招き猫をおいても金は来ない。
「はぁ? 隣街の泥棒?」
「そうだ。孤児院出身のガキだ」
表を走って移動しながら、大体の話を聞く。隣街は、それなりに格式高い貴族が治めているため、孤児院があっても肩身の狭い思いをすることが多い。
そのため、孤児院出身の者は周りに見返してやろうと思って悪さをする奴が多いようだ。
だが、その実力は一級品。魔銃を持たなければ戦いにならない、と言われる世の中で、魔銃を持たずに追跡を逃れている。
「名前はサイゾウ=ミストハイド。何処で学んだのか知らねえが、10あるアサシン技のうち、5つを使いこなし、魔法も本職の魔法使い程じゃねえがガンガン使える」
「ふーん……」
「ここが平原ならどうとでもなるんだが、野郎、人の多い所を選んで、こちらが本気出せば被害が出るように街を選んでやがる。頭も割と回るし、ああ見えて六件の盗みを完遂させてる。面倒だぞ」
「今回は何盗んだの?」
「我々の魔銃だ」
「おいおい……簡単にとられてんじゃねーよ」
アサシン部隊リーダー、ユウスケ=フライフェイに話を聞き、テキトーに相槌を返す。
現在、サイゾウを追っているアサシン部隊の隊員は、全部で八人。その中にノブカツが入って九人である。
先頭の男が後を追跡しつつ、二人組が二組、先回りするように別働隊として動き、その他は全員、後ろを追っている。
ノブカツとユウスケは正面の最後尾。連絡に関しては口頭で言うしか無いわけだが、その辺はキチンと鍛えてあるメンバーは、目視で理解できるように、サインを行き交わす事で報告していた。
そして、先頭の男からサインがくる。
「何あれ?」
「サインだ。近くに森林公園があるらしい」
つまり、大広間だ。早い話が、一斉射撃で仕留められるかもしれない。
その報告に対し、ユウスケは同じようにハンドサインで返す。それが意味することは「そこで仕留める」だ。
「お先」
「あ、おい!」
直後、ユウスケ達は高速で移動を開始する。フッとノブカツの横から消え、アサシン部隊は一気に突撃した。
それに気づき、自身も速度を上げるサイゾウ。所詮は大人と子供でプロとアマチュア。速さじゃ敵わないと踏んだサイゾウは、入り組んだ道を使おうとした。
だが、そっちに回り込んでいたのは別働隊。それは気づき、すぐに足を止めて別の方向に向かう。
入り組んだ道がダメなら、また店の中に入れば良い。なるべく他人に迷惑はかけたくないが、捕まるわけにはいかない。
そう思ったのだが、近くの店を探した直後、その店の屋根に別働隊が降りて来る。
「チッ……!」
店内も無理だ。急にこの手回しの良さ……間違いなく、近くの何処かに誘い込もうとしている。
なら、一先ずそれに乗せられよう。まだ切り札は残してあるし、作戦が上手くいけば、敵は必ず油断する。そこを突く。
そう決めると、とりあえず今は逃げ惑いつつ、その先を塞がれて誘導されたフリをしよう。
そう決め、動き始める。とりあえず、走りながら、敵から目を離さないように移動した。
上手いこと逃げ道を断たれ、翻弄され続けた後、到着したのは公園だった。
「……ふぅ、疲れた。ここ……?」
「追い詰めたぞ」
滑り台、ぶらんこ、砂場、ジャングルジムしかないシンプルな公園で、そこそこの広さがある。
が、遮蔽物は遊具しかない上に、基本的には全体を見渡せるため、隠れられそうな場所もない。その中心に立った直後、公園内を取り囲むように八人のアサシンが着地する。
「……」
「ここまでだな。コソ泥が」
最後に到着したユウスケが声を掛ける。
「コソ泥、ね。そんなに底辺のガキに遊ばれるのが気に食わない? エリートちゃん達」
「生意気な口を利く……これだから、教育が行き届いていない輩は困る」
「そんなガキにこんな大人数を割くとは、騎士団様は随分と暇なんだね?」
「騎士団の仕事は暇がある方が良い。それが平和の象徴だからな。君も協力してくれるとありがたいんだがね」
「……そうしたいのは、山々だよ」
そう言うサイゾウの表情を見て、ユウスケはピクッと片眉を上げる。今のは茶化すような口調ではなく、本気で噛み締めるように吐き出していた。
何か事情があるのだろうか? と、思ったが、今はそれを忘れる。なんであれ、奴が盗みを何件も働いているのには間違いないし、任務は任務だ。
「全員、構え」
ユウスケの号令で、全員が魔銃を抜くのと、サイゾウが魔法を唱えるのがほぼ同時だった。
「『視界不良的暗幕・霧的公園包』」
直後、両手から煙が排出される。それとほぼ同時に魔銃が放たれた。
「ッ……!」
