私の名前をその流れで羅列されるのは誠に遺憾ですね
本格的にオリバーの頼み事に着手するその前に、心美にはやるべきことがあった。
自身が関わった人に瞳のことを打ち明けると決めた。
その中には書庫の司書、キリエも含まれている。
ルミナスの尽力により文字を読めるようになった心美は、自然の情報集めとキリエへの話も兼ね、再び書庫へと訪れていた。
「あら、今回はあんた一人なのね。前回貸した本は読み終わったかしら?」
「いえ、あれらはこれから読むつもりです。今日はまた見繕ってほしいものがあるのと……話があってきました」
書庫を訪れた心美を出迎えたキリエは相変わらず砕けた口調だ。
だが、オリバーが心美に告げたことと同様に、変にかしこまられたり、敬いを向けられたりするよりはよっぽど気が楽だ。
キリエはつい先日知り合ったばかりの心美にも、レヴィン家の令嬢であるルチカにだろうと同じように接する。
まるで友達と話しているような、距離感を感じさせない口調。
心美はそれが心地よかった。
「へえ、それは大事な話。どうでもいい話だったら先に聞くけど、重要なんだったら本が先ね」
「大事な話です」
「そう、じゃあそれは後でゆっくり聞かせてもらうわ。まずは探しものね」
「分かりました。こちらのメモに書かれているものについて書かれているものをお願いします」
心美はメモを取り出してキリエに手渡す。
キリエはそのメモを見て当てはまる本を持ってこようとしたが、何かに気付いたのか大きな声を上げた。
「あんた、これ……っ! ルミナスの薬の……!」
「ああ、キリエさんもご存じでしたか」
心美がキリエに差し出したメモ。
それは心美がルミナスに用意してもらったものである。
書かれた内容を目にして、その文字列が何を意味するものかを知っていたキリエは信じられないと言った顔で心美を見つめている。
「これを持ってきたってことはあんたも協力者なのでしょうけど、こんなの誰から頼まれたのよ」
「一応オリバーさんからの依頼ということになりますね」
「はああああああああ!? あのクソ当主、何拾った部外者を平然と巻き込んでるのよ」
「私は拾われたわけではありません。ですが、何か問題でも?」
「……あんたがいいなら何も言わないけど、普通はありえないんだからね」
心美の反応に呆れたのか、一度止めた足を再び進める。
少しばかり心美を待たせて、戻ってきたときには彼女の傍らには要求された本がきっちりあった。
「はいこれ。でもまさかあんたがね……。ま、いいわ。さっさと解決してちょうだい。じゃないとお嬢様がうるさいのよ」
「ルチカちゃんがですか?」
「あの子のお母さんの身体に障るからって長時間の面会ができなくて、構ってもらえないからって私のところに来る時があるのよ。おとなしく本を読んでてくれれば楽なんだけど……中々そううまくもいかなくてね……」
「あー」
キリエは心美がこれから何をするのかを推測した上で、早期の解決を望む。
その理由はルチカにあった。
本来なら母親と多くの時間を共にして、ふれあい育まれるお年頃の彼女も、その母親が病ともなれば寂しい時間を強いられることになる。
まるっきり離れ離れという訳ではなく、実際に会って話す機会もオリバーによって設けられているが、ルチカにとっては短いのだろう。
満足いくまで母親と過ごせない寂しさを埋めるための代理行動。
そのしわ寄せがルミナスやキリエに向かっている状態なのだ。
「それで? 話したい事って何?」
「私の隠していたことです。これを見てください」
「……? は?」
心美は右手をキリエに向け、瞳を開いた。
本来あるべきではない部位に開く瞳の存在にキリエは目を丸くして固まった。
「このほかにもこことここにもありますよ」
「……驚いたわ。それが偽りないあんたの姿ってことね」
「はい。でも、あまり驚かれないんですね」
「十分これでも驚いてるわよ。でも、それだけね」
「やはり何もないんですね」
心美の脳裏にルミナスからもらった言葉が甦る。
――キリエさんも何も言いませんよ――
強気な口調、少し圧のある態度。
それとは裏腹に優しさを感じる一面も心美は既に知っている。
その心美よりも長く過ごしてきたルミナスにとって、キリエの反応は手に取るように分かっていたのだろう。
「で? その目は何? ただの見掛け倒しだったらあんたがこの家の問題に巻き込まれているわけがない。それがきっかけで頼み込まれたんでしょう?」
「そこまで分かるんですね。ええ、その通りです。こちらは心を読む瞳、こちらは遠くを見ることができます」
「へえ、確かにそれなら捜索や情報収集に役に立つわね。試してあげるわ。私が今何を考えたか当ててみなさい」
「えっと……バカ、アホ、間抜け、ココミ……ですか。ココミは悪口じゃないですし、なぜ悪口なんですか?」
言われた通り心を見通してみたら、予想外の言葉が並べられていた。
しかし、心美は心の声の感情をも読み取れる。
キリエが本気でそんなことを思っているのではなく、ただ単に試していることは一目瞭然だ。
悪口の並びに自身の名前が添えられていることが口を尖らせながら、その瞳の力が本物であることを示した心美は抗議した。
「バカよ。いちいち不安そうにしちゃって……私が、いやこの家の人がその程度であんたへの態度を変えるような小さい人間だと思ってるなら見くびりすぎよ」
「そう……でしたね。すみません。こんな私ですがよろしくお願いしますね」
「よろしくされたわ。……頑張りなさい、あの人の事頼んだわよ」
そう言って片手をあげて去っていくキリエ。
もう心を見なくても、ひしひしと感じられる期待に心美は小さく頷いた。
キリちゃん……!