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借金ってそんなに悪いこと? とか言ってくる奴は大体、頭が悪い奴

  既に日が傾き、夕方になりかけている時間帯だが、その店の電気は既に落ちていた。大体、この時間帯はギルドがクエスト終了の報酬を渡したり、狩った魔物のアイテム換金をする時間。

 換金で引き取った魔物をバラし、素材をそれぞれ使う店に運び込まれる時間帯だから、店は閉まっていても電気はついているはずなのだが……。


「あのう……ここ、なんですか……?」

「そのはずだが……」

「というか……そもそも、まじゅうのしょくにんさんがほんとうに、兄を助けられるんですか……?」

「親父が言うには、かなり頼りになる人らしいよ」


 そう言いつつ、とりあえずノックをしようとした時だ。その扉が吹っ飛び、前に立っていたウィットも巻き込まれて後方に吹っ飛んだ。


「ーーーっ」


 白目を剥いてリアクションを失うキョウカの横に転がった扉の上で尻餅をついているのは、目が隠れるほどでは無いが前髪が長い癖っ毛の男だった。

 そして、後から出てくるのは、ギルドの双子職員だ。普段、優しい受付嬢二人が、今は両目を逆三角形にして殺意を纏っている。


「オイコラ、モサモサ頭……!」

「ギルドへの借金もあるのに、ギャンブルでお金使い果たしたそうですね……⁉︎」

「い、いや違うんだって! 落ち着けお前ら! 俺は使い果たそうとしたんじゃない、タプタプに増やそうとしたんだ! この精神は褒められて然るべきではないだろうか⁉︎」

「「然るべきなわけあるかああああ‼︎」」

「ぎゃああああああ⁉︎」


 二人がかりで飛びかかる職員の一撃。二人の揃った両足をギリギリ横に回避する。お陰で下にあった扉に穴が開き、下敷きにされていたウィットのボディが被害に遭い、そこでようやくキョウカに気がついた。


「? あら、お客様?」

「随分と可愛いお客さんね?」

「ごめんなさい、私ったら乱暴な所を」

「いやいや、あんたはいつも乱暴でしょ」

「あんたが言うな。受付じゃ、猫かぶってるくせに」

「「ああ⁉︎」」


 実は将来の夢が、可能であればギルドの受付嬢であったキョウカの理想がガラガラと崩れたら瞬間であった。

 朝一でこれからの仕事に向かう冒険者……或いは冒険を終えて疲れて帰って来た冒険者を迎える、あのキラキラした笑顔が仮面であったことを知ってしまい、少しゲンナリしていると間に、二人の受付嬢はお淑やかさを取り戻した。


