『18 曙光』
事後処理になります。
少し長めになってしまいました。
俺は、一息ついてから、事態の回収をする事にした。
思い付く限り、裏から色々と手を回したが、
ラモラック伯爵とティナの危機は、すべて取り除いたと見ていいだろう。
「俺はティナとラモラック伯爵を安心させるとしよう。カルロの回収もついでに済ませる」
「カルロには、すでに撤収命令を出しております。ルクス様のお手を煩わせる事はありません」
「そうか、仕事が速いな、セス。お前は優秀だ」
「恐れ入ります。主よ」
自分で判断して、適切な行動が出来る奴は貴重だ。
俺の声を待たずに、俺が欲する行動を予測して行う、的確な読みと決断力が気に入った。
流石は黒鷲の元参謀だ。セスは、今後大きな力になってくれるだろう。
そして、他の幹部達も、顔付きが歴戦のソルジャーとなっていた。
大変結構な事だ。
しかし、ここにいる者だけでは、まだ不十分だな。
末端の構成員には依然として、平民を暴力で従わせる、ならず者が多い。
「黒鷲は待機だ。その間に末端の構成員まで教育を施せ。1人残らず精鋭に仕上げるのだ!黒鷲を名乗る者に例外は認めん」
「ハッ!必ずや!ご期待に応えて見せます!」
「全ては、ルクス様の為に!」
俺は、満足した顔でラモラック伯爵の元に向かった。
***
俺は、ラモラック伯爵邸を訪ねた。
快く伯爵殿の元に通してくれたが、本人はこめかみを抑えて頭を抱えていた。
「突然、黒鷲の幹部カルロが、黒鷲の襲撃者を撃退して、そのまま去って行った。
正直、自分でも何を言っているのか分からない程に、理解が追い付かない・・・」
どうやら、伯爵殿を激しく混乱させてしまったようだ。
最も恐るべき敵と思った男が、いきなり寝返って味方になれば、そうなるか。
勢いに任せてやり過ぎた。これはケアが必要だろう。
「実は、昨日、偶然カルロと出会ってしまい、
私が、あの者を説得しました。差し出がましい真似をして申し訳ありません」
「ルクス殿が?!いや、こう言っては何だが、
あの連中は、この帝国に巣食う闇そのものだぞ?話が通じる相手とは思えないのだが」
「そこは、少し教育をしましたので」
「き、教育ってまさか・・・」
「ティナ?何か知っているのかね?」
「し、知りません!私は何も見ておりません!」
そういえば、ティナはゴロツキの教育を見ていたな。
顔色が悪い。若干、トラウマになってしまったようだ。
「黒鷲も、今ではセスという紳士的な男が、ゾルゲとロゼリアという外道を処分して纏めていると聞きます。
この館の危機は、去ったと見ていいでしょう」
「あの恐ろしい賞金首の2人を処分・・・正直、状況整理がまったく出来ていないが、一先ず安心したよ」
「本当に良かった・・・申し訳ありませんが、少し休んで良いでしょうか?安心した途端に少し眩暈がしました」
「ティナは寝室で休みなさい。緊張の糸が切れたのだろう。かく言う私も同じだ。訪問された、ルクス殿には悪いが、少し休養を取らせて欲しい」
「あのような事が起きたのです。無理もありません。どうかご自愛下さい。私はこれで失礼します」
ティナと伯爵殿は、精神的に参ってしまった様だ。
しかし、伯爵領内の治安はこれで問題ないだろう。
帝国の闇、黒鷲も、今では教育の行き届いた治安維持組織だ。
そして、末端まで教育をするように指示を出しておいた。
あいつ等ならば、問題なくやってのけるだろう。
少しばかり、俺に従順過ぎるが、それも面白いので放っておく事にした。
***
そして数日後。
静養を取っている、ラモラック伯爵の元に、急報が舞い込んだ。
突然の思わぬ来訪者に、館は騒然とする。
「旦那様!大変です!バイデル侯爵が、お見えになられております」
「バイデル侯爵だと!」
黒鷲を使って、ティナを側室にしようとしていた、唾棄すべき屑だ。
あの男は、過去に私の妻にも手を出そうとしていた。
あれ以来、領内には来るなと言っておいたが、爵位の立場を使って押し通したのか!
「追い返せ!顔も見たくない!」
「そ、それが、謝罪に来たと。侯爵様が私の様なメイドに頭を下げられては、私では何も言い返す事も出来ず・・・」
「あの男がメイドに頭を?」
あの、プライドの塊が、どういうつもりだ?
そうか!搦め手で来るか!どこまでも狡猾な奴!
いいだろう!今日こそ、長年の因縁に決着をつけてやろう!
