『3 魔の森』
魔の森に落ちてしまいました
魔の森に入ってから数日が経過した。
俺は、必死に森の中を駆け抜けている最中だ。
「はあ、はあ・・・」
魔の森と呼ばれるだけはある。
俺は、この森に入ってから、非常に恐ろしい魔物に、立て続けに襲われ続けている。
冒険で遭難した時のセオリーとして、雨風を凌げる洞窟を探していたが、
次々と、強力な魔物と遭遇して、それどころでは無くなった。
今では死なない様に逃げるのが精一杯だ。
恐ろしい魔物というのが、キマイラ、グリフォン、コカトリス、エルダートレント等
Aランク、下手をすればSランクと呼ばれる、一流の冒険者が複数で挑むレイドボス級の魔物だ。
俺の冒険者ランクはAランク。
ギルド内では一目置かれる立場だったが、
ソロでこの森の魔物と戦うレベルに至っていない。
木陰に隠れて、痛みに気付いた時には、
服は引き裂かれてボロ布になっており、
剣も刃こぼれでノコギリみたいになっていた。
そして、体中に出来た、無数の傷、恐らく骨も何本か折れているだろう。
左手に至っては少し石化の後遺症もある。
この姿で街に出よう物なら不審者を通り越してアンデットと間違われるレベルだ。
魔の森から落とされた罪人が、誰一人として生きて戻らない、本当の理由がやっと分かった。
落下で即死するか、結界から出られずに、魔物の餌になるからだ。
冷静に考えて、完膚泣きまでに絶望的な状況だ。
グラッセ王国ですべてを失った俺が、なぜここまで必死に足掻いているのか?
自問自答したが。答えはすぐに出た。
生きたいからだ!
アレンへの復讐?
そんな物は、この際どうでもいい。
俺はもっと生きたい!
俺は、まだまだ人生を楽しんでいない!
もっと冒険を楽しみたい。いい女と結ばれたい。子供の顔がみたい。
それもこれも、生き続けなければ叶わない!
俗な希望?そうだとも!
こんな場面で恰好付けていられるか。これが嘘偽りのない俺の本心だ!
「こんな所で死ねるか!」
もうヤケクソだ!
魔の森が何だ?俺の邪魔をする奴は、神でも何でも相手してやる!殺せる物なら殺してみろ!!
そして、俺の願いが悪い意味で通じたのか、この森で最悪の相手と遭遇してしまった。
古代種アースドラゴン
厄災級と呼ばれる、怪物の中の怪物だ
冒険者ギルドでの扱いはランクSSS
ちなみにSS以上は、すべてSSS。
つまりはギルドではどれだけの脅威か把握すら出来ない、規格外の怪物ということだ。
「ははっ、是が非でも殺すって事かよ!いいぜ!足掻いてやる!」
『ゴガァァァァァ!!!!!』
***
俺は大地に倒れていた。
アースドラゴンとの戦いは、戦いにすらなっていなかった。
そりゃそうだ。SSS級の厄災級の化け物だぞ?
本来なら国を2,3個平気で滅ぼすレベルの怪物だ。
刃こぼれした剣一本で勝てる様な、安い相手じゃない。
仮に、伝説の武具の完全武装したところで、俺の実力では話にならないな。
満身創痍でそんな事を考えていると、
頭の中に声が響いてきた。
『何故死に急ぐ?人間』
「ああ、話が通じるのか・・・そりゃ古代種のドラゴンだもんな」
古代種のドラゴンは人間を遥かに上回る知性を持つと言われている。
もっとも、実際に会う機会など、まずありえないため、噂程度の話だ。
『質問に答えよ』
「別に死に急いでいない。むしろ逆だよ」
『逆?頓珍漢な事を言う人間よな』
「色々あってね。人間の街で暮らせなくなった。今はこの森で逃亡生活の真最中さ」
『咎人か。それならば・・・』
「俺は何も悪い事をしちゃいない」
俺は何回か口にした言葉を零した。
本当に何も悪い事はしていないハズなんだがな。
どうして、こんな事になったのか・・・
『嘘は言っておらぬな。どうせ放っておいても死ぬのだ、話くらいは聞くか』
「聞いてくれるなら話すよ」
驚く事に、王国では誰も聞いてもくれなかった事を
目の前の怪物は聞いてくれると言う。
なんとも皮肉な話だが、このまま死ぬのも寂しいよな。
俺は目の前の怪物に、これまでの事を話した。
『人間の愚かさは変わらぬな。つまらぬ欲で不幸をまき散らす』
「まあな。でもいい奴もいるんだぜ?」
アレンは変わってしまったが、昔は優しくて頼りになる男だった。
仲間だった、3人にしても、アレンに振り回されているが、皆、根はいい奴らだ。
ははっ。まったく、俺も未練がましいな。
『貴様は復讐したいのか?』
「そんな事はどうでもいい。俺は生きたいだけなんだ」
正直、アレンへの復讐なんて、頭から抜けていた。
生き残る事に必死だったからな。
生きて未来を掴めれば、最早どうでもいい事だ。
『原始的ではあるが、強い渇望だ。お主はそれが一際強い』
「生きるためなら、何でも相手になってやるって、息巻いておいてこのザマだ」
『よもや、人の身で、我に挑む無謀者がいるとは思わなかったぞ?』
「ああ、それな。今にして思えば、逃げれば良かったんじゃないかと思えて来てな・・・」
冷静に考えれば、何故この怪物に特攻を決めに行ったのか?
変なところで思い切りがいいな。
俺って阿保なのか?