数発、身体を貫通したが、煙幕は張れた。煙と霧を織り交ぜたため、湿りと火がついた後のような鼻につく香りがその場を包む。
アサシン達は煙の中、咳き込みながら後方に飛んで煙から脱出した。
「っ、げほっ……けほっ!」
「逃がすな! 奴は何処だ⁉︎」
「煙が晴れれば終わりだ!」
そう言って、全員がその中に注目する。おそらく、中には誰もいないだろう。候補としては、ジャングルジムか滑り台の影に隠れている可能性が高い。
何があっても動けるように全員が身構えていると、煙が徐々に晴れて来た。やはり、ほんの一瞬の煙だけのようで、すぐに空気に紛れて行く。
だが、全員が思わず目を見開いた。滑り台の裏にも、ジャングルジムにも、何処にもあの男の姿はない。
「なっ……に、逃した⁉︎」
「こっちだ! こっちに逃げたぞ!」
アサシンの格好をした一人が公園の外で全員を呼ぶ。確かに、そっちに向かって血の痕が繋がっている。
「チッ……我々の裏をかいたのか!」
「逃がすな、追え!」
ユウスケの指示で、アサシン達は一気に動き出した。その最後尾で「こっちに逃げたぞ!」と密告した張本人だけが追っていない事にも気付かずに。
×××
「……ふぅ、あいつら……本気で撃って来やがって……!」
奥歯を噛み締めながら、傷口を押さえて地下水路を移動していた。急所は外れているものの、あまり多く血を流すのはまずい。特に、太ももへの一撃は、逃亡に関しては致命的過ぎる。
魔法は強力だが、放つまでのタイムラグが大きい。そのため、いざという時に放てる魔銃の方が多く使われるのだ。
盗んだ銃はあるが、自身の雇い主に「使うな」と言われているため、使用は避けないといけない。
ポケットに入っている、盗み出した品を見下ろした。騎士団特性の「MK-SG0201」、通称「フレイムダンサー」。見た目はハンドガンと同じ大きさだが、炎属性の特化型ショットガンで、こいつを一発ぶっ放すだけで火事を起こす事も可能な火力を持つ。
これ以外にも、何度も魔銃を盗んで来た。その度、こんな物のために自分は危ない橋を渡って来たのか、と後悔しかけてしまう。
だが、この仕事さえ終われば、自分は……。
「へぇ、そんなオモチャか。お前が欲しがってたの」
「……は?」
背後から声が聞こえ、口から心臓が飛び出るかと思った。振り返ると、後ろには自分が忍び込んだ店主が立っている……と、認識した頃には遅かった。ゲンコツが自身の脳天に直撃した。
「いでぇっ‼︎」
涙目で悲鳴を上げ、手から思わずショットガンを落としてしまう。
それを見て、店主は足元に転がったショットガンを蹴り上げ、自身の手元に収める。
「やれやれ、フレイムダンサーか。また高性能なもん盗ったもんだな」
「か、返せ!」
「ふざけんなバカ。うちの窓壊しといてふざけんなよ。そりゃもうホントふざけんな。ふざけんなよオマエ」
「全然、ふざけてないわ! 何回言うんだあんた⁉︎」
「何度でも言うよ。ふざけんなクソガキ」
「今のあんたがそれ言うか⁉︎」
何だか変な男である。面倒極まりないが、取り返さないわけにはいかない。その場から顔面に後ろ廻し蹴りを放った。
それを、ノブカツは片腕でガードする。思いの外、良い蹴りだが、重みが足りない。と思った時には、靴だけ残してその場から消えていた。
が、後ろに回り込んだというのは確認するまでもなく理解する。
今度は、背後から拳を繰り出した。が、それも肘によって阻まれる。
「っ……!」
余りの硬さに、手のひらをぷらぷらと振る。まるでレンガの壁を殴ったようだ。
しかし、それはノブカツにとって隙でしか無い。その殴られた腕を掴み、自身の背中を通して投げ下ろした。
「ふわっ……⁉︎」
勿論、怪我しないように勢いを殺して地面に着地させた。その上で組み伏せ、マウントを取る。
「っ……!」
「やるなぁ、お前。アサシン技は独学か? 中々、悪くねえじゃん」
「コテンパにした奴に褒められても嬉しくないね。ていうか、お前何者なわけ?」
「魔銃職人」
真顔でそう言いながらも、握る手にギリギリと力を込める。流石にこれは抜け出せない、とサイゾウは奥歯を噛み締める。
このまま拷問を受けるくらいなら、素直に魔銃を渡した方が良い……と、観念した。
そのタイミングで、ノブカツはサイゾウに声をかけた。
「店の窓代、弁償しろ」
「分かった。こいつは返……え?」
「窓代、弁償しろ」
「……そんなこと?」
「そんなことってなんだ! 俺にとっちゃ大事な店だぞコラァッ‼︎」
「ご、ごめんなさい……」
あまりの迫力に、思わず謝ってしまう。そんなに大事なものなのだろうか?
