死因は天災と人災
「異世界転生っていうからてっきり何かのゲームの世界とかそういうオチを期待したけど、ベルくんこの世界なんかのゲームっぽい感じする? 知ってるタイトル?」
「ゲームっぽいって言えば魔石使って生活してるとかそこら辺はいかにもな感じだけど、生憎俺の知ってるゲームの世界とはどれも違う感じだな」
情報収集が思っていた以上に残念な結果に終わった少女ではあったが、すぐさま気を取り直したらしく唐突にそんな事を聞いてくる。
「うーん、ただの異世界転生なのかな」
「ただのっていうのもおかしな話だけどな、異世界転生してる時点で」
「だってベルくん、見てよ私。将来有望な感じに成長しそうな、約束されし勝利の美少女じゃない」
「そういうの自分で言っちゃうやつって大抵残念なんだけど、確かに黙ってればあんたは美少女だよな、将来有望な」
「前世だったらロリコンどもが黙っていないレベルの天使だよね」
「へいへいそーですね」
やる気ないよ、と告げつつも、流石にそこまで念を押す必要もなかったと判断したのだろう。
「いや唐突に私の美貌を讃えよとかじゃないんだけど、こんだけの美少女がだよ? 魔王の生贄とかってこれ、明らかに何かのゲーム的展開じゃない。勇者とかがやってきて助けられるとか、仲間フラグが立って私も戦う事になるとか、メインストーリーじゃなくてもサブイベントとかで確実に出てくる感じじゃない? モブであっても私確実に顔グラフィックはあるタイプのモブだよね」
「あー……言いたいことはわかったけどな。仮にゲームの世界に転生しました、とかだったとしても俺の知らないタイトルだろうし、あんたも知らないんだろ?」
「情報が少なすぎるからね。魔王の生贄はともかく、だったら魔王の名前くらいあるかと思ったんだけど……」
「古文書とか徹底して魔王としか記されてなかったからな」
「もっとこう、探索系ゲームにありがちな日記とかみたいに情報小出しでも普通そんなとこまで日記に書かねぇよみたいな勢いで記してくれてればいいのにね」
「無茶言うなよ」
とは言いつつベルナドットもそれくらい親切設計だったら楽なのになと思わなくもない。
推測だけならいくらでもできるのだが、いかんせんその推測が正しいかどうかはわからないままだ。答え合わせができないというのは中々に厄介なんだな、とある意味当たり前の事を考えて。
「それじゃ、あんたはどうするんだ? 村から逃げるのか?」
「え? 逃げないけど」
「は?」
少女が生贄であるという事を知ってから、もう少し色々と知りたいと言い出したのは生贄を回避できる方法があるのであれば、という事からだ。流石に生贄とか時代遅れもいいところな代物に自分がなりたいとは思わない。少女も生贄を示す名で呼ばれる事は嫌がっているわけだし、それは理解できる。
生贄になる事が回避できるのであれば。もしくは他に何か代わりがあるのであれば。
けれど、情報はそれ以上手に入りそうになかった。
だからこそ次に考えるのは、村から脱出する算段だと思っていたのだが。
さも当然とばかりに逃げないと言い切られ、ベルナドットは思わず聞き返していた。
「打算込みだけどさ、村の人たちって私には基本的に優しいじゃない。親も、本当だったら生贄になんてしたくないけど、でもこの村のためである事は栄誉な事だ、みたいな感じでね?