『貴様。阿呆か?』
「言うなよ。俺もそう思って、後悔し始めた」
なぜか、目の前の怪物がクスリと笑った気がした。
『良い暇つぶしであった。我を楽しませた褒美だ、ここで休む事を許す』
「見逃してくれるのか?」
『今の我は機嫌が良い。ただの気紛れよ』
「あんたも変わっているな。言葉に甘えるよ・・・」
正直、精神と体力の限界だった。
もう全身の感覚が麻痺して、声を出すのも億劫だ。
このまま休んだら、恐らく俺は・・・
リックは、戦闘のダメージもあるが、今迄のダメージの蓄積に加えて、不眠不休の過労で意識が途切れてしまった。
『意識を失ったか。無理もない』
怪物は、横たわっている人間を観察する。
体中に無数の傷があり、複数の骨折と打撲。
更に、石化、毒などの状態異常も多く見られる。そして血が流れ過ぎていた。
良く生きていると言える、瀕死の重傷だ。
この男が言った人間の街から、ここまでの距離を考えれば、
魔物に追われて、何日も寝ずに走って来たと考えられる。
そして、先程の特攻で粉々に砕けた武器。
この森では何の役にも立たない。予備レベルの武器だ。
魔力で強化させたとはいえ、今までよく戦えたものだ。
この場所に辿り着いた事に賛辞を贈っても良い。
むしろ、本当に良く来てくれた。
放って置けば確実に死ぬが、
それではつまらぬし、何より勿体ない。
気が遠くなる程の、悠久の時を生きる存在に、最も必要な物は何か?
それは、娯楽だ。
実力は心許ないが、我を目の前にして普通に会話する胆力は評価できる。
叩けば、まだまだ伸びるだろう。
それに数百年ぶりの娯楽の相手だ。ここで幕を引くなど許さぬ。当然却下だ。
この人間は、生かし成長させ、我の娯楽に付き合ってもらう。
人間で言うならば、利害の一致だ。
一方的で傲慢であろうが、知った事では無い。
絶対的な存在とは、それが許される者なのだ。
リックが、古代種アースドラゴンと呼んだ存在は、名をヴォルクスという。
ヴォルクスは、リックが気を失っている間に魔力を行使するのだった。
***
俺は、古代種アースドラゴンと戦った地面に寝転がっていた。
「俺は生きているのか?」
『起きたか・・・では、早々にこの場を離れるが良い』
俺は意識がある事に驚いた。
あの傷では、間違いなく死んでいたはずだ。
しかし、身体の傷や状態異常は完治している。
「怪我が治っている!?まさか治癒魔法を使ってくれたのか?」
『褒美だ。受け取っておけ』
「ありがとう。助かった」
『何、礼ならたっぷり弾んでもらう』
「ん?どういう事だ?」
『独り言だ。我の気が変わらぬうちに、この場を去るがよい』
「あ、ああ」
古代種アースドラゴンの言葉に違和感を感じたが、
相手にやる気をだされたら、今度こそ確実に死ぬ。
俺は、言われた通りに、その場を後にした。
***
その後は、まず魔の森を慎重に捜索した。
先程の特攻で、武器は粉々に砕けてしまったからな。
安物の剣だ。魔法で強化していたとはいえ、
今まで持ってくれた方が不思議なくらいだ。
そして、今の俺は素手だった。
流石に、素手でここの魔物の相手は自殺行為だろう。
というわけで、気配を殺しながら、魔物をやり過ごす。
そして、あのドラゴンから少し離れた所に、冒険者の亡骸らしき物を見つけた。
らしきというのは、すでに風化していたからだ。
ここで命を落として、かなりの月日が過ぎたのだろう。
俺は、何故かこの冒険者の遺体に親近感を覚えた。
まるで惹かれる様にここに来たような不思議な気分だ。
そして、遺体の傍に、立派な剣が置いてあった。
見た事の無い家紋の様な模様が掘られており、貴族が壁に飾る様な見事な剣だ。
俺は、風化した遺体を丁重に弔ってから、その剣を借りる事にした。
借りた剣はかなりの業物で、格上の魔物に攻撃が通す事が出来た。
俺は、格上の魔物を倒しながら経験を積み重ねていく。
しかし、数日、森を駆けまわっても、一向に森を抜けられる気がしない。
そして、この森の魔物を相手にしながら、幾ばくかの月日が過ぎた。
***
それまでの俺にはとにかく、食事が必要だった。
俺は、何とか魔物を討伐して、その肉を焼いて食らった。
何日もロクな物を口にしていなかったので、自然とそうなった。
魔法戦士は火属性の魔法で生肉に火を通せるので便利だ。
味は、調味料が無いので、肉の味しかしなかったが、そこは我慢するしかない。
何より、空腹でそれどころでは無い。そのうち腹が満たされればどうでもよくなった。
そして、肉ばかりを食べていると、口の中に油が残って無性に野菜が食べたくなった。
この森は意外と、食べられる野菜が自然に群生している。
飛び切りヤバイ毒キノコを食らって死にかけもしたが、そこは解毒の魔法で乗り切った。
いつの間にか、回復魔法を覚えていたのが幸いした。
生き抜く事に、必死過ぎていつ覚えたか分からない。
そして、土魔法で土鍋を作ってお湯で材料を煮込むくらいは出来るようになった。
そのような、原始的な生活を初めてから、数か月は経ったと思う。
なにしろ、この魔の森は、昼と夜はあるが、周囲が木、木、木、そして魔物だ。
時間感覚も麻痺して当然だろう。
そして、拠点にする洞窟を発見してからは、格段に生活しやすくなった。
洞窟には、キマイラの上位種、Sランクの魔物、ダークキマイラがいたが、
なんとか倒して自分の拠点にした。
いつの間にか、俺もソロでSランクの魔物を狩れる様になっていたらしい。
この森は、弱肉強食。強い者が正義で出来ていた。
一度は死にかけましたが、絶賛成長中です