「分かった。君にも苦労をかけた。バイデル侯爵を客間に通してくれ」
「勿体ないお言葉・・・分かりました。すぐに客間にお連れします」
そして、バイデル侯爵の姿が現れるはずだったのだが、
現れたのは、野生を漂わせる、精悍な顔つきの見事な紳士だった。
俊英と名高い、息子のコノール殿?それにしては、年齢が見合わないが・・・
「貴殿は一体・・・バイデル侯爵は?」
「貴公の言いたい事は分かる。私がそのバイデルなのだ」
「・・・は?」
ラモラック伯爵はあまりにも意外な事実にフリーズした。
バイデル侯爵の外見は、肥えた肥満体で醜悪、そして世間を見下した目をしていた。
記憶と現実の乖離が激し過ぎて、頭が受け入れを拒否している。
「今までの数々の非礼を詫びたい。私は人として恥ずかしい事をして来た」
「は・・・いやいや!完全に別人ではないか!貴殿は一体どうされたのだ?!」
「私は愚かだった。娘の様な年頃のティナ殿に欲情するなど。貴族にあるまじき行い。
斬首されても文句は言えぬ」
「あ、ああ、その様な貴族の恥を、自身で認めるのだな」
「無論。この通り土下座でも何でもしよう!だが命だけは捨てる訳にはいかぬのだ!
私には罪を清算し、領民をより良く導く使命がある!これだけは何卒容赦して頂きたい!」
「いや、そこまでせずとも・・・正直に言うと、貴殿は誰なのだ?という心境なのだが」
「私は神の声を聞いたのだ。生まれ変わって、罪を償えと」
「か、神の声?」
「ラモラック伯爵。今すぐに愚かな私を許してくれなどとは言わぬ。汚名を雪ぐ機会を頂けないだろうか!」
「わ、分かった。今までの事を考えれば、叩き出す処だが・・・貴殿は変わられたな」
「まだまだ変わり足りぬ。この程度ではあの方は満足しない。
私も領内の立て直しに、急ぎ戻らねばならぬ。
今日は、突然の来訪に応えて頂いた事に、心から感謝する」
「あ、ああ、貴殿のこれからをみせてもらう」
あの方って誰だ?いや、もう、理解が追い付かない・・・またもや眩暈がして来た。
そして、慌ただしく、バイデル侯爵はラモラック家を後にした。
しかも、驚く事にバイデル自身が屈強な馬を駆って、一人で来たらしい。
以前のバイデルからは考えられない変貌だ。あの男、乗馬もロクに出来なかったはずだが。
馬に跨るシルエットが、劇場の主役を思わせる程に、驚くほどに様になっていた。
ラモラック伯爵は、かつての仇敵を困惑しながら見つめていた。
***
うむ、いい感じに仕上がっているな。
俺は、陰ながらバイデルの馬に跨った姿に満足していた。
「ルクス様。バイデル領内で不穏な動きが。どうやら別勢力が動いたと思われます」
「別勢力だと?他の暗部か?」
「然り。これは餓狼かと」
「詳しく話せ」
「はっ!」
餓狼は黒鷲に敵対する、帝国の暗部らしい。
帝国は、暗部が多過ぎないか?
「我々が蹂躙致しましょうか?セス様が重要な案件ゆえに、ルクス様の指示を仰げと」
「さすがセス。いい判断だ」
「セス様もその言葉を聞けば喜ぶ事でしょう」
「帝国に他に暗部はどれくらいいる?」
「黒鷲、餓狼、胡蝶、魔窟の4つが帝国東部の主だった勢力で、力は拮抗しております」
「結構あるな。いちいち潰すのも面倒だ。そいつらの所に案内しろ。俺が直々に教育してやろう」
「ルクス様、自ら教育を!た、直ちに手配致します!」
「急げよ。あとバイデルは同志だ。治安維持に協力してやれ」
「はっ!」
***
そして、俺は4大勢力の暗部を順調に教育していった。
その結果、俺の目の前には、闇の4大勢力の棟梁が跪いていた。
貴族に顔が効く最大勢力の『黒鷲』
闘技場などを管理し、武闘派を束ねる『餓狼』
闇商人や娼館を牛耳る『胡蝶』
道を踏み外した魔道の行きつく先、『魔窟』
どれも一癖ある連中だったが。あのダンジョンに放り込んで少し教育してやれば、すっかり従順になった。
暗部を名乗るからには、もう少し骨のある奴がいると期待していたが、こんなものだろう。
そして、各々の勢力のトップは特別に稽古をつけた成果が出ており、
ダンジョン最上層で生き延びる実力はある。
もっとも2階に降りたら、数秒も持たずに即死するので、階段の立ち入りは封じている。
かつての2階は、植物系の魔物が主で、強敵はグリムホルダーだったが、
イグニス戦に向けて修行で戻った時には、風属性の魔物が恐ろしく強くなっていた。
風の上位精霊ジン。気候を操る聖獣青龍に、極めつけは自分の階層から持ってきた神獣麒麟だ。そして、緑が少ないので、世界樹の苗木を数本植えて、緑豊かにしたらしい。
今では1周目とは、まったくの別物の恐ろしい魔境と化している。
