こんな所で奇遇――なんて言えるわけがない
正直な話、あれ以降特に大きな音が聞こえてきたわけではなかったのでてっきりもう勝負とか決着なんてものはついたのではないか、と思っていたのだが。
もしそうであったなら早々に結界は解除されていたはずだ。
だからこそその考えは早々に甘かったと思い至ったし、お互いに注意しつつも音のした方――よりにもよってごった煮付近である――まで向かったものの。
二人が音の発生源だったと思われる場所に到着した時にはそこには誰もいなかった。
「……やる気が削がれたわね」
「戦い真っ最中だった場合乱入するつもりだったのかもしかして」
「もうどっちがどうとかわかんないから両方潰せばよくない?」
「あんたのその物騒な思考はどこから出てくるんだ……」
「だって、どっちが結界作ったかとかわかるわけないじゃない。じゃあとりあえず両方倒せばいいわけでしょ?」
「そんな気軽に言ってるけど、実際それができるかどうかは別の話では」
確かに以前巻き込まれた時に倒した相手もいるけれど、だからといって他の後継者たちも倒せるかと問われればそうもいかないだろう。
メアの姉の時だって正直すんなりいったわけではない。だというのに、今残ってる相手なんてあれよりもきっともっと強いはずの相手だ。巻き込まれた腹いせでステータスに怒り、とかついてそうだし攻撃力がその分上昇してそうな感じはあるけれどそれで全てを倒せる程強くなれているかと思えばそんなはずもない。
「ちょっとベルくん狩人としての経験とかで気配察知したりできないの?」
「無茶言うなよ。動物狩るのにそりゃ神経研ぎ澄ませたりする事はあるけど、気配を察知とかそんな簡単にできると思うな」
確かに気配を感じる時はあるけれど、常時そのスキルが発動しているかと問われればまず間違いなくしていない。バトル系少年漫画の世界であればそりゃ主人公やその仲間たちが当たり前のように気配を察知してあっちだとかこっちだとか、あいつの気配が消えただとかそういうシーンはそれこそ沢山あるけれど、それをベルナドットが当然のようにできると思われているのも困る。
何となくこっちだな、とか確かにこう、言葉で明確に表現し難い感覚がある時もある。けれどもそれだって毎回正解を引き当てたりはしないのだ。外れる事だってある。
「むしろあんたの方が平然とそういう事できそうな気がするんだが」
「私だって毎回そんな正確に何者かの気配を察知とかできるわけないじゃない。自分に向いてる敵意とか殺意とか察知したっていうならまだしも」
「だよな。俺も似たようなものだ」
少なくとも自分たちに害意を向けようとしている相手の気配であれば何となく察する事はできるけれど、今回はそうではない。あくまでも二人は巻き込まれただけで、巻き込んだ相手はこちらの存在など知りもしないだろう。
「……位置的に、もうちょっと進めばうちがある場所よね。ベルくん、とりあえず駄目元で結界がそろそろ終わると仮定して、ごった煮のありそうな場所まで移動してみましょうか」
「だな。進んだ距離から考えても確かに大分近いはずだし」
結界だってそもそも王都に被害を出さないように戦うための場だ。術者の能力に委ねられる部分もあるが、メアやクノップから聞いた話によるとそもそも大規模な結界を作るのはあまり得策ではないとの事。
結界を広げれば広げた分だけ力を使うのだから、その言い分は理解できる。
結界に迷い込んだ時に中心地だと思ったこの場所は、しかし実の所結界の反対側である可能性もあった。もしそうであれば上手い具合に結界を出てごった煮に戻れるかもしれない。
幸いにも結界の中は王都の風景とそう変わりがないので、ある程度の見当を付けながら進むなんてことをしなくても済む。
メアの姉の結界に迷い込んだ時は結界内部も王都そのものの風景であったが、それ以外の相手の結界で中身が王都とは似ても似つかない場所であった事もあったので、もしそういう感じであればすんなり目的の場所を探り当てるのは難しかっただろう。
ちなみにメアやクノップに結界の内部ってどうなってんの? と以前聞いた事があるが、二人もあまりよくわかっていないようだった。