きっと私が生贄として門の向こう側に行く時まで、生贄である間は皆優しいと思うの。
打算まみれでも、親切にされてると何かこう、逃げるのって恩を仇で返すみたいで気は進まないのよね」
「自分の命かかってるのにその言い分はどうかと」
「うーん、でもほら、私一度死んでるから。むしろ転生してるとか最初の頃思ってなくて夢だとばかり思ってたから。
それにね、無駄死にだとイヤなんだけど、生贄がある事でこの村が安泰っていうメリットはあるじゃない? そこで生贄がイヤだからって私が逃げて、村の加護が解除されるのを考えるとちょっと……流石にそこまでは、って思っちゃうんだよね」
村の人たちが嫌な人ばかりだったら気軽に逃げたんだけどねぇ、と呟く少女に、そこだけは同意できるなとベルナドットも思っていた。
ベルナドットも生贄とかこのご時世ねーわと思っている。このご時世、がどちらかというと前世基準であるのは否定しないが、だからといってこちらの常識に則って嬉々として生贄を出せるわけもない。できる事なら少女を生贄にしなくていい方法があればそれを選びたい。けれど、現状でその方法はない。
いっそ自分が少女を連れて逃げようかと考えた事もあったが、ベルナドットはこの村の外を知らない。どんな世界かすらも。
自分が知っているゲームの世界に転生しました、というのであれば多少はどうにかなるかもしれないが、そうでなかった場合勢いだけで外に出てもマトモに人里に辿り着けずに死ぬ可能性すらある。この辺りは平和らしいが、そうじゃない所にうっかり入り込んで魔物に殺されました、なんていう終わりだけはごめんである。
「確かに無駄死にはイヤだよな……」
少女の言い分は分からなくもない。
「おっと? もしかしてベルくんのそれは前世起因のものですかな?」
「今あんたの話だったはずなのに何でそこで俺に話の矛先を向けるんだ……」
「え、だってこれ以上情報もないし無駄にシリアスしてても意味ないじゃん? むしろ無駄死にってキーワードで黄昏てたから何かあったのかなっていう興味本位!」
「………………」
げんなりした表情を浮かべるが、少女は気にした様子もない。あえて空気を読んでいません、とった雰囲気なのがハッキリしていた。
「なぁにベルくんその様子だともしかして前世の死因無駄死に? いやでも考えたら意味のある死って何って感じもするけど。あっ、ちなみにねぇ、私の前世の死因ボッシュート」
「は?」
「ん? 興味ある感じ? 話してもいいけどまずはベルくんの話先ね」
にこにこと、まるで世間話をしているかのようなノリではあるが内容は前世の死因である。
話すべきか悩んだが、自分の中で抱え込んでも仕方がないし、ここにいるのは同じ転生者だ。この世界の住人が相手であるならばまず転生者である事から言うべきかどうか悩むところだし、言わないにしてもそこを上手く省いて語れるかベルナドットには自信がない。
大まかな前提を省いて語れるというのであれば、少女に暴露してしまうのが最適なのだろう。
あと死因ボッシュートってなんだ。マンホール開いてたの気付かないで落下したとかか?
「別に、大した話じゃないぞ。あと、楽しい話でもない」
「死因だもんね」
そう前置いたのに、少女は大まじめに茶化すような相槌を打つ。
――前世のベルナドットの名前は実の所既に覚えていない。生まれた直後はまだぼんやりと覚えていたような気もするが、今はもう思い出そうとしても全くそれらしい名前すら出てこない。
けれども、それ以外の事は結構覚えていた。
前世の自分は大学生であったこと。彼女がいたが、ふられてしまったこと。ちなみに振られた原因は、友人の彼女に相談に乗ってほしいと言われ相談を受けていたら、何故か友人の彼女と自分が付き合っているという話になっており、彼女からすれば浮気をしたと思われたらしい。誤解はどうにか解いたものの、一度疑われてしまえば次に似たような事があった時もきっとわたしは疑うし、そんな気持ちを持ったまま付き合ってたくない、と言われた所までしっかり覚えている。むしろこっちの記憶を忘れていたかった。
そんな状態で沈んでいた矢先、刃物を持って暴れまわる男と遭遇した。男もまた女に裏切られただの叫んでいたが、詳しい内容はわかっていない。何せ興奮状態で途中言葉にならず鳴き声のようになっていたので。
その男が襲い掛かったのが、子供と一緒に歩いていた女性であった。
母娘だろう。子供がすっかり怯えてまともに動けそうにない状態で、母親らしき女性がそれを庇おうとしていたところに――強引に割り込んだのだ。母親らしき女性が付き合っていた彼女に似ていたとかではない。ないけれど、何故だか重なって見えた。
