魔を退ける宝石の薔薇
「さて、そろそろ探しましょうか。ここは綺麗でいつまでも眺めていられるほど美しいけれど、長居しすぎるのも……ね?」
(そうだった! ジュエルローズを探しに来たんだっけ。早く見つけないと……!)
「焦らずゆっくり探しましょう。ここにだって次いつ来ることができるか分からない。もしかしたらもう来れないかもしれないから、景色も楽しみながら行きましょう」
(うん!)
十分な休息を経て、心美達は本来の目的であるジュエルローズ捜索へと乗り出した。
この薔薇園に来たのもそれが目的。忘れて帰るわけにはいかない。
目的を思い出して急いで探し出そうと慌てるユキだったが、心美は優しく微笑んでユキを抱きかかえた。
過酷な道のりを強引に切り開いて辿り着いた、神秘の薔薇園。
その美しい景色をゆっくり目に焼き付けて行ってもバチは当たらないだろう。
(本当に綺麗だね。普段植物は食べられる物にしか興味なかったけど、こういうのも……なんだっけ? 趣? があっていいね)
「そうね。こういった自然の美しさを見るととても落ち着くわ」
(ここと比べたらさっきの動く木とか蔦とかはすごく怖かったよ。でも、どうしてここだけあの怖いのがいなかったのかな?)
「それはジュエルローズの持つ別名……異名が関係しているかもしれないわ」
(別名? それって宝石の薔薇ってやつじゃないの?)
「それとは違う方よ」
ユキは心美が話していた説明を思い出し首を傾げた。
宝石の薔薇、確かにそう説明を受けたはずなのだが、それとは違う呼び名があると心美は言う。
「魔を退ける薔薇。これがジュエルローズのもう一つの別名よ」
(魔を? 退ける?)
「そう。あれらは魔物の類でしょう? その魔を退ける、要は近づかせない。だからこの薔薇園は安全圏なのだと思うわ」
(へー、そうなんだ。じゃあそれが薬になるのはなんでかな?)
「さあ、そこまでは分かりませんが……もしかしたら病魔を退ける、という意味で効果があるのかもしれません……なんてね」
(おおー、上手だね)
薔薇園に入ってから根や蔦に襲われるといったことは起きていないため、魔を退けるというのは本当の事なのだろう。
しかし、それが薬になるときにどんな効能を期待させて材料にされているのかまでは分からないため、それらしい理由を並べてみるが、ただの言葉遊び。
ユキに持ち上げられて心美は恥ずかしそうにはにかんだ。
「しかし、ルミナスさんが無意味なものを薬に混ぜ合わせる訳がありません。これもシルフィさんをよくするために必要なものです。私達の役目はジュエルローズを無事に回収して持ち帰る。それだけです」
(そうだね。その肝心なジュエルローズは…………あ! もしかしてあれじゃない?)
話を交えつつ談笑を楽しみながら歩く心美だったが、腕に抱えられたユキが発見したかもしれないことを告げる。
ユキの視線の先を辿ると、そこには宝石のような純然な輝きを主張し淡く光る薔薇が咲いていた。
「綺麗ですね……これがジュエルローズ。その名に違わぬ美しさです」
色とりどりの薔薇の中でもひときわ美しいと感じたジュエルローズ。
棘のある茎に気を付けながら、慎重に切り落とす。
棘で手が傷つかないように残した茎の部分を白い布で包み込み、安全を確保して鞄にしまう。
(ねえ、せっかくだし他のもいくつか持っていこうよ)
「……そうですね。お土産にいくつか見繕いましょう」
やっとの思いで訪れることができた薔薇園だ。
その入手品がやがてその形を失ってしまうことが確定しているジュエルローズだけではどうにも味気ない。
この美しさを少しでもレヴィン家のものに共有できたら。
心美はそう思い、もう少しだけ頂いていく事にした。
(そういえばどうやって帰るの? またあの中を逃げながら帰るの?)
「当初の予定ではそのはずでしたが、おそらくその必要はなくなりましたね。また少しだけ無茶することになるでしょうが、あれよりはマシです」
目的を果たしお土産も確保して、いざ帰路へ着こうとしたところで、ユキはその帰路について尋ねた。
行きで苦労した道をまた帰りも通ることになるかと思うと気の遠くなる思いだったが、心美はそれを否定した。
千里眼の限界突破。
それによって見通すことのできる距離も大きく変わった。
これまで見えていた範囲よりも先を見ようとすれば、心を読む瞳で記憶を覗く時のように、多少の痛みを覚悟する必要があるだろうが、苦しい過程をまるまる無視することができるならば必要経費だ。
心美は瞳を切り替え、ゆっくりと千里眼を飛ばしていく。
その瞳は心美の予想通り、入り口の看板付近まで余裕で見通すことができた。
「私もこんな状態だし、また逃げ回る必要がなくて本当に助かったわ。それじゃあ、帰りましょうか」
(はーい)
ユキは元気よく返事をして心美が構えた腕に収まるように飛び乗った。
心美はユキを胸に抱き、残り少なくなりつつあるテレポートのスクロールに魔力を込め、視界の先へと転移を実行するのだった。