新緑の回廊があまりにも温いので、風の神龍イグニスが全ての魔物を排除して、自らテコ入れをした。
今では、グリムホルダーの代わりに、神獣麒麟が、回廊に似つかわしくない魔物を間引く為に闊歩している。
いささか、やり過ぎの気もするが。あのダンジョンに挑む阿保など、俺くらいの物なので放って置いていいだろう。
イグニスも、ただの庭の手入れと言い切っていたからな。
ともあれ、目の前の連中は、精悍な顔つきに凄みが加わっていた。
ようやく、暗部のトップらしくなってきたと言ったところか。
今では、善良な治安維持組織だが。実に頼もしくなった。
そして、俺は、気付けば組織のトップになっていた。
こんな予定はまったく無かったが。思いつきで色々やった結果だろう。
まあ、面白いから楽しもうじゃないか。
「ルクス様、元暗部の棟梁、並びに補佐役が集まりました」
「うむ。ご苦労」
補佐役は、各々の暗部に、知見者や、これから期待が持てる若手を選ばせて連れて来させている。
トップだけで全てを決めるのも悪手だろうし、多くの意見を取り入れるべきだ。
聞くだけでも、若手の育成につながるからな。
黒鷲は、セスとアルド。鉄板の2トップだ。
アルドも気性の荒さが抜けて、騎士として活躍していた頃の動きに磨きがかかっている。
餓狼は、棟梁ギャラック、後継候補の若手トリム。
餓狼は数が多いからな。補佐の入れ替えが多い。人材に恵まれている事は結構な事だ。
トリムは人望があり、次期棟梁の有望株だ。
胡蝶は、棟梁アメリア、娼婦ミーア。
ミーアはまだ若いが、高級娼婦の筆頭だ。そして客から得た情報量が半端ではない。知恵も回り、護身術にも長けている期待のエース。
魔窟は、棟梁オズワルド、最高の潜在魔力を持つイレア。
イレアは、鍛えれば、魔術師として、帝国魔道士の師団長を超える可能性を秘めている。
実に頼もしい奴らだ。
だが、しっかりと自分の立場を理解させる必要があるな。
何事も、始めが肝要だ。
「お前達は、国民の生活を理不尽に脅かしてきた。何をすればいいか分かるな?」
「はっ!民の治安を守るため、粉骨砕身務めさせていただきます!末端の管理は餓狼にお任せを」
「ルクス様のお目を汚す不届きな商人は、胡蝶が更生致します」
「魔窟は下法を取り締まり、今まで得た知識を民に還元致します。つきましては帝国貴族に顔が効く、黒鷲の力を借りる事をお許しください」
「我ら黒鷲は帝国貴族の更生、別の組織のパイプ役を担えればと考えております」
「大変よろしい。魔窟の言を許す。黒鷲は協力を惜しむな」
「御意!」
「感謝致します!」
「餓狼。末端の管理はどうか?」
「すでに、我らの力が及ぶ所は、隅々まで教育が行き届いております」
「末端の教育に、餓狼が協力してくれると心強いですわ。胡蝶の連中は我が強過ぎますから」
「うむ。魔窟も同じだ。魔術師は他者とあまり関わらぬゆえ。末端の教育は、どうしても時間がかかってしまう」
「末端の制御は得意分野だ。その代わり、商売や魔道の時は頼りにさせてもらうぜ」
敵対勢力だった連中も上手くまとまっているな。
同じ地獄を潜り抜けて来た者同士。仲間意識が芽生えた様だ。
ダンジョンで熱心に教育した甲斐があったという物だ。
「いい返事だ。各々不穏な動きがあるまで、治安の維持に努めよ」
「はっ!」
「それと、セス」
「はっ!」
「貴様はよくやっている。褒美を取らせよう。欲しい物はあるか?」
「私が欲するのは帝国民の平和であります!」
忠実で無欲過ぎるのも考え物だな。
セスは幹部の中でも、飛び切りに優秀だが、考え方が固いのが玉に瑕だ。
「俗な物でも構わん」
「僭越ながら、我々の組織の名前を頂きたく」
そう来たか。確かに、それについては思う所はあった。
「そうだな。いつまでも暗部という訳にはいかないか。今のお前達は治安を維持する立場だ」
「恐れ入ります」
名前か。泥臭い暗いイメージは避けたいところだな。
いっそ思い切って光属性に振り切るか。
「曙光と名付けよう。生まれ変わったお前達に相応しいだろう」
「ははっ!有難き幸せ!」
「他の者も、功績を立てれば見合った褒美を与える。各自奮起せよ!」
「「「我ら曙光!全てはルクス様の為に!」」」
おかしな組織が出来上がってしまったが、まあいいだろう。
そして、いつの間にか俺の屋敷が出来上がっていた。
元胡蝶の幹部が特注で作ったものだ。
今では曙光の幹部が、会議の為に集まる場となっている。
一時は、衣食住をどうするか悩んでいたが、
帝国東部に巣食う暗部を、まとめて部下にする事で、すべてが解決したのであった。
成り行きでマフィアのボスになってしまいました。
ここで、一区切りとなります。
次回から新展開の予定です。