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子供は近くにいる大人を見習う。

 オリバー魔銃ショップ、それがノブカツの店であり、自宅の場所だった。二階建てで一階がお店、二階が自宅になっている。

 大きな店だが、儲けは外観と比べて伴っておらず、かなりの貧乏状態。

 ノブカツのポリシーである「中身と実力がまともじゃない奴には売らない」という点を除いても、やはり酷い状況だ。

 いや、正確に言えば暮らし自体は悪くない。酷いのは、借金の量だ。

 とにかくボンヤリと空を流れる雲のように、生きていられればそれで良かった。

 そんなノブカツの暮らしが、最近になって大きく変化する出来事があった。


「コラー! おきなさーい!」


 布団の中でいびきをかいていると、一気に冷風がパジャマの間を通って忍び込んできた。

 布団を引っ剥がしたのは、最近、従業員になった白髪ロリ娘のキョウカだ。


「さむっ……らいは国に使える騎士団のエリート部隊」

「くだらないギャグはけっこうです! おきてください!」


 年齢はわずか7歳。少し前まで栄養もロクに摂れなかったからか、その年齢なのに髪から色素が奪われてしまった子だ。

 しかし、厳しい環境で育ったからか、逞しさは一人前。二十歳を超える男であり、自分を雇っている店主の起床を急かしていた。


「おきなさい!」

「翁祭? 翁のお祭りってことか? 豪勢そうだけど趣味じゃねえな」

「そんなおまつりあるんですか……?」

「どっちだと思う? ピッタリ当たったら起きてやるよ。ただし、外したら二度寝に入ります」

「えっ⁉︎ えーっと……あ、ある?」

「ファイナルアンサー?」

「ふぁいなる……? は、はい!」

「じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃー………ん」


 無駄に長い棒読みなSEであるにも関わらず「なげえよ!」のツッコミもなく、むしろ緊張気味に唾を飲み込むキョウカ。流されやすいにも程があるが、子供なので仕方ない。

 すぐにノブカツは正解を告げた。


「俺にも知らないので正解は『分からない』でしたー」

「あ! ず、ずるい!」

「それが大人の世界……しいては、ビジネスの世界だ。良かったな、また大人になれた」

「こ、これがおとな……?」

「そう、大人だ。良かったな。これで、兄貴を支える力になれる……」

「「わけねえだろおおおおおおおお‼︎」」


 突如、息が揃った二人分の飛び蹴りが、一気に飛び込んできて、寝ようとしたバカを布団から追い出した。

 壁に顔面を激突させたノブカツは、まるで浣腸を待つような姿勢で、倒れる。


「ゆ、ユリノさんに……ユリエさん⁉︎」

「大丈夫ですか? キョウカちゃん」

「ああいう大人もいますが、大人はそればっかりじゃありませんからね? 変な洗脳に負けないでくださいね」


 ユリノがキョウカを抱き締め、ユリエが綺麗なふわふわの髪を撫でてあげる。ちょうど、双子の胸の間に挟まれ、少し息苦しく思いつつも、人に撫でられるのは嬉しいのでされるがままになっていた。