刃物が刺さったのは腹あたりだったように思うが、突き刺さった刃物が抜かれた後の事はわからない。恐らくここで出血多量か何かで死んだのだろう。
あの母娘がどうなったかはわからない。無事でいればいいが、もしあの後すぐに襲われていればベルナドットの死は無駄死にである。
「――な? 楽しい話じゃないだろう」
「相談女に引っかかったとか、ベルくんそれどうなの」
「は?」
「あぁいや、いいや。っていうかベルくん女難の相でまくりだったんじゃないの?」
「そうかもな」
「お参り行っとく?」
「神社もないのにか?」
「そうだった」
言われてみればもっともな話だ。神殿とかはありそうだが、神社とかお寺がありそうな感じがしない。
「で? 俺は話したぞ。次はあんたの番だ」
「って言われてもねぇ……私の方もそこまで面白い感じの話じゃないよぉ?」
とはいうものの、ベルナドットの話は聞いておきながら自分は話さないというのもフェアではない。少女もまた話し始めた。
――前世の少女もこれまた名前を憶えていなかった。お互いに前世の名を覚えていないというのであれば、何というか転生した時点で忘れるようになってるとかそういう仕組みのような気がしないでもないが……そこら辺を詳しく調べるにしても調べようがないのでそこは置いておくことにする。
前世の少女は、高校を卒業後すぐに就職した。大学に行ける程のお金がなく、奨学金を借りてまで行くにしても自分の進路についてはっきりと決めていなかったためにどの大学で学べばいいのか、とかそういうのがさっぱりだったのだ。それよりも早く働いて生活費を稼ぐ方が重要に思えていた。
とはいえ、高卒ですぐさま入れる職場というのは大学を卒業してからというのと比べるとかなり限られている。結果として飛び込んだ会社は、とんでもないブラック企業だった。
高卒でまだ世間を知らないとはいえ、流石にこれはおかしいのでは? と思った頃にはすっかり身も心も疲弊していたが、何とかそこを辞める事はできた。
ちょっと精神病みかけて逆にハイになっていたけれど、どうにか退職はできた。
そこから一か月程自主的に休んだ後、別の職場にどうにか入る事ができたのは運が良かったのだろう。
というか、前職のクソな上司を陥れた際に知り合った人物の伝手だったので、コネと言ってしまえばそれまでだが。陥れた方法? たまたま女子高生とそういう宿泊施設に入るところを目撃したのでつい撮影した映像を上司の娘さん名義で送り付けただけだよ。同じ女子高生だからもしかしたらお友達が義理の母親になるかもしれないねってしたためて。まぁ新しい母親以前に奥さんもいたんだけどね。すっごい修羅場だったらしいのはふわっと噂で聞いたけど、途中で会社辞めたから結末は不明のままです。地獄に落ちてるといいなぁ、なーんて☆
新しい職場もそこの先輩曰くブラックらしいけど、こっちは単純に人手不足で手が足りないだけのブラックだったので前職と比べて圧倒的ホワイトだった。圧倒的に忙しいだけで、人格否定してくる上司もいないし殴って来る上司もいないしセクハラしてくる上司もいない。ね? ホワイトでしょ?
まぁ、ちょーっと忙しすぎて気付いたら終電逃してるとかザラだったし、あの日も会社で夜を明かしてしまったわけだけど。
どうにか仕事終わらせたら既に始発が動きそう。あ、じゃあ始発で帰れるから上がりますね、お先に失礼しまーす、で外に出て。
まだ人も車もそう通っていない時間。
会社から離れて駅に行くため歩いていたら、地面が揺れた。おっと地震か、なんて思ってるうちに揺れはどんどん大きくなって――次の瞬間地面が沈んだ。そうして下へと一直線。
ひゅっという音と同時に身体が落ちていたのは自覚していた。咄嗟に上を見るとぽっかりまぁるく開いたそこから見えたのは、青い空。
あの時は何が何だかわかってなかったけど、今ならわかる。
道路が陥没して、私はそこに吸い込まれるようにして落下したのだと。
「多分だけど、あの時穴に落っこちなかったとしても、あの地震じゃ電車も止まってただろうし結局帰れてなかったんじゃないかな」
「そういう問題か?」
「最期に見た空は綺麗だったよ」
「……そういう問題か?」
「こっちの世界の空も綺麗だよね」
「…………そうか」
ツッコミを放棄したベルナドットに、少女は「ね? 特に面白い話でもなかったでしょう」と告げる。
そもそも前世の死因だ。面白い話であるはずがない。