「ご機嫌よう、ノブカツ=オリバー様」

「お客様がおいでのようですよ」

「テメェら……コロコロと態度変わり過ぎだろ……こんなに嬉しくないツンデレ初めてなんですが?」

「「さっさと起立されては? お客様を前に無様ですのよ?」」

「ちょいちょいシンクロすんな、腹立つ。……あと、そこ退いてやれ。下の奴がそのまま絨毯になっちまうぞ」


 言われて、双子の受付嬢は下を見る。その真下には、ウィットが扉の下で伸びていた。


「う、ウィットさーん……!」

「「あら失礼」」


 そう言って受付嬢が退くのと同時に、キョウカは慌てた様子でウィットの枕元に膝を着いた。

 そのキョウカに、ノブカツと呼ばれた男はぼりぼりと後頭部を掻きながら聞いた。


「で、何の用? うちに、ガキにくれてやるもんはねえぞ」

「あ、は、はい! 実は……」

「いや、俺から説明するよ。……君の口からは、言い難いだろう。……クエストの依頼だ」


 セリフはカッコ良いのだが、踏み付けられた箇所を押さえながらプルプルと立ち上がっている為、イマイチきまっていない。

 そのウィットに、ノブカツは真顔のまま聞いた。


「クエストだァ? 俺の職業、なんだか分かってて聞いてんの?」

「ああ。でも、冒険者資格も持ってるんだろ?」

「まぁあるけどよ……面倒はゴメンだっつの。ただでさえ、こっちは本業でアクセク忙しい思いしてるってのによ」

「ギャンブルはしますけどね」

「借金も返さずに」

「そこバカ姉妹黙ってろ」


 ツッコミを受け流しながら、双子の受付嬢は少女に声を掛ける。


「しかし、クエストというのであれば一度、ギルドを通していただきませんと」

「冒険者を私的な理由で扱い、犯罪行為に手を染めさせないためにも、手順は守っていただく必要があります」

「え、え……え?」

「あなた達がいるならちょうど良いだろう? 正式な書類は後で用意するとして、話だけでも聞いてもらえないか?」


 微妙に理解しきれていないキョウカのために、ウィットが代わりに話を進める。

 確かに、詳細を聞いた上で許可を出すだけなら可能だ。それが書類上か、口頭によるものかの違いなのだから。


「しかし、口約束にしないために、何にしてもクエストに関する事で行動を起こすのは」

「明日、書類に作成してもらってからになりますが」

「ああ、それで構わない」

「では、伺いましょう」

「ノブカツさん、中へ案内して下さい」

「おい……待て待てじっくり待て。何勝手に……」

「受けなさい。お金が入れば借金、返せるでしょう?」

「この依頼を拒否するようでしたら、借金返済の意思なしと見て騎士団に逮捕させることも可能ですが」

「何モタモタしてんだ! さっさと店ん中入りやがれこの野郎!」


 手のひらをこれでもかと言うほど回転させるモジャモジャ頭を見て、キョウカは不安そうに隣のウィットに声を掛けた。


「……ねぇ、これだいじょうぶなんですか……?」

「俺も不安になって来た……」


 借金だけでなく、受付嬢にぶん殴られる戦闘力……正直、不安で仕方なかった。

 しかし、その不安は店の中に入った直後、打ち払われることになる……。


 ×××


「……わぁ……!」

「こいつは……すげぇな……!」


 店の中を見て、キョウカは思わず感嘆の息を漏らす。ウィットも同様だ。

 店内に並んでいる魔銃は、どれも圧倒的な存在感を放っていた。魔銃にも様々な型があり、距離に応じて使う武器は変わる。

 必然、距離が長ければ武器の大きさも大きくなるのだが、例え近距離用の武器であっても、確かな輝きがあった。

 一眼見て分かる。ここに飾られている武器は、全て強力な魔法を放てる。

 だが、逆に気になるのは、これだけのものがあって何故、借金をしているか、と言う点だが……。


「あんまジロジロ見んじゃねえよ。良いから奥に来い」


 しかし、ゆっくりと見学することは許さないようで、ノブカツは店の奥に四人を招き入れた。

 机を用意し、その上に四人分のお茶を注ぐ。


「で、俺は何すりゃ良いの?」

「あ、おう。えーっとだな……」

「お待ち下さい」


 口を挟んだのは双子の受付嬢だ。


「クエストを依頼すると言うのであれば、依頼主からの説明をお願い致します」

「また、その上で依頼料も依頼主から払っていただきます」

「は? な、なんでだよ?」

「責任者をハッキリさせる為です。数年前に依頼料をちょろまかすために、依頼者同士での押し付け合いが発生しまして……」

「情けない事です。他人を使って物事を頼む立場で、お金は払いたくないとは……」

「『お前が払うのかと思った』『俺はお前かと』『てかお前が説明したんだからお前が払え』『いやお前が依頼しようって言い出したんだろ』だのと……」

「そういう過去の事例があっての事です。どうか、ご理解の程をお願いいたします」


 そんなつもりはないのだが、そう言うのなら仕方ない。それに、悪いことは何もない。


「ま、元々金は俺が払う予定だったんだし、俺が依頼主って事で……」

「き、キョウがせつめいします……!」

「え?」


 口を開きかけたウィットを遮って、キョウカは自分から声を掛けた。


「いらいぬしは、キョウにしてください……! お金はあんまりないけど……でも、たすけてもらうのはキョウの兄です……!」

「……でも、ただでさえキョウカちゃんは……」

「そ、そのあとのことはまたどうなるか分からないけど……でも、今まで兄にたすけてもらっていたんです。今回くらいは、キョウがたすけたいです……!」


 真っ直ぐとした瞳でウィットを見据えるキョウカ。そんな目で見られては、流石に「いや現実的に考えて無理でしょ」とは言えない。

