冒険者ギルド
最近暑っついですね
「ここが冒険者ギルド……! 建物も大きいし、人の出入りも多いわね。とてもじゃないけど心を読んでいたら私の頭がパンクしてしまうわ」
一夜明け、心美は冒険者ギルドに訪れた。
その建物はレヴィン邸と比べるとそこまでではないが、一般的な家屋と比べると大きく、朝からたくさんの人々が出入りしている。
心美はここに訪れる前に開いていた心を読む瞳を閉じてきたが、どうやら英断だったようだ。
「さて、サクッと冒険者登録を済ませて、お買い物して帰りましょうか」
心美は人の波に紛れて、冒険者ギルドへと足を踏み入れた。
♡
建物の中に入って心美が目にしたのは大勢の人がカウンターに並んだり、大きな板に下げられた紙の束をまじまじと眺めている光景だった。
心を読むことができれば何を目的としてそのような行動を取っているかが分かり、今後のためになる情報も得やすかったかもしれないが、やはり瞳を開く勇気が出なかった心美は大人しく辺りを見回すばかりだ。
そんな心美を何か困っていると判断したのか、カウンターで冒険者の列を捌いている人達と同じで衣服を着用している女性が話しかけてきた。
「あの~、何かお困りごとでしょうか~?」
「え、はい。恥ずかしながらここに来るのが初めてなもので……」
「初めてということは冒険者登録からですね~。それではこちらにどうぞ~」
緩い口調で心美を空きカウンターに案内した見た目心美と同じくらいの少女は、しゃがみ込みカウンター下をガサゴソと漁ると、いくつかの用紙を取り出して心美の前に置いた。
「こちらの用紙に記入をお願いしま~す。あ、分からないことがあったら何でも聞いてくださいね~」
「はい、ありがとうございます」
その指示に従って用紙を書き進めていく心美。
「おねーさんは文字の読み書きできるんだね~。てっきり代筆しないといけない人かと思ってたよ~。ごめんね~」
「いえ、別に……」
そう言われて気付いた。
こうして文字を読んで、正しく書くことのできる重要性を。
もし文字が読めなかったらこの女性に読み上げてもらいながら必要事項を代わりに書いてもらっていたかもしれないと思うと、読み書きを教わっておいて本当によかったと感じる。
「書き終わりました」
「はいありがと~。ココミちゃんっていうんだ~。あ、私はヴィオラって言うんだ~。よろしくね~」
「よろしくお願いします」
「じゃあ、軽く適当に説明するね~。あそこの板に貼ってあるのが依頼。あの中から自分がやれそうだと思ったものを持ってあの列に並んで、カウンターに出せばそこにいる人が受け付けてくれるから受注完了ね。これが通常依頼」
「通常、ということは他にも依頼の種類があるのですか?」
「その通り~。って言ってもこっちはそんなものもあるんだ~くらいの認識でいいけど、指名依頼ってやつね。依頼を出す人がこの人にやってもらいたいって冒険者を指名して依頼を出せるの。ココミちゃんに指名依頼が来るようになるには……もうちょっと実績が必要かな~」
「なるほど。この人にお願いすれば何とかなる、という信頼を獲得していないと指名依頼はされないわけですか」
「そーそー。だからまずはあっちに貼ってある依頼をこなして、ギルドに実力を示してね~。その実績に応じてランクというものが変化していくから、ココミちゃんも上を目指して頑張ろうね!」
「ランク、ですか? 確か冒険者の格付けでしたね」
「そー。最初は一番下のFランクだけど、依頼達成を重ねれば昇格していくから~」
指名依頼。
依頼主が依頼を受ける冒険者を指名する依頼だ。
この人ならば確実に依頼を遂行してくれるだろうという厚い信頼を獲得している名の知れた冒険者に発生するもので、心美のような冒険者登録をしたばかりの初心者には縁のない話。
だが、ルミナスが指名を入れると言っていたことを思い出した心美は、これのことかと納得がいった。
そして冒険者における格付け。ランク制度。
これもまたざっくりとした説明だったが、おおよそは理解できた。
要は頑張って成果を上げれば、ギルドがそれを認めて昇格させてくれるということだ。
「ココミちゃんはちゃんと文字も読めるみたいだし、大体は依頼書に書いてあるからそれを読んでもらえれば何とかなると思うよ~。私からココミちゃんに送る超絶雑でテキトーな説明はこれで終わりだけど、他に何か聞きたいことはあるかね~?」
「……現状、ギルドのシステムと依頼の受け方が分かっていれば大丈夫でしょう。また分からないことがあったらその都度質問させていただきます。それにヴィオラさんの説明は親しみやすくて分かりやすかったですよ?」
「おお~。めっちゃいい子じゃーん。何かあったら遠慮なく私に聞いてくれたまえよ~」
「はい、お世話になります」
ヴィオラの説明は多少抜けているところもあったのかもしれないが、心美は知りたいことをきちんと教えてもらえたので十分だった。
それに加えてのんびりとした口調で、詰め込みすぎない量の説明はある意味ではビギナーにはちょうど良かった。
「じゃあ、これ。冒険者カードね。依頼を受ける時とかに必要になるから忘れないでね~。さっそく依頼を受けるのなら、このまま私が対応するけど、どうする~?」
「この後用事があるので依頼を受けるのはまた後日にしておきます」
「そっか~。じゃ、またね~」
「ありがとうございました」
心美はゆったりとした笑顔で手を振るヴィオラに一礼して、冒険者ギルドを後にした。
手渡された冒険者カードに刻まれたFランクを示す文字を眺めて、ヴィオラに告げられた言葉を思い出す。
――――ココミちゃんも上を目指して頑張ろうね!――――
元々は最低限の稼ぎを得るための冒険者登録だったが、努力が嫌いではない心美はやるだけやってみてもいいかもしれないと密かに思うのだった。
皆さんもこまめに水分補給して、熱中症には気を付けてください