『2 反逆者』
勇者パーティー追放からのお話
勇者パーティーを追放された俺は、一般の冒険者に戻る事になる。
しかし、アレンの動きは早く、俺の悪評をばら撒いた後で、扱いは最低の物だった。
そして、すぐに、ギルマスの部屋に呼び出しを受けた。
「リック。勇者様から話を聞いた。勇者様御一行に狼藉を働いて追放とは、俺もお前の事を勘違いしていたようだ」
「俺は勇者に意見しただけだぞ?」
俺はありのままをギルマスに伝えた。
しかし、ここで、下手に足掻いてもロクな結果にならないだろう。
その証拠に、俺の周りを、殺気立ったギルドの精鋭が取り囲んでいる。
話す前から結果は決まっていた。
「そのような嘘を平然と言うとは。もうお前の言う事は信用できない。ギルドとしてはお前みたいな奴をギルドに置く訳にはいかない」
「俺は、何も悪い事をした訳じゃ無いんだけどな」
「リック!まだ、そんな事が言えるのか?!正直、お前とは口を効くのも限界だ!」
「それで、俺をどうするつもりだ?」
「リックの冒険者の権利を剥奪する。二度とギルドに関わる事は許さん!さっさとここを出て行け!!」
「分かったよ。俺も潮時だと思っていた。冒険者章はここに置いていくぞ」
半分諦めていたが、未練が無いと言えば嘘になる。
俺も、冒険者を長い事やって来て、なんとかAランクまで上り詰めた。
愛着もあったが、一瞬で簡単に奪われる物なのだな。
冒険者章は、冒険者の証明証。そして、剥奪された場合は、再発行は不可能な物だ。
俺は、冒険者を名乗る事を許されない身となって、ギルドから追放された。
***
冒険者ギルドを追放された俺は、ティレグの酒場でコーヒーを飲んでいた。
この酒場は俺が落ち込んだ時に使う隠れ家みたいなものだ。
表向きは酒場だが、昼間はこの様なメニューも扱っていた。
強面の男がオーナーをしているため、今のアレンはこの店には寄り付かないし、知りもしない。
しかし、オーナーに勇者の話が伝わるのも時間の問題だろう。
酸味が抑えられていて、コクがある。
ここのマスターが煎れるコーヒーは俺のお気に入りだった。
気持ちが荒れた時は、一息入れて落ち着くに限る。
感情に任せて暴れても、良い結果になんてならないからな。
今は気持ちを切り替えるべきだろう。
「ふう・・・」
一息入れた俺は、これからどうするべきかを考えた。
まず、状況整理をしよう。
主だった武器屋、商店は出入り禁止と考えるべきだ。
食料の調達もままならないとなると、人の生活を送れる気がしない。
そうなると、この国に留まるのは得策ではないな。
ただ、国外に出たとしても、冒険者としての再起は不可能だ。
隣国の帝国や、その隣の公国に移動しても関係ない。
冒険者ギルドは各国に存在している、国に属さない独立した組織だ。
資格を剥奪された俺は、国を変えても二度と冒険者に戻る事は出来ない。
そこだけは確実だ。
そして、俺が移住先として、目を付けている国は北にある隣国だった。
エルスト帝国
それが北に隣接する国の名称だ。
エルスト帝国は、今いるグラッセ王国とは犬猿の仲で、国境で戦争が度々起こっている国だ。
初代エルスト帝が、このグラッセ王国から独立して建国した事が主な原因だろう。
普通であれば、北部の反乱として鎮圧されるが、
事前に北部の有力な小国に根回しをして併合し、
さらには王国内部からも謀反が発生しては鎮圧するどころでは無くなった。
そして、グラッセ王国が沈黙している間に、北の地に強大な帝国を築き上げた。
初代皇帝は稀代の策略家と言えるだろう。
俺は王国出身だが、密かに初代皇帝の智謀と大胆さに憧れていた。
今でも帝政を謳っているが、民主的で貴族権益も薄いと聞く。
反面、皇帝の権威が強過ぎるのが気がかりではあるが、庶民の俺には関係の無い話だろう。
俺は自分の生活が保証されれば、特に贅沢をするつもりはない。
とはいえ、帝国に仕官する自分の姿は、イマイチ想像出来ない。
冒険者なんて、礼儀や伝統とは一番無縁だからな。
宮仕えする様な品性は持ち合わせていない。
では、商人ならどうだろうか?
護衛の要らない商人。しかも一日に移動できる距離が長く、腕力もあるので運搬出来る量も多い。
悪く無いな。結構いけるかもしれない。
帝国へ移住、そして、商人の下働きでも雇ってもらう。
今後の方針は大体決まった。
俺は酒場を後にして、家に戻った。
***
「アレン・・・ここまでするのか?」
俺が家に戻った時の感想がこれだ。
正しくは俺が借りていた部屋だが、そこには大勢の兵士が押しかけていた。
そして、生活道具や大切な武具を運び出している。
「おい!これはどういう事だ」
「貴様は、反逆者のリック!」
「反逆者だと!?何を言っている!」
「勇者様に逆らう不届き者が!この国に居場所は無いと思え!」
「ふざけるな!俺の荷物をどうするつもりだ!」
「国王陛下の勅命だ!貴様の持ち物は国が没収する」
「ば、馬鹿な。国王陛下だと・・・」
アレンの影響力はそこまで強いのか?!