結界はあくまでも外部に影響を出さないためのものなので、風景が元々の場所とそう変わる事はないけれど術者によっては見た目をがらりと変える事もある。意図的な場合と無意識で行われる場合がありどちらにしても魔力に左右される。魔力が多い者であれば内部を変化させて相手を翻弄させたりするなんてのもできますね。
メアやクノップが上手く説明できない代わりにそう教えてくれたのはティアだった。
では周囲の景色と全く異なる内部の結界を作る者は皆魔力が多いかと問われると、そうでもないそうなのだが。
例えば見知った風景で作る方が魔力の消耗を抑えられる場合、なんてのもあるらしい。
それを聞いて思い出したのはメルディアが作った結界だった。
そういや獣魔族は魔族と比べて魔術の扱いが得意ではないと聞いていたし、そういう意味ではメルディアだってそうなのだろうけれど、彼女の結界に閉じ込められた時は確かに周囲の風景が王都とは異なっていた。
であればあの時のあの場所は、きっとメルディアにとってイメージしやすくまた作りやすいものだったのだろう。
逆に、ルクスが作った結界は見ためは王都と似ていたが左右反対だったりしたのであれは確実に意図的だろうとも。
ティア曰くあとは結界を作った本人の精神状態がよろしくない場合、結界にも揺らぎが生じる事があるとも言っていたが、それは内部に見た目として出てくるかもしくは見た目に変化はなくとも壊しやすい状態になっているかのどちらかなのだそう。
完全に理解できたわけではないが、まぁ何となくわかった気がする、といった程度の知識でしかないが、ではこの結界を作った相手はどうなのだろうか、とも思う。
圧倒的な力の差があれば結界をいじって内部を変化させて相手の混乱を誘う事もできるかもしれないが、もしそこまでの余裕がない場合はこういったいわゆるノーマルな結界になるのだろう。
初っ端から見てわかるくらいに変化がない場合、判断のしようがないという事実に気付く。
ここに魔術を扱える誰かしらがいればもうちょっと気付ける部分があったのかもしれないが……どのみち今この場にいるのはステラとベルナドットだけだ。
「とりあえず結界の外に上手い事出られてごった煮に戻る事ができればもうそれでいいような気がしてきたわ」
最初に聞こえてきた大きな音の発生源が割とごった煮があるであろう場所の近くだったために、思わず釘バットなんてものを取り出して駆けてきたけれど、いざその場に到着してみれば誰もいないという事実。
結界に入ってからここまで結構な距離を走った気もするし、内部で戦いをおっぱじめた相手が移動したとしても流石にまだ結界が続いたりはしないのではないか? そんな風にも思えてきたのでステラは何となくで肩に担ぐようにしていた釘バットをおろし軽く振りながら歩いていた。
ベルナドットも思わず弓を出してはいたが、今は先程と比べてそこまで警戒してはいない。
もし結界の範囲内にごった煮も含まれていたら結局どうにかするしかなくなるのだが、そうでなければステラの言う通りどうでもよいかという気分に彼もまたなっていたためだ。
正直な話、勢いだけでやって来たけど二人そろってボチボチ疲れてきたというのが本音である。
今いる通りを曲がって少し進めばごった煮が見えてくるはずだ。
もしそこがまだ結界の中であればしょうがない、どうにかするかと行動するしかないわけだし、もし出られれば良しじゃあ結界の事は見なかった事にしてさっさと帰ろ。そんな風に思っていたのだが。
「え……何コレ」
「壁……いや、石碑、扉?」
本来の王都であればあるはずのないそれは、通りを塞ぐように突き刺さっていた。
思わず見上げる程の大きさのそれは、材質は岩なのだろう。壁のように、もしくは巨大な扉のように一定の厚みのあるそれは、結界内部の建物をいくつか潰した上で地面に突き刺さっている。建物と建物を挟むようにあるせいで、道は完全に塞がっていた。
「何、これ」
「俺が聞きたい」
先程と同じような呟きを再度口にしたステラに、ベルナドットが言える事なんて何もなかった。むしろこっちが聞きたいくらいだ。
潰された建物の隣の道へ回り込むようにして