うがな』
「阿保阿保いうな!」
それからは、一進一退の攻防だった。
そして、数日の時が過ぎた時に、ワグナスの闘気が消えた。
『もう良かろう。先に進むがよい』
「なんだ?ギブアップか?」
『馬鹿を言うな。貴様の力が見られればそれでよい。この先に行く資格は充分にある』
「それじゃ、遠慮なく通るぞ」
『だが、一つ忠告しておく』
「何だ?」
『人間は老いには逆らえぬ。そのままでは最下層に辿り着けぬぞ?』
「なんとかしてみるさ」
『やはり、阿保だな』
俺は、ワグナスの呟きに仕草だけで答えながら、下の階層に降りて行った。
ちなみにワグナスを倒すのは無理です。
次話でダンジョンは終了します。