 まぁ、ダメでも自分がキョウカに金をあげて、その上で頼み直せば良い。

 一応、今回の事件の概要を、ウィットがまとめて受付嬢にウィットに説明し、受付嬢も小さく頷いた。


「……承りました。では、依頼の内容をお願いします」


 それを聞いてから、キョウカは改めて説明する。


「い、いらいないようは……兄を、たすけて欲しいんです……! とうぞくだん『不嵐素飯』から」

「! 不嵐素飯……!」


 その名はギルドでも有名ではあった。昔からちょいちょい、問題を起こし、酷い時は殺人までしでかす連中だ。魔銃のレベルも、冒険者から奪い続けて上げている。

 このまま放置すれば、間違いなく強大な悪に育ってしまう。賞金首もかけているが、隠れ家が分からず見当たらないのだ。


「……タチの悪い奴らに捕まってしまったものですね」

「奴等が人質を取る事は珍しい事です。大体、殺してしまうので」

「なんだっけそれ?」


 聞き返すノブカツを、双子はジト目で睨み返す。


「え、それ本気で言ってます?」

「当事者なのに覚えてないんですか?」

「あーそういやそんなんあったなー。いやー懐かしいぜー。今度、同窓会でも開いてみようかなーガハハ」

「数年前にあなたが飲みの席でリーダーを捕らえた盗賊団ですよ」

「そんな連中と同窓会を開くつもりですか?」


 そんなこと言われても、覚えていないものは覚えていない。実際、そんな思い出に残るような捕まえ方はしていなかったから。リーダーを追って苦労の末に捕まえたわけでなく、居酒屋でたまたま隣の席に座って意気投合し、二人で深酒して酔い潰れ、翌日に酔っ払いの介抱に来た騎士団が「あれ? こいつ賞金首じゃね?」となって、リーダー捕まえたのだから。

 相変わらずキョトンとした顔をしたままのモジャモジャを無視して、双子はキョウカに言った。


「そろそろ我々も緊急クエストとして張り出す予定でした」

「しかし、奴等に捕まったとなると、あなたのお兄さんは……」

「き、キョウの……たった一人の家族なんです!」


 言いかけたセリフを遮って、涙と一緒に想いを吐き出すキョウカ。それを聞くと、ギルドの受付嬢も押し黙るしかない。


「いつも、まだキョウととしが二つしかかわらないのに……はたらいてくれてた兄なんです! ……だから、おねがいします……」

「あなたのご両親は……?」

「……まだ、キョウがあかんぼうの時に……なくなりました……」


 俯きながら呟くキョウカを見て、受付嬢二人も目を背けてしまう。残念ながら、この街には孤児を預かる施設はない。隣町に行くしかないが、そこに行く体力もお金もなかった。

 受付嬢も、バカや違反者には厳しい上に、趣味も殴り合いの喧嘩を間近で見ることだが、普段は普通に優しくて親切だ。従って、一先ず兄もキョウカも含めて、ギルドに一時的に預かってあげたいと思った。

 それはウィットも同じなのか、黙ってキョウカの肩に手を置く。

 そんな時だった。


「いくら出せんの?」


 ノブカツがのうのうと商談の話に入り、受付嬢二人もウィットも、少し驚いたように武器屋の店主に顔を向ける。

 それを聞いて、キョウカは自信なさそうに、小さな紙袋を取り出した。

 ウィットには見覚えがあった。確か、ここに来る前に家の中からかき集めていたものだ。


「キョウたちの……ぜんざいさん、です……」


 ひっくり返し、机の上に全て出す。チャリンチャリン……と、虚しい音を立てながら机に落ちたのは、32ゴールドだった。

 家にあるお金を全てかき集め、たったこれだけ。これでも、一日分の食材は何とか賄えるか賄えないかという所だ。

 それを見て、ノブカツはその中のコイン一枚を拾う。ちょうど、1ゴールド分だ。

 ニヤリと口元を歪ませる。


「大金じゃねえの」

「……え?」

「おい、ユリユリコンビ」

「その呼び方」

「やめなさい」


 呼ばれたのは受付嬢二人。ユリノ=フラットとユリエ=フラット。どちらも顔は同じだが、肌の色が微妙に違く、姉のユリノの方が褐色気味になっている。交互に話す時は、大体ユリノが先に口を開き、ユリエがフォローするように後から付け加える。

 その二人に、ノブカツが受け取ったコインを指で弾いた。


「返済分」

「はい。受け取りました」

「これであと35万9859ゴールドの返済です」

「わざわざ言わなくていいんだよ、んな事」


 それを言うと、ノブカツは立ち上がってキョウカの頭を撫でながら言った。


「明日からちゃっちゃと作戦開始だ。ちゃんとギルドで書類書いとけよ」


 それを聞いて、キョウカはパァッと表情を明るくする。


「は、はい……! よろしくお願いします……!」

「俺も行かせてもらおう」


 口を挟んだのはウィットだ。真剣な表情でノブカツを睨むように見据えている。


「リョウは俺の仲間だ。今回の件は、俺にも責任がある」

「……」


 そのウィットを、ノブカツは真顔で睨み返す。が、すぐに顔を背けた。


「勝手にしろ」

「……ありがとう」


 ノブカツは、冒険者としてクエストを受けるのは久しぶりだ。コキコキと首を鳴らし、伸びをしながら全員に言った。


「とりあえず、お前ら全員さっさと帰れ。俺はもう寝る」


 それだけ言って、欠伸をしながら立ち上がった時だ。そのノブカツの両肩に、双子が片手を一本ずつ置いた。


「待ちなさい」

「借金の件がまだです」

「えっ……」

「キョウカちゃん、行こう」

「え? なんでですか?」

「いいから」


 ここから先は、子供には見せられない。



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