「テメェら……何しに朝っぱらからのうのうと来やがった……」

「就職先とはいえ、孤児を預ける所へ、週に一回監査が入るんです」

「変な目にあっていたら大変ですから」

「そんなん全然、聞いてねえぞ!」


 ギルドは一応、国が管理しているものなので、この前の件を連絡したら、孤児院がない町ではギルドがその手の仕事もすることになった。

 言い出しっぺの法則ではないが、乗りかかった船ということで、双子がその担当となった。

 声を荒立てるノブカツだが、ユリノとユリエは虫を見る目で言い返した。


「あなたを信用しろと言うんですか?」

「借金まみれのダメ人間の元に、まだ純真で可愛い子を預けられるはずがないでしょう」

「ただでさえあなたは借金がなくともグダグダな人間の癖に」

「変なことを教えられては困ります」

「だからってオメーいきなり人の家にズカズカ乗り込むかよ……俺まだパジャマなんですが」

「真人間はもう着替えて仕事に向かっている時間です」

「この幼児を見なさい。現にそうしているでしょう」


 二人の視線の先にいるのは、キチンと出来る限りの身だしなみを整えたキョウカだ。

 おそらく、最初からそのつもりだったのだろう。自分という人間の監視の為に。

 仕方なくノブカツは身体を起こすと、布団を畳みながら声を掛けた。


「わーったわーった……とにかく、着替えるから出てけ」

「分かりました。10分以内に出て来るように」

「さもないと、せっかく持って来てあげた仕事、他に回しますから」

「あん? 仕事?」

「「ギルドから、あなたに依頼があります」」


 それだけ言い残すと、姉妹は寝室を出て居間に戻った。

 さて、仕事の話なら下の階でするべきだろう。そうしようとした矢先、キョウカが「あの……」と二人に声をかける。


「ノブカツさん、10分で下に来るのはたいへんだとおもうんですけど……」

「何故ですか?」

「女性ならともかく、男性の準備は早いものですよ」

「で、でも……あさごはんとか、たべないと……」

「「……」」


 本当に良い子だ。この歳でそこまで気を回せるのは大したものだ。リョウに助けられて来た、と言っていたが、自分でも気付かず、家でリョウを助けていたのだろう。


「優しいですね、キョウカちゃんは」

「えっ⁉︎ そ、そんなことないです……!」

「でも、気にしなくて大丈夫ですよ。あのバカ男は朝飯くらい抜いたって死にはしません」

「で、でも……!」


 直後、キュルルッ……と、可愛い音が聞こえて来る。双子姉妹が同時に下を見下ろすと、キョウカが頬を赤らめてお腹を押さえていた。


「キョウカさん、朝ご飯食べていないのですか?」

「は、はい……おねぼう、しちゃって……」


 可愛いと、双子は頬を赤らめる。

 あの事件以来、キョウカとリョウにはギルドから給付金が出ていた。幸い、二人には両親が残した家があったので、あとは食べ物を買うお金と土地代さえあれば何とかなっていた。

 そのため、その給付金で朝昼晩は食べれるはずなのだが、時間ばかりはどうしようもない。


「じゃ、お姉さん達と一緒に作りましょうか」

「! は、はい……!」

「大丈夫です。料理は愛情ですから、経験が無くても美味しくなります」


 そう言いながら、料理を作り始めた。


 ×××


 15分後、平然と集合時間を無視して着替え終えたノブカツが部屋から出て来ると、良い香りが鼻腔を刺激した。目の前の食卓には、目玉焼きとレタスがパンの上に乗せられた料理と、お味噌汁が置いてあった。


