その瞳は答えを映す
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記憶、それは個人が積み上げてきた軌跡。
心美はヒロが黒く塗りつぶしていたそれとリンクした。
記憶、感情が流れ込んでくる。
まるで頭が圧迫されているような感覚に僅かに顔を顰めながらも、目を逸らさないように繋がった線を辿る。
ヒロの解き放たれた記憶から読み取れる感情。
それは寂しさが多くを占めていた。
「ヒロくん、やっぱり一緒に遊んでほしかっただけなのね」
記憶を辿るうちに垣間見たワンシーン。
ヒロがパズルの箱を掲げて、両親に一緒に遊んでとせがむ光景。
『ねえ、お父さん、お母さん。一緒にこれやろうよ』
『ごめんな、今ちょっと忙しいんだ』
『私もこの後ちょっと手が離せないの。ごめんね、いつも通りいい子にしててちょうだい』
それを申し訳なさそうに断るヒロの両親。
より大きくなる寂しいという感情。
いつも通りという言葉をかけられてチクリと痛んだ心。
その痛みを感じながら心美はやはり自分の推測は当たっていたと確信を持てた。
「あなたは一人で遊ぶのに退屈していた……いえ、遊ぶこと自体は楽しいと思っていた。けれど……その楽しさを誰かと共有したかった。そうでしょう?」
心美は目を閉じたまますすり泣くヒロに語りかけた。
だが、返答はない。
心美自身も返事を期待していたわけではなく、気にせず続きを読む。
シーンは移り、ヒロがこの部屋で一人で遊んでいた。
寂しいという感情は依然変わらず、ヒロの心を染め上げている。
パチリ、パチリと無機質な音だけが響く。
パズルのピースは順調に枠を埋めていっていた。
その途中で彼は突然立ち上がった。
いくつかのパズルピースを握り締めて部屋を出た彼の行動はすべての謎につながった。
ヒロは持ち出したピースを関心を引く道具として利用しようとしていた。
実際にはそんな複雑なことなど考えていなかったのかもしれないが、やろうとしたことはほぼ同じだろう。
ヒロはまず書斎へと向かった。
書斎に籠って仕事をしているはずの父親が不在であることを確認すると、こっそりと忍び込んだ。
そして、机の上に開かれていた本にパズルのピースを置いた。
『お父さんがこれに気付いてくれれば、僕のところに返しに来てくれる……よね?』
それはヒロなりに父親の関心を引こうとして知恵を絞った行為。
パズルのピースを発見した父親がこれを届けに己の部屋の扉を叩いてくれるだろう。
そして、その流れで残ったスペースにそのピースをはめてくれるだろう。
この段階ではヒロの心は期待に満ち溢れていた。
そしてもう一つのピースは母親の関心を引くために仕込んだ。
母親はお風呂の準備に必ず浴室に訪れる。
それを知っていたヒロはお風呂場の床にピースを置いた。
それを見て満足げにヒロは部屋に戻っていった。
しかし――――。
父親と母親がヒロの部屋を訪れることはなかった。
夕食時に家族が食堂に集まった際、ヒロは泣きながら問い詰めた。
『どうして来てくれなかったの?』
『何を言っているんだ?』
『ずっと待ってたのに! お父さんとお母さんなんて大っ嫌いだ!』
ヒロの言葉の真意を掴めずに困惑する父親の姿。
だが、ヒロにとってはある種の裏切りだ。
子供の浅知恵だろうが、両親が必ず訪れてくれると思い込んでいた。
期待して待っていた。
だが、その思いを裏切られた。
まだ幼いヒロは、抱え込んでいた寂しいという感情を爆発させて立ち上がった。
制御しきれない感情に従って、勢いのまま手に持ったピースを投げ捨てて、食堂から出ていってしまう。
心美はそんなワンシーンを見て、一つの推論を組み上げた。
これはヒロの記憶。
ヒロの視点で物語は進む。
そこに登場する父親や母親の姿は見ることができても、その心は読めない。
ヒロの気持ちは読み取ることができるが、それ以外は推測しなければいけなかった。
(運が悪かったのでしょうね。あの本は本棚に戻されていた。つまりヒロくんがピースを仕込んだ時点でもう読む予定はなかったのかもしれない。あの後ヒロくんのお父さんが戻ってきてピースに気付くことなく本を閉じて棚にしまってしまったと考えれば辻褄は合う)
ヒロが待ち望んでいた結末が訪れなかったのはどうしてか。
それはヒロの心を見るだけでは分からないため完全に予想になってしまうが、心美の推測はおおよそ成り立つ。
確かに父親がピースに気付いていれば、子どもながらに考えた微笑ましい悪戯だと渋々返しに来てくれたかもしれない。
だが、ヒロの記憶が映した食堂での父親の表情は、ヒロが何のことを言っているのか分かっていない様子だった。
(浴室のピースだってそう。パズルのピースというのは目立つ大きさのものでもなかったので、気付かずに水で流されてしまったと考えるのが妥当でしょうか?」
浴室のピースも同様に、気付かれなかった可能性が高い。
心美はいくつかの可能性を繋ぎ合わせて、そのようなことがあったのだろうと推測した。
その推測を立てたことで、ヒロの感情の変化にも納得ができる。
「あなたは誰かと一緒に遊びたかった。その気持ちは嘘じゃない。でも、本当は……ずっと待っていたのはお父さんとお母さんだったから、私がパズルのピースを見つけてきたことを残念に思ってしまった。待ち望んでいた人じゃない別人が持ってきてしまったのだから当然ね」
ヒロは待っていた。
両親がパズルのピースを持って来てくれるはずだと願っていた。
だが、その願いを叶えてしまったのは心美だ。
だからこそ、嬉しさの中に悲しい気持ちを思い出してしまったのだ。
「これでパズルのピースの謎は解けたかしら? あとは……その写真立てと、あなた自身のことね」
あくまでも推測交じりではあるが、恐らく謎が一つ解けたのだろう。
だが、まだ暴かなければいけないことは残っている。
心美の心を読む瞳は、依然変わらずすすり泣く彼を射貫いていた。
ココミちゃん……どうして過去視に目覚めてないんですか……!?
続き書くのめっちゃ大変なんですが……!?