そして、兵士は俺に向かって殺意にも似た敵意をぶつけてくる。
これはマズい。どうやら状況を見誤ったようだ。
「反逆者を捕えろ!」
「俺は何も悪い事をしていない!」
「貴様の存在そのものが罪なのだ!」
「ふざけるな!付き合っていられるかっ!」
とはいえ、一般の兵士に手を出す訳にいかない。
追放されたとはいえ、これでも最前線で戦っていた身だ。
下手に兵士に攻撃をすれば、威力が強過ぎて最悪殺してしまうだろう。それこそ国家反逆罪で死刑確定だ。
そして、何より兵士の数が多過ぎる。
多勢に無勢。ここは逃げの一手だろう。
「逃げたぞ!捕まえろ!無理なら殺しても構わん!」
「殺すだと!?アレンの奴!無茶苦茶だっ!!」
俺は国から反逆罪として、命を狙われる身となった。
***
まさか、ここまでやるとは思わなかったぞ。アレン!
どうやら、俺が甘かったようだ。
これからは、あいつ等は元仲間じゃない。敵だ!
そう思わないとこちらが一方的に潰される。
少しだけ、弱気なエイルの顔が過ったが、すぐに頭から振り払った。
甘い認識は捨てろ!今出会ったらエイルも敵だ!あいつがアレンに逆らえる訳が無い!
俺は非情に徹する様に自分に言い聞かせた。
お尋ね者になったからには、一刻も早く、他の国に逃走するしかなくなった。
しかし、今の俺は、普段着に、護身用の安物のロングソードしか持っておらず。
修繕に出している武具を取りに行けなくなった。
どうやら、アレンのおかげで一文無しにされてしまったらしい。
「いや、何よりも命優先だ!装備の事など後で考えればいい!」
「いたぞ!殺せ!」
「おい!捕まえるんじゃなかったのか!」
「捕まえても殺しても構わん。いや、もう面倒だ!反逆者リックの首を取れ!」
「くそっ!俺は、こんな国の為に戦っていたのか!」
そして、大勢の兵士に追い詰められた先は断崖絶壁、そして目下に広がるのは大森林だった。
しかし、ここは普通の森ではない。
それを証明する様に、森全体を覆うように、強力な障壁が張り巡らされている。
『魔の森』
森の奥には強力な魔物がひしめいており、冥府の入り口とも言われている。
建国以来から、森林に潜む、凶悪な魔物が溢れ出るのを防ぐために、王家に伝わる強力な結界が張られている。
そして、下手に結界に触れよう物ならば、その場で死ぬというのが王国民全ての常識だ。
実際にここから罪人を結界に落とす処刑法も存在する。
普通であれば地面に激突して即死。魔法で逃れようにも結界に焼かれて即死という、
凶悪な犯罪に手を染めた重罪人にしか使われない処刑法だ。
この場所は、荒くれ者が多い冒険者ですら、寄り付きもしない危険な場所だった。
兵士達の動きから、最初からここに誘導するつもりだったのだろう。
「ここまでだな!死ね!リック!」
「くそっ!こうなったら!」
俺はイチかバチかで、断崖絶壁から魔の森に飛び込んだ。
このままでは確実に兵士に嬲り殺しにされる。
それならばいっその事、触れれば死ぬと言われているが、誰も試していない結界に飛び込む方が、生存率が高い!
「なっ!?魔の森の結界に飛び込んだ!?正気か!」
兵士の理不尽な言葉に、ふざけるなと反論したくなるが、俺は結界に向かって落下した。
そして、目の前に迫る、死の結界。
俺は目を瞑ったが、結界に触れた瞬間、不思議な感覚が全身を包みこんだ。
水の中に潜る様な何かを通り抜ける感覚。おそらくこれが障壁の中なのだろうか。
しかし、特に全身に激痛が起きるわけでも無い。
この結界に触れたら死ぬと、子供の頃から聞かされていたが、それは間違いだった様だ。
どうやら、俺は賭けに勝ったらしい。
そして、兵士の姿が、物凄い勢いで遠くなっていく。
俺は、猛スピードで自然落下中だ。
この高さからの落下では、地面の染みになることは間違いないだろう。
勿論冗談ではない。
俺は魔法戦士のスキルをフル活用して抵抗した。
「レビテイト!」
「ウィンドブラスト!」
俺は浮遊の魔法を唱えながら、足元に風の魔法を連発して、落下の速度を殺す。
特に浮遊魔法は空を飛ぶことはできないが、水の上を歩く等、なかなか便利な魔法だ。
そして、思った以上に落下の速度を抑える事が出来た。
俺の職業。魔法戦士は、ポピュラーな魔法以外の、補助的な魔法も習得出来る。
何かの役に立つだろうと思って、覚えておいて良かった。
「色々、覚えておくものだ。助かった」
かなりの衝撃をもらったが、俺は落下の速度を和らげて、森に着地する事に成功した。
安堵して見上げると、ここから崖は殆ど見えない距離がある。
そして、死の結界の目の前だ。
覗き込んで確認しようとする、度胸のある兵士は誰もいなかった。
あとは、回り込んで帝国へ逃げるのがベストだろう。
そう思って歩いた時、透明な壁が俺の行く手を遮った。
そして、壁に触れた瞬間、バチッっと全身が雷に打たれたような衝撃を受ける。
「痛ってえ!結界だと?!こちらからは出られないのか!?」
その後、石を投げつけてみたが粉々に砕け、魔法を打ち込んでも、すべて弾かれてしまった。
唯一の武器のロングソードは、砕けたら洒落にならないので打ち込むのをあきらめた。
しかし、うっかり手で触れた時、よくあの程度で済んだな。
掌が吹き飛んでもおかしくない衝撃だった。
どうにも、結界自体を解除しないと出られないようだ。
この場にいても、仕方ないと判断した俺は、森の奥へと進んでいった。
コーヒーを飲んでる場合じゃありませんでした
次から魔の森編となります