「お……朝飯か。……オイ、何してんだお前ら」

「あ、おはようございます!」

「おはよう、キョウカ。そいつらどうしたの?」

「え? さ、さぁ……」


 ノブカツの視線の先には、椅子に座ったまま両膝に両肘をついて項垂れている双子の姿がある。


「何してんの?」


 最後、同じ問いを投げかけると、二人の口から掠れた声が聞こえてくる。


「……負けた」

「あ?」

「……大人が、7歳の子に……」

「料理の腕で……」

「……負けた……」

「はぁ?」

「え? そ、そんなことないですよ! キョウなんてまだまだです!」


 そうは言うが、負けた気しかしなかった。味噌汁に使う味噌の分配も、野菜の皮剥きの早さも、目玉焼きの返しも、全て負けた気しかしない。

 そんな二人を見て、耳をほじりながらノブカツは続けた。


「どうでも良いけどさ、なんでお前ら自分達の朝飯まで準備してんだコラ。それみんなみんなうちの食材だぞオイ」

「「……負けた……」」

「その一言で誤魔化そうとすんなコラ」


 そのダメ双子とは対照的、キョウカはとてもにこにこしていた。それはもう、見る人みんなが幸せになりそうなほど。


「お前はウキウキと楽しそうだな?」

「はい! キョウ、こんなにたくさん食材を使って料理するの初めてなので!」

「……そうかよ」


 それなら良かった、と言いつつ、ノブカツも食事の席につく。せっかく作ってくれたのだし、冷めないうちに食べないといけない。


「では、いただきます!」


 キョウカの挨拶で、大人三人も食べ始めた。まず味噌汁から口にする。白味噌のさっぱりした味付けとワカメが口の中に入ってきて、かなり飲みやすい味付けとなっていた。


「お、うまい」

「ほ、ほんとうですか……?」

「ほんとうですとも」

「えへ、えへへ……」


 嬉しそうにはにかむキョウカ。そんな姿を見れば、しょげていた二人も少しは気を持ち直す。


「ユリノさんとユリエさんはどうですかっ?」


 弾んだ声で聞かれる。そんな声音をそんな顔から出されてしまえば、例え不味くても「美味しい」と言いたくなってしまう。まぁ本当に美味しいわけだが。


「美味しいですよ?」

「お代わり!」

「ユリエさん、はやいですね⁉︎」

「てか、だからうちの食材だっつってんだろ。お代わりはやめろ」


 すでにハムトーストを平らげたユリエだった。相変わらず、この二人にキョウカが憧れていた、ギルド嬢のお淑やかさはない。


「それで、どうなんです?」

「キョウカさんの様子は」

「別に、今日と変わんねーよ。毎日毎日、ワーキャーと喧しい奴だ」

「え? あ、そ、そうですか……?」

「正しい事を言われて喧しく思うなら自身の生活を改めてみては?」

「キョウカさんは悪くありませんから、不安に思わなくて大丈夫ですよ?」


 不安そうに顔を上げるキョウカの頭を、ユリエが撫でて落ち着かせると、今度はそのキョウカに聞いた。


「キョウカさんは、ダメお……ノブカツさんとの生活はどうですか?」

「今、ダメ男って言いかけた?」

「楽しいです! ……ちょっぴり、たいへんなこともあるけど」

「例えば?」

「まいにち、起こしたり……ギャンブルいくの、とめたり……」

「「……」」


 ジロリと二人に鋭い視線を向けられ、目を逸らすノブカツ。


「借金まみれのダメ親父と苦労者の娘みたいですね」

「最悪です」

「で、でもでも! たのしいこともあります! まだ、魔銃はつくらせてもらってないけど……おべんきょうならたくさんしてます!」

「小さい子にフォローされてるじゃないですか」

「どうせ、魔銃の漢字の書き方とか、そんなレベルでしょう」

「や、違うっつーの! 俺が新米冒険者だった時をしみじみと振り返って、ちゃんとまずは雑用からやらせてんだよ!」


 新米の仕事は、まず雑用だ。この店だと、掃除とか洗濯とか、そういった事。その隙間時間に、ノブカツが一応、魔銃に関する教科書のようなものをキョウカのために作ったので、それで勉強させている。

 まぁ、言っていることは正しいのだが、別の問題がある。


「ノブカツさんはその間、何してるのですか?」

「キョウカさん、教えて下さい」

「いや、俺に聞けよ! 何でそこで対象をひょろりと変える⁉︎」

「そのあいだ、ノブカツさんは……まんが読んで、しんぶんを読んで、おさけをのんで……」

「「昼から?」」

「うるせーよ! キョウカ、余計な事をグチャグチャ言うな」

「良いんですよ、キョウカさん。好きな事を話してくれれば」

「良いんですよ、キョウカさん。思った事を話してくれれば」

「え? え? ……え?」


 またくだらない事で、キョウカが大人達に振り回されていると、ノブカツが口を挟んだ。


「良いから、仕事の話に戻れや。なんか用あったんだろ?」

「あ、そうでした」

「一応、今のも仕事なんですけどね」

「いや、俺がする方の仕事。ギルドがわざわざ俺を頼りに訪ねてくるなんて珍しいじゃねえの」


 ノブカツは、ギルドから嫌われている。と言うのも、借金はある、凄腕冒険者の癖にクエストも受けないし冒険もしない、自分の作った高性能魔銃も簡単には売らないで、好かれる要素がないからだ。


「はい。この前のムーブイーター、でしたっけ?」

「あれを、ギルドに譲って欲しいのです。大量に」

「はぁ? なんでまた」

「実は、ついに開かれるのです」

「楽な依頼ばかり達成してランクを上げるパーティにお灸を据える大会が」


 何言ってんのこの子達? と、口にするまでもなく、ユリノとユリエは口を揃えて言った。


「「第一回、最強の冒険者決定戦!」」


 やたらとテンションが高いその言い草に、ノブカツとキョウカはぽかんとするしかなかった。


 ×××


 食事を終えてから、改めて説明をした。

 概要はこんな感じ。この前の盗賊の一件、あれは謀られていたとはいえ、本来、冒険者はクエストのために命を賭ける職業。あんな簡単に納品物を渡すなんてこと、あってはならない。

