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転生したら生贄だったので残りの人生好きに生きます  作者: 猫宮蒼
ゲームでいうところの最初の村から町のあたり

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普通を語ってはいけない



 どうやら眠ってしまったようだ、と思っていたクロノだったがそれが違うという事に気付いたのは、割とすぐのことだ。

 彼女の声が聞こえたと思った矢先に、世界が白い光に包まれたような気がした。そして何だか凄い音がした気もした。


「すいません、大丈夫ですか……?」

「あ、はい」


 起き上がろうとしたクロノに手を差し伸べて心配そうに眉根を寄せていた彼女の手を、ほんの一瞬躊躇ったもののクロノは取った。

 彼女の眩さにてっきり目が潰れたのかと思っていたが、視界は良好。立ち上がり、名残惜しいがそっと手を離す。こういう時、いつまでも触っているのはよろしくない。むしろ倒れていたため自分の手は汚れていたはずだが、それについては大丈夫だろうか……?


 恐らく「違う、気にするのはそこじゃない」と突っ込まれそうな事を考えながらも、クロノは何となく何があったのかを今更のように把握した。

 何となく痛い気がする頭。白濁した視界。そしてほんの僅かとはいえ沈んだ意識。


「……なるほど、不幸な事故ですね」

「えっ」


 その言葉にゴンザレスは思わず顔を引きつらせていた。

 自分がそう言って相手が誤魔化されてくれるならいい。しかし、何があったかを把握したであろう本人の口からそう言われるとむしろ裏があるのではないか、と勘繰るよりも先に、全然大丈夫じゃないと思ってしまったのだ。現実を認識する能力がバグってませんか!? とは流石に聞けなかったが。


「ところでおにいさん、なんだってこんなところに?」

「え? あぁ、いくつか薬草を調達に。あと、人の姿が見えた気がしたけどこれ以上奥にいくのは危ないから」

「なんてこった……」


 ゴンザレスの顔が思わず青くなる。


 さて、実際は違う点があるが、それは勿論お互いに知る由もない。

 クロノはゴンザレスを追いかけてやって来ただけだが、流石に貴女の後を追って、などと堂々と言えるわけがないし、だからこそ自分の用事ついでに危険であるという事を忠告するべくとさも親切を装っただけなのだがそんな真実を知るはずがないゴンザレスからすれば、親切にもこちらの姿を見かけて森の奥が危ないと教えてくれようとした相手の側頭部に膝蹴りを叩き込んだも同然なのだ。

 真実を知っていたならば、何だストーカーかな? じゃあまぁ、いっか。で済ませただろうけれど、その真実は巧妙に隠されてしまった。

 結果として善良な市民を攻撃したという現実に、流石にゴンザレスの心が痛んだ。彼女にも一応人並みに良心はある。


「あの、病院、病院行きましょう。流石に頭の怪我は何かあったら大変ですから」

 これが自分に危害を加える犯罪者であるならそのまま死ね、とかいっそ埋めておこうか、とか言えるけれど何の罪もない一般市民を意味もなく虐殺できるような残虐なメンタルは持ち合わせていない。膝が側頭部にめり込んだ時、何だか凄い音もしたくらいだし、もしかしたらムチウチになっている可能性が高い。ポーションでどうにかなるかもしれないが、いかんせんそのあたりに詳しいわけじゃないゴンザレスは念の為医者に診てもらったほうがいいと思っていた。


「医者、ですか? いえ、流石にそこまでしなくても大丈夫ですよ。これくらいの怪我は王都に住んでいればよくある話ですし」

「えっ!?」

「うっそだろ……」


 クロノからすれば、確かに一瞬衝撃的なダメージを受けたとはいえ、これくらいの怪我はそもそも怪我のうちに入らない。レェテと本格的な喧嘩をした時はもっとこう、一撃受けたら骨が折れてるとか、下手をすれば内臓が破裂するかもしれないとか、割と命の危機に陥る事だってあった。

 流石に王都に来てからそんな事はなかったが、それでも王都でやらかしている兄弟たちの話を聞くに、この程度の怪我ならば割と日常茶飯事らしい。

 だからこそ、それを基準に答えてしまったのだが、彼女と一緒にいた冒険者の少年ですらその言葉には驚いていた。

 ……あれ? そんなにおかしな事を言っただろうか?

 そんな思いが顔に出ているクロノを見て、ゴンザレスは王都住人全体がバイオレンスだと思ってしまったし、グランもまた王都ってそんな何気に物騒な所だったんだな!? と誤解をしている。

 本来の王都は別段そこまで大きな争いごともない、比較的平和な場所である。

 あと大体の王都住人はこれくらいの怪我は怪我のうちに入らないなどと言う事もないだろう。きっと。


 王都ってもっとこう、人間関係とかそういうのはともかく治安的には安全だと思ってたんだけど実はその考えが間違ってたのかしら……と思い始めていたゴンザレスと、何気にヤバいところの騎士団に目を付けられたかもしれない、というかヤルバもなんだってその近場で山賊始めたんだ……と軽い後悔に見舞われているグランを、クロノはどこか不思議そうに眺めていた。


