怪しい以外のなにものでもない
教える事はないし、信用もしない。
一緒に暮らすにしても、何かあれば真っ先に疑うし最悪害する事も厭わない。
要するにそういう事を言った割に、何故だか大喜びで一緒に暮らす事になった女――ティアではあったが。
今の所は何かをやらかす事もなかった。
疑われている状況で行動を起こせばすぐさま我が身が危険に陥る、という事は把握しているだろう、流石に。
だからこそ今の所は大人しくじっとしているのか、思惑的に長期的でも問題ないと思っているのか、それとも本当に何も考えていないのか。
ティアの様子を見る限り、ゴンザレスにもベルナドットにもわからなかった。
部屋は二階のゴンザレスの隣である。
夜遅くにどこかに出かけている様子はない。
遅くに寝ているらしいが、そのくせ二人より先に起きて何なら朝食の準備をしているのがここ最近の普通になりつつあった。
最初は食事に何か異物混入でもしているのではないか、と疑っていたが、匂いを嗅いでいる毛玉が特に何の警戒もしていなかったので問題はないだろうと思って食べている。ちなみに味は普通である。
調理機器やら洗濯機などにティアは何これ便利ですね! などと感激し、喜んで家事に勤しんでいる。
更に言うのであれば、ある程度朝の支度を終わらせるとティアは店番をするようになった。ゴンザレスと違い店にある商品以外に手を出せないのでバックルームに取りに行く、という事はできないが、その場合はゴンザレスに在庫の確認を取るようにしている。
ついでに閉店時間を迎えてから売れた物と売上金を確認すると、特に過不足もない。
愛想も良く、客の対応も悪くない。
新人であるはずなのに、そういう意味では即戦力とも言えた。
だからこそ怪しすぎた。
むしろ怪しまずに何を怪しめというのか。
あのゴリ押しがなければティアはバイトとして雇うにも家政婦として雇うにも大変優秀な人材ではある。
あるのだが……やって来た経緯を思うと怪しい以外の言葉が出てこないのだ。
そもそもバイトの募集すらしていない店にゴリ押しでやって来た時点で怪しい。
出会いがもう少しマトモであったならば、ここまで警戒する必要もなかったはずなのだが……
最初に何でもするとか場合によってはベルナドットの夜の相手もするとか言っていたので、てっきり目当てはベルナドットなのかと思ったのだが、今の所ティアが夜這いを仕掛けたという話はない。
無い、と思って油断した頃にという可能性を捨てきれないベルナドットはここ最近寝る時は毛玉を部屋に置こうとしているようだが、毛玉は何を思っているのかティアが来てからはゴンザレスの部屋か、部屋の中に入れなかった時は部屋の前で眠る事が多い。
というか、ここ数日のティアの様子を見る限り、狙いはゴンザレスなんだろうな……とベルナドットですら理解はできた。けれど、その狙いがわからない。
どういう意図があるのかがまるで理解できないせいで、怪しさに拍車がかかっている。
「ところでマスター、わたしたちの部屋の向かい側にあるお部屋はなんですか?」
「工房じゃない?」
「工房!」
その言葉にティアは目をキラキラと輝かせる。
ちなみに本日は休業日である。ティアが来てから毎日営業することは可能になったが、定休日がない、というのはギルド規定に反するのでとりあえず休みはいれないといけない。
毎日マメに働くティアのおかげで、家の中は最初の大掃除をした時と同じような綺麗さを保ってはいる。最初の出会いがアレでなければ、ティアという女は大層よく働くいい人材だと思えるのだ。本当に、最初の出会いがアレでなければ。
「でもあまり使ってないわね。見たいなら見てくればいいわよ。ほとんど何もないけど」
「いいんですか!? お師匠様の工房拝見やったーぁ!」
両手を上げてやっふぅ♪ と叫びながら、ティアは散歩に全力を出す犬の如き勢いで二階へ駆けあがっていった。
彼女がこの家に来て以来、大体これくらいのテンションである。毎日あのテンション維持するって凄くない……? とどちらかというとテンション低めの二人は密かに戦慄している。
「今の所、彼女の目的がさっぱりなのよね」
「見たとこどっかいい家のお嬢さんっぽいけど、家出先に使われてるなら厄介だよな」
「でも、そういう感じの人を探してますって人は周辺では見かけないのよね」
ティアは二階に行ったとはいえ、流石に声を潜めて話す。聞かれた所で困らないが、何となく雰囲気だ。