 その為、魔銃に溺れず、自分達の実力をつけるために、大会を開いて腕を磨かせる……との事だ。

 参加可能なパーティーランクは、一〜二〇まで。試験運用のような大会ではあるものの、一応、ランク二一以上は脱初心者と呼ばれている為、若手の育成も兼ねてのイベントだ。

 で、その大会で勿論、怪我人を出すわけにはいかない。そのため、白羽の矢が刺さったのが、ムーブイーターである。

 怪我なく敵を無力化させる魔銃。出力さえ調整すれば、急所に当たっても外傷や後遺症も残さないように出来る。


「ふーん……いくつ作んの? 条件を平等にするには、武器も同じにすんだろ?」

「はい。参加者の数にもよるので分かりかねますが……ハンドガン、アサルトライフル、スナイパーライフルの三種を作っていただきます」

「え、そんなに?」

「ルールは、1パーティにつき3〜4人。国の魔法使いが作った舞台で、三種類の武器を一つずつ選んで持ち、全員が麻痺したらその時点で終了となります」

「4人いるチームは、どれか一種類が重複することになりますが、その場合はハンドガンを二人にします」

「つまり、役割分担と連携を重視した大会となるわけです」

「ちなみに、今回はムーブイーター以外の魔銃やアイテムの使用は禁止です。位置取りも裏取りも、全て己の足で行ってもらいます」

「制限時間内に双方とも隊員が残っていれば、人数が多い方の勝利、それでも勝負がつかなければ、両チームとも敗退となります」


 なるほどね、とノブカツは頷く。面白いルールではあるが、これは審判も大変そうだ。おそらくステージを作った魔法使いにやらさせるのだろうが、ステージ全体を見張らなければならない。


「あ、あの……それ、ムーブイーターじゃないとダメなんですか?」


 口を挟んだのはキョウカだ。要するに怪我なく試合が終われば良いのなら、わざわざギルドが嫌っているノブカツに依頼することはない。

 その問いには、ユリエが答えた。


「ええ、もちろんです。そのムーブイーター、キョウカさんには難しいかもしれませんが、かなりの高性能なんですよ?」

「この前、捕獲した不嵐素飯の中に、ムーブイーターによって捕獲された人は『ほんの少しピリッとした痛みが走った程度で、後は身体が動かなくなっていた』と供述しています」

「ほかに外傷はなく、臓器の損傷も見当たりませんでした。どのように作ったのか、教えてもらいたいくらいです」


 それを聞いて「ほえ〜……」と、感嘆の息を漏らしながらノブカツを見上げた。この人、未だに実感は無いがすごい人みたいだ。


「まぁ、作るのは良いけどよ。数といつまでに作って欲しいかだけ教えてくれや」

「それは、募集を打ち切り、集計を行った後に改めてご報告させていただきます」

「お支払いする費用も数次第ですので、詳しい話はまた後日に」

「「では、よろしくお願いします」」


 それを言うと共に、二人は席を立って家を出て行った。それなら話がまとまってから来ればよかったのでは? と、キョウカが思った直後、ノブカツが言葉を漏らした。


「お前のためだな」

「え?」

「これから作る魔銃は、動物を殺したり人を傷つけるためのもんじゃない。銃にしても、能力は一つでも、色んな間合いの銃を作れる。学ぶにはもってこいだ」

「あっ……」


 ホントだ、とキョウカは嬉しそうに、少し頬を赤らめる。この一週間、勉強と雑用ばかりで、まだ魔銃に触れてもいないキョウカとしては、やはり少しは作りたいと思っていた。


「なら、この機会はグングンに活かさねえとな」


 そう言うと、ノブカツは立ち上がった。とにかく、仕事なら下のお店でした方が良い。


「行くぞ」

「は、はい……!」


 緊張気味な上ずった返事をして、二人で一階の工房に入った。



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