配慮が配慮になってない
「……それで? もしかしたら戻って来るんじゃないかなぁ、と思ってはいたけど本当に戻って来るとはね……てっきりこちらから救出に向かうまで大人しくしてるものだとばかり思ってたよ。ねぇ? ラータ」
「んぐっ」
まぁ好きに食べなよ、と勧めた本人であるルクスだが、ラータが料理を口にした瞬間こう言うのだから間違いなくタイミングを見計らっていた。
「ね。最愛の弟の家でぬくぬくのうのうと一体何日間過ごしてた? 三日? 十日? 一月? それ以上の滞在とかお前完全に休暇気分だっただろ?」
にこやかな笑みを崩すことなくルクスはラータを見ている。
一月どころかもう三か月くらい経過してると思うのだが……むしろそれだけよく放置されていたものだなとステラは思った。
料理を喉に詰まらせたのだろうラータの手がうろうろと彷徨い、飲み物の入ったグラスへと伸ばされる。目ざとくもそれに気付いたルクスは、あぁ、と小さく声に出してラータが取ろうとしていたグラスとは別のグラスを手に取って、それを渡した。
「ほら、飲むといい」
別に何かこだわりがあったわけではない。というか喉に詰まってる時点でえり好みできる状況でもない。ルクスから渡されたグラスを受け取るとラータはぐいっとそれを呷り――
「げっほ、おぇっ」
口の中の物を吐き出しこそしなかったが、それはもう盛大にむせた。手違いで気管に入り込んだ時のような咳を繰り返し、ぜぇはぁと荒い息を吐く。
「どうかな、私が作った苦瓜ジュースは。最初作った時は見た目がそれはもう酷すぎてね、せめて見た目だけはどうにかしようと色々と改良した結果、見た目だけなら鮮やかなスカイブルーに。まさか苦瓜だなんて夢にも思わないだろう? ま、他にも混ぜたけどメインはあくまで苦瓜だ。栄養素的に見ればとても身体にいいものだよ」
にこやかに言ってはいるが、その内容はにこやかに告げるものだろうか? 苦瓜……前世だとゴーヤとか呼ばれてるのがメジャーだとは思うがこちらの世界のそれは更に苦みがあるしどっちかっていうとグリーンカーテンにするにも微妙な代物だ。誰が食べるの? そう言われるくらいに苦みが凄い。品種改良してもうちょっと人に優しい感じの味になれば美味しいと思うが、品種改良しようという農家も果たしているかどうか。
渋柿をそのまま食べるのとどっちが酷いかと問われればどっちもどっちとこたえたくなるような代物だった。
しかし渋柿は干せば甘く美味しくなるが、この苦瓜は干したところで甘みが増すとかそういった事もない。ただ、栄養価はやたら高いらしく病気で体力が落ちた時に食べるとみるみる回復するのだとか。
その前にその味で撃沈しそうだけど。
そんな控えめに申し上げて罰ゲーム食材と呼ばれるようなそれを、ルクスはわざわざジュースにした挙句見た目だけはとことんお洒落な感じにしたらしい。嫌がらせ以外のなにものでもない。
普通に苦瓜を絞っただけならもっとえぐみのある青汁のような色合いになるはずが、何をどうしたらこんな透き通る青空のような色になるのだ。
(そういえばこの人……フェルテの書とかいうのばらまいた根源だったものね……品種改良っていうか遺伝子組み換えとか余裕でやらかしてそうだものそりゃこんなの作っててもおかしくないのか……)
本人が聞けば酷いなぁ、なんて言いそうな事を思いながらもステラは救いを求めるようにラータが手を伸ばし別のグラスを取るのを見ていた。
元々取ろうとしていたグラスは、色だけを見ればとても鮮やかな赤だ。スカーレット、とか言われそうな色合いである。ワインだろうか? と思ったが恐らくは違うのだろう。
ラータが手に取ったグラスを、ルクスはきょとんとした顔で見ていた。あ、と思う。
「ラータ、それ飲まない方が――」
言葉は最後まで続かなかった。何故なら時すでに遅し、で飲んでしまったからだ。そして――
「ぐぶっ」
ラータは倒れた。口の端から今しがた口にした液体が零れ落ちている。
これだけ見れば立派な殺人現場のようだった。死因は毒。飲み物に混入されていたと思われます。脳内でイマジナリー鑑識がそんな事を告げている。
「あ、思い出した。それホットベリーとフレアペッパーで作った激辛ドリンクだ」
「思い出したっていうか絶対最初から知ってたわよね!? じゃなきゃえ? それ飲むの? みたいな顔するはずないもの」
「え? やだなぁさっきのは、あれ? 自分で作っておいてなんだけど何のドリンクだったっけ? っていう顔なのに」