ある意味で押しかけてきたティアには、部屋代を要求している。払えない、もしくは嫌なら出ていってというつもりだったのだが、ティアはお部屋をお借りするなら当然ですよね! と言い切って毎月月末に家賃を払うという事に同意してしまった挙句、契約書にも記し、更にはサインと血判まで押している。
潔すぎて逆に怖い。目的が明確にわからないのが余計に怖い。
「……村から、ってわけじゃないよな」
ふとベルナドットがそんな事を口にした。
「村から? 何で」
「あんたのお目付け役が俺、だけじゃ不足だと判断した可能性がある」
「んー……でも、それにしてはおかしいと思う」
「そうか?」
確かにベルナドットはお目付け役という意味でゴンザレスと共に王都にやって来た。
けれど別にゴンザレスは隙を見て逃げ出すつもりもないので、そもそも何かやらかしやしないだろうか、という意味合いで目を付けられる事はあれど、王都の中を散策するくらいであればベルナドットが常に付き従うつもりもない。治安が悪いと言われている地区があるらしいが、わざわざそちらに一人で行くような事はゴンザレスがそもそも面倒に巻き込まれたくないからと言って行くつもりはないようだし、四六時中一緒にいるのも息が詰まるだろう。
暇を潰しにやってきた、というのが名目なのだから、あまり騒ぎになるような事をしなければ別にベルナドットはゴンザレスが一人で行動することだって構わないとすら思っている。
王都の外に出る場合は、流石に一人だと何かあったら困るのでベルナドットでなくともグランやギアと最低でも一緒に行動するようにと言ってはいるが。
そういう意味ではベルナドットはお目付け役を果たしていない。それどころか実態を知ればお目付け役失格とも言える。
だからこそ、もしかしたらと考えたのだがゴンザレスはあっさりと違うと思うと言い放つ。
「だって考えても見てよベルくん。村から王都にくるのに、村長さんの鳥が手紙を運ぶのにかかる日数より早く私たちはここに来たけど、他の人にその移動手段は無理でしょう?
馬車だともっとかかるし、徒歩ならそれよりもさらにかかる。馬車じゃなくて馬に乗って駆けるにしても、やっぱりギアと同じくらいに着くとか無理でしょ。
私たちが王都に来て、まだ一月経つかどうかよ? ギアに乗って王都に来た私たちに、更にお目付け役つけようと思って村から誰か派遣したとしてもティアは村の人じゃないのは確かだし、じゃあ、どこかで誰かに頼む必要があるわよね?
日数的におかしくない?」
「……それはそうだな」
言われてみればその通りだった。
王都に来てからそろそろ一月が経つ。あの日、村を出た時点で村長がやっぱもう一人お目付け役つけよう、と考えたとしても、村人は出てこないだろう。ならば別の場所で誰かを雇わなければならないが、とある少女のお目付け役を、と依頼を出すにしても流石に不自然すぎる。冒険者ギルドでそんな依頼が出たとしても、怪しすぎて引き受ける人物がいるかもわからないようなものだ。
仮に、もしそんな依頼が出されて、しかもそれを引き受けてしまった人物がいたとして。
村長の依頼であるならば、まずそこまでの謝礼は期待できない。
なのにここで家賃や自分の生活費という出費はある。まず赤字である。
村長の相談を受けてギル爺さんが手を貸した可能性も含めて考えてみるが、いかんせん人を送り込んでくるタイミングが早すぎる。
だからこそ余計に。
ティアが怪しく見えるのだ。
わけがわからなすぎて。
いざとなったらお前を殺す、という宣言も暗にしているが、ティアはそれに怯えた様子もなくむしろ殺す事で潔白が証明できるなら、と受け入れる方向性だ。あの人の頭の中、どうなってるの……?
何だか未知の生命体を目にした気分だ。人の形をしているが、本当にアレの中身は人なのか、という気にすらなってくる。
そんなティアが、階段を駆け下りてきたようだ。パタパタと軽やかな音が響く。
「マースターァ! なんですかあの工房とは名ばかりの空室! なんにもないじゃないですかー!」
「だから言ったじゃない。嘘ついてないんだから何も問題ないと思うのだけど」
「そうだけどー! そうじゃなくてー!!」
うわぁんお師匠様がひどーい、などと言って泣き真似をしているが。
こうして言葉を交わしていてもティアが何を考えて、何を思っているのかさっぱり理解はできなかった。