「無駄な出費使わすんじゃねえよ。とにかく弁償しろ」
「そ、そうしたいのは山々なんだけど……お金なくて……」
「ああ?」
「ひっ……わ、わかった! あんたのとこで働くから、だから……!」
「ほう? 俺達から逃げてそいつに匿ってもらうつもりか?」
そんな時だ。二人のもとに、低い声が割り込んだ。直後、サイゾウはビクッと肩を震わせる。
ノブカツがゆっくりと顔を向けると、男が数人、その場に突っ立っていた。
「オイオイ、どういう事だ? サイゾウちゃん。まさか、俺達を裏切ろうって腹?」
「ち、違う! 俺は……」
「いやいや、今の会話はそう聞いてもそうでしょ」
「ダメだよ、ペットが勝手に犬小屋を出て行っちゃ」
「今回の仕事が終われば、首輪を外してあげても良かったのにねえ」
「っ……」
黙って話を聞くノブカツは、徐々に今回の全容が見えて来た。この少年自体も、結局は使いっ走り。飼ってる主人どもが、本当に倒すべき敵なのだろう。
何も言い返せずに下唇を噛み締めるサイゾウに、男達は続けた。
「そういうわけだ。こっちも裏商売なんでね。噛み癖のある犬はいらない」
「飼い犬らしい死に場所だろ?」
「主人の前で死ねるんだ。ありがたく思え」
そう言って、ガラの悪い男達が二人に魔銃を向ける。マズイ、とサイゾウは奥歯を噛んだ。死ぬことより、自身のことに他人を巻き込んでしまったことに後悔していた。このまま店主も殺すわけには……と、思った時、その店主の口元が微妙に動いているのが見えた。
「……『狭地下道・我前的創壁』」
直後、横の壁が盛り上がり、自分達を庇うように障壁を生み出した。
「何……⁉︎」
「なんだ⁉︎」
「逃がすな!」
慌てて男達が走ってこちらに接近して来る。が、それを見た直後、ノブカツが身体とヘヴィスロウを抜いた。
「!」
「ヤバい……!」
慌てて足を止めた男達が、同じように魔銃を抜くが、ノブカツの方が早い。三発撃ち、男達の魔銃を手の骨ごと砕く。
「ぐあっ……⁉︎ な、なんだこの魔銃……!」
「野郎……!」
「魔法使いな上に魔銃持ちか!」
一本道の場合、遮蔽物がある方が有利だ。だが、そう単純では無い事を敵は理解していた。敵は残り三人。そのうちの一人が、反対側の水路を挟んだ床に乗り移り、壁に身を寄せて魔銃を構える。
「チッ……!」
二箇所からの銃撃に増えたことにより、一度、ノブカツは身を壁に隠すようにしゃがみ込む。
その行動を疑問に思ったのか、サイゾウが今度は顔を上げて壁の向こう側を覗こうとした直後、慌ててノブカツはその頭を床に押しつけて這いつくばらせる。
その後、真上を魔銃の弾丸が通過していった。
「チッ……ジッとしてろ」
「それ以外することないでしょ!」
「口もピクリとも動かすな」
そう言うと、ノブカツはヘヴィスロウを床に置き、別のハンドガンを取り出す。それを、壁から出さないように銃口を真横に向けて発砲した。
そこから放たれた魔力弾は、空中で対象に吸い込まれるようにカーブした。
「なっ……⁉︎」
その弾丸が、水路を挟んだ一人の魔銃の魔力を溜めているグリップを砕いた。
魔銃名「バキュームクリーナー」。一番強い魔力に反応し、追尾する魔銃。物理的な破壊力は大したことないが、かなり小回りが効く上に、着弾した魔力を破壊する。難点は、連射が出来ないことだ。一発ごとにコッキングが必要になる。
その一撃に、思わず残り二人も気を取られた直後、今度こそノブカツは顔を出し、置いておいたヘヴィスロウを抜いた。
「しまっ……!」