「お二人は、王都に来て日が浅いんですか?」


 クロノ基準王都バイオレンス事案に関しては、クロノが王都に来た時点から変わっていない。だからこそ、何故そういう反応をされるのか彼自身理解していなかった。


「えぇ、そうね。私もグランも王都に来たのは大体同時期で、本当につい最近よ」

 何せゴンザレスがベルナドットと王都にやって来てまだ十日が過ぎた程度だ。来たばかりという意味では間違っていない。

「そちらの方は冒険者……見習い、か何かですか?」

「いや、俺は見習いじゃないけどちょっと前に色々あって装備がほぼ駄目になってな。現状騎士団にもあまり大っぴらに行動しないように言われてるから、まぁ、その、なんだ」

「あぁ、そういう事でしたか」


 言葉を濁そうとしていたグランに、合点がいったとばかりにクロノは頷いた。

 ダンジョンに潜って装備を駄目にして戻って来る冒険者は一定数いる。厳密にグランはそれとは違うのだが、クロノはそういう風に受け取った。冒険者としてはよくある話だ。


「あぁ、申し遅れました。僕はクロノと言います。王都で道具屋を……そういえば以前来てくれましたよね」

 クロノの事情を知っている者が見れば白々しいと吐き捨てるような挨拶だが、グランもゴンザレスもそんな事を知るはずもなく、彼の言葉をそのままの意味で受け取る。

「覚えてたんですか?」

「お恥ずかしい話、僕の店はあまり客が来ないもので……」


 客が滅多に来ないのは事実だが、そもそも今まで来た客の顔を覚えているかと問われると大半を覚えていない。クロノにとって道具屋は単なる生活費を稼ぐ手段の一つであり、そこまで重要なものでもないからだ。それ故に興味もない客の顔など覚えているはずもないのだが、流石にそんな事を馬鹿正直に答える事はない。

 この事実を知っていたならば、グランあたりはきっと「おいそいつ案外いい性格してるぞ」と呆れ顔で突っ込んだに違いないが、生憎グランもクロノとは初対面だ。そんなツッコミをする機会はやってこなかった。


「それに、貴女のような美しい方でしたら一度来たら忘れられませんよ」

「うっわ……」


 流れるような口説き文句らしきものに、思わずグランの口からマジかよと言いたげな声が出る。

 同様に、ゴンザレスも何故だか微妙な顔をしていた。


 ゴンザレスは自分が美少女であるという自覚はある。外見だけは誰が見ても美少女だと断言できると思っている。だからこそ普段から「私って美少女じゃない」と臆面もなく言ってのけるが、それはある意味持ちネタのようなものに近い。中身が美少女であるかどうかを問われるとゴンザレスは中身は美少女に該当しないと思っている部分もあるため、美少女ネタはあくまでもネタでしかないのだ。

 それを理解しているからこそベルナドットも大抵は「はいはい美少女美少女」と流してくれているのだが。


 そうではなく普通にそういう扱いを受けるとなると、ゴンザレスの心境としては何か違う、と何とも言えない気持ちになってしまうのである。

 例えば自分の事を自虐ネタで下げる分には構わないが、それを赤の他人に言われるとイラっとする、というような感情に近い。方向性は微妙に違うが、大まかには似たようなものだ。


「あの、ご迷惑でなければお名前を教えてもらっても……?」


 しかしそんな微妙な心境になっているとは気付いてすらいないクロノは、控えめにそんな事を聞いてきた。

 一応既に彼自身名乗っているので、ゴンザレスが名乗る流れは当然の事なのかもしれない。ただ、本名を名乗るつもりはこれっぽっちもないが。


「ゴンザレスです」

「素敵なお名前ですね」

「うっそだろ、おい……」


 まだ微妙な心境のままでいるゴンザレスだったが、それでも名乗るのは当然偽名である。だがしかしクロノはそれを聞いてもうっすらと微笑んだままそんな風に返してきた。

 グランが思わず素直な心境を口からぽろっと出すのも仕方がないだろう。

 そしてまさかゴンザレスもそういう反応が来るとは思っていなかった。


「あの、頭本当に大丈夫ですか?」


 だからこそ、ある意味でとても失礼な事を聞いてしまう。

 いや、さっきの側頭部へのダメージのせいだとしか思えなかったもので。

 本来ならばそんな失礼な事を聞くな、とグランであれ窘めた事だろう。しかし彼女のその問いは、グランもそう思ってしまった事なので窘めようにも窘められない。何せ彼の本心でもあったもので。


「はい。大丈夫ですよ」


 にっこり。

 そんな音が聞こえてきそうな程の笑みでもって返してくるクロノは、確かに見ている分にはさっきダメージを受けたとは思えない程普通である。


「……事情があって、偽名なんですすいません」

「そうなんですか。それでも、とても凛々しいお名前ですよね」


 あっ、この人頭のねじが最初からぶっ飛んでるタイプの人か!


 ここで、ゴンザレスとグランの心は唐突に一致した。

 流石にゴンザレスはないわーとでもいう反応だったならまだ、偽名ですけどね! と堂々と言えたけれど、まさかの全肯定。少しばかりの罪悪感もあり、偽名である事を告げたにも関わらずこの反応。

 大変失礼ながらもこのおにいさんちょっと頭がアレな人なのかもしれないな、と思ってしまったのは仕方のない事なのかもしれない。

 クロノからすれば、彼女がゴンザレスと名乗った時点で偽名だろうと即座に思ったものの、何か事情があるのだろう、と大変都合よく解釈し全肯定botのような反応を返しただけなのだが、結果として裏でアレな人扱いになりかけている事実は当然知る由もない。

 だって、そもそも彼女が名乗るのであればどんな名であれそれはきっと素晴らしいものなのだから!


 恋は盲目とはよくいったものである。

 見るべき真実をスルーするどころか、知能指数も圧倒的に低下している気がするが……


 残念ながらこの場にそれを指摘したり軌道修正をしてくれる人材は、存在しないのである。

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