とても白々しい。そんな事を言われて果たして誰が信じるというのか。
「うわぁ、とても疑わしいって顔してる。本当だよ、このテーブルの飲み物は全部そういった系統のものだからね。この後ゲームして罰ゲームで飲ませるつもりだったんだから」
「このテーブルの飲み物全部そういう系統っていうのがもう頭おかしい。私だってここまでえげつない事しないわよ」
「いやあんたの場合は別ベクトルでえげつない時あるだろ」
「ベルくんそれどういう意味」
あ、やべ。
そんな声が聞こえてきそうな顔をされたがベルナドットは何も言わなかった。かわりに何事もなかったかのように皿に切り分けられたケーキを食べている。え? 俺今何も言ってませんよだってケーキ食べてたもん。雰囲気が全力でそう誤魔化している。
「…………ま、いいわ。お久しぶりねルクス。今日は話があって来たの」
言いたいことがないわけではないが、ここでベルナドットに突っ込んだところで意味がない。それはやろうと思えばいつでもできる。今はそれよりも重要な事があった。
「ふぅん? どういう風の吹き回しかな。まるで協力しにきましたみたいな顔だけど」
「そうね。前は話を聞いたらなし崩しに巻き込まれるだろうって思ったから絶対耳貸さないようにしてたけど、事情が変わったの。
前に言ってたわよね。ヴァルデマールとフォルトゥニーノを王にしてはならないって。あれ、どういう意味かしら」
一応話を聞くつもりはあるのだという姿勢を見せればルクスはおや? と軽く肩をすくめた。
本当に一体どういう風の吹き回しだろうと思っているようだ。
「私としては今でもそれなりに実力があってやる気があるならそれでもいいんじゃないかしら、と思わなくもないのだけど、念の為。そう、念の為聞いておかなくちゃいけないなって」
「なに、まるで兄上のどっちかと遭遇して関わる事になったみたいな言い方……あ、関わったんだね。だからか」
ルクスだって部下にあれこれ情報をと探らせてはいるものの、すべてを知っているわけでもない。最近になってまた候補者の一人が死んだというのは知っていたけれど、その候補者自体はたいした実力があるわけでもないし死んだとしてもあぁ今になってか、と思う程度だった。
勿論その候補者がレムレスで、今回の件に至った事に関わっているなんてルクスは知らない。だからこそ一体どういう風の吹き回しで、と思うのも無理からぬ事ではあった。
どちらかというとミュースの誕生日にかこつけてラータが戻って来る可能性は読んでいたけど、そこにまさか弟の従者であるレェテはともかくステラとベルナドットがついてくるとは思ってもいなかったのだ。
だからこそつい先程までノリノリでピアノ弾いてたわけだし。知ってたらもうちょっと大仰な出迎えをしていた。ピアノ弾いてる時に気付いて、それっぽい所で曲を終わらせていなければ多分今でも弾いてた。はっちゃけるにも程がある。
ちなみにそれはもうどんちゃん騒ぎする予定だったので外に音が漏れたりしないように屋敷の中に簡易結界を張っているという仕様である。部下からは力の無駄遣いでは、と突っ込まれたがまぁそこは目を瞑る方向で。
どのみちこの屋敷には誰でも入ってこられるわけではない。限られた者しかどうせ入れないようにしてある。故に有り得るのは寝返る宣言をしていたラータが戻って来た時か、ここを突き止めた他の兄弟姉妹の襲撃かのどちらかである。
ともあれ、とルクスは内心で考える。これはチャンスだ。そのうち改めてステラとは接触するつもりではいたのだが、すっかり警戒されてしまっていたのでもうしばらくは時間を置く必要があると思っていたのだ。それがまさか向こうからやって来るとは。そんな事は想定していなかったので、もし向こうからコンタクトをとりたいとなった場合どうしようもなかったわけだが、ここでラータがいい仕事をしたわけである。
うん、最愛の弟のもとでだらだらと日々を過ごしている事については少しばかり目を閉じよう。具体的には後で何発か殴ろうと思っていたがそれは免除しよう。我ながら寛大な処置である、とルクスは満足そうに頷いた。
まぁ、それはさておき罰ゲーム用ドリンクはまだいくつか飲ませるつもりではいるのだが。
「そうだね、あの二人が魔王に現状最も近い、というのはもう知ってるわけだ。兄上たちが魔王になったら何をするかっていうのは……レェテ、知ってる?」
「いや。最終的に我が主が魔王になる、という認識で生きていたからな。とはいえ本人にやろうという意思がないから難しくはあるが……そこを考えた事はなかった」
「うん、大体はほら、考え無しに魔王になる事を目標にしてそこがゴールだと思ってる兄弟たちの多い事……その先の事は魔王になってから考えるとかそういうのばかりなんだよね。だから、兄上たちが魔王になった後の恐ろしさを知らないで、のうのうと庇護下に入ろうとする連中がいるんだよ。馬鹿なのかな」
とはいえ、その庇護下に入った者たちもある程度数が減っているのでそこまで脅威にもならない。恐らくこの戦いが終わった時に生きていたとしても、あの二人のどちらかが魔王になった後で死ぬ可能性が高まるだけだ。ルクスとしてはそこら辺も見極めないと駄目だよね、というのが本心であった。
「あの二人はね、何考えてそういう結論出したのか知らないけど、よりにもよって三界統一しようとしてるんだよ」
「はぁ!?」
呆れたように言い捨てるルクスとは対照的に、レェテは何を言っているんだとばかりに声を出した。
「三界、統一……?」
「あ、それ最終目標ね。で、まずその前に地盤を固めようっていう寸法なんだけど……」
「まってまって、当たり前のように話進められても困るんだけど。三界、って何」
世界統一とか魔界統一とか言われれば理解はできる。けれど、三界、と言われて一体どこの事なんだという思いが先に立ってステラはとりあえず話の腰を折る事にした。
「魔界地上界天界。これら合わせて三界。オーケー?」
「あ、そういう。……ちょっと待って!?」
とんでもなく壮大な話ではないだろうか。
魔界のいざこざを魔界の中だけで行うなら別になんてことはない。けれどもそれが地上界、更には天界にまで飛び火するような事になるとなればそれは……
「世界大戦とかそういうのおこっちゃう?」
「最悪世界が滅びるね」
「マジか」
信じられないとばかりにベルナドットが呟いた。しかしケーキを食べながらだったので口の端にクリームがついてしまっている。深刻さとは一体……
「成程確かに阻止しようとなるわけだ。フォルトゥニーノがいながら何故そうなった。いや、フォルトゥニーノがそう誘導したのか?」
「どうだろうね? 賢すぎて一周回って馬鹿の考える事とか私にはわからないな」
この場にルクスの身内が他にいたなら賢すぎて一周回って馬鹿はお前もだと突っ込んだかもしれないが、残念ながらこの場にいるのはそういう事を面と向かって言わない人材だけであった。先程まで思い思いに楽器を弾いていた部下たちは今では少し離れたテーブルの料理を取り分けて食べているが、ちらりとルクスへ向けられた視線はどれもが「お前が言うな」と言いたげであった。余計な事を口走らないように料理を食べているのかもしれない。そんな気がしてくる。
「えぇと、実はかなりとんでもない事になりかけてる?」
「そうだな。大分頭の痛い展開になりかけてる」
「あ、これは理解しきれてない顔。仕方ない、もうちょっとかみ砕いて説明してあげよう」
話の内容的に深刻そうだというのは理解できた。けれども、具体的にどうヤバいのかというのがいまいちピンとこない。わかっているのはルクスとレェテだけだろう。
会話に参加していない部下たちは除く。
「まぁ結論から言うと、あの二人のどっちかが魔王になった場合、数百年とか数千年単位で戦争おこるよっていう話なんだけど」
ラータが飲み物を取ったテーブルとは別のテーブルから飲み物の入ったグラスを手に、ルクスはあっさりと言ってのけた。
「いやそれ最悪人類滅びるじゃない……」
「そうだね」
仕掛けるのが魔界側であれば天界側も受けてたつだろうとは思う。これだけなら天魔戦争とかそういう名称がつきそうだが、間に挟まれた地上界に住む者たちも巻き込まれるのが確定である。
「マジかよどう足掻いてもヤバいな」
「ベルくん、そう思ってるなら緊迫感出して」
相も変わらずケーキを頬張るベルナドットに、ステラは疲れたように突っ込んでいた。
魔王の後継者を決める戦い、という言葉だけでもそれなりに壮大な気がしていたというのに、その先に待ち受けているのが世界全部を巻き込んだ戦争だとか言われると後継者争いなんて可愛いものにしか思えなくなってくる。実際王都で行われているそれらは、一応王都の住人を巻き込まないように配慮はされているので可愛らしくもなるだろう。その後に王都どころか世界全土が巻き込まれると考えると全く洒落にもならないのだが。