直後、二発撃ち込み、魔銃を粉々にした。
「グッ……!」
「クソッ……ダメだ、退くぞ!」
喧嘩慣れしているのか、引き際を心得ている。全員、180度回って逃げ帰った。
その背中を眺めてから、サイゾウは隣のノブカツを見上げる。
「す、すごい……」
「ったく……なんなんだ、あいつら。えらいもんに狙われてんな、お前」
ジロリと見下ろされ、サイゾウは肩を震わせる。いよいよ、言うしか無いのか、と。
孤児院から出て、騎士団への入団テストを受けたが出身の差で落とされ、腐っていた時にマフィアに声をかけられ、そのまま使われていることを。
そうなれば、どんな事情があれど、マフィアに協力していた事がバレ、逮捕されるかも……と、思った自分に改めて声をかけた。
「ま、とりあえず窓代払え」
「まだその話してんの⁉︎ 今の見てたよね⁉︎」
「知らねーよ。俺には関係ねえだろ。クエストなら話は別だけどな」
「っ……」
やっぱりそんなものか、とサイゾウは小さくため息をつく。隣の街だろうがこの街だろうが、住民が冷たいのは変わらない。クエストを貼ろうにも金は無いし、借宿であるマフィアにも見限られてしまった。
……このまま、マフィアに追われるくらいなら、いっそ行く宛のない旅に出て、野垂れ死ぬのもありか……なんて思った時だ。
そのサイゾウの表情を見て、思わずイラっとしたノブカツは、胸ぐらを掴んだ。
「おい、何勝手にしょげてんだコラ」
「えっ……いや、だって……」
「甘ったれんな。テメェ女みたいな顔してようが、男だろうが。テメェの境地を変えたきゃ、テメェで動け。誰かがびろーんと手を差し伸べてくれんのをチンタラ待ってんじゃねえぞ」
「……」
「そんなんだから、テメェは今の今まで腐ったまま生きてんだろうが」
言い放つと同時に、胸ぐらから手を離し、そのまま軽く伸びをしながら歩き出した。その方向には、出口がある。
「ああ、金がねえんなら窓代はこの次で良い。払えるだけ貯まったら、うちの店来い。逃げたら殺すから」
それだけ言いながら出口に向かって歩くノブカツを見て、サイゾウは下唇を噛んだ。
確かに、このままでは何も変わらない。やりたくもない仕事を請け負って、でも他人に迷惑はかけたく無いので、半端な対応をし、結局、犯罪者の烙印を押されたまま生きて行くだけだ。
アサシンになるため、努力はして来た。孤児院にいる間に、魔法とアサシン技を独学で学び、組手も練習して来た。しかし、その結果がこれ。孤児院を出て学んだ事なんて「社会は決して平等なんかじゃない」ということだけだ。
「っ、ま、待って!」
慌てて声をかけた。まだ考えはまとまっていない。ただ、背中が見えなくなりそうだったので声を掛けたが、クエストを依頼する金も、窓を返済する金もない。
でも、それでも……ここで彼を行かせてしまったら、一生今の窮地から抜け出せない、そう予感した。
声を掛けると、まだ名前も聞いていないモサモサした男は足を止める。
「なんだ?」
「っ……た、たすけて……」
何とか絞り出した言葉は、たったそれだけだった。返事を待とうとしたが、男は何も言わない。なので、もっと自分の想いをぶちまけた。
「お金もないけど、クエストでもないけど……でも、もう盗みも、悪い連中に力を貸すことも、したくない……」
「……」
それを聞いたノブカツは、小さくため息をつくと頭をガシガシと掻いた。
「奴らがどういう組織か教えろ」
その返事は、OKということだろうか? とりあえず、そう信じたかったので、慌てた様子で彼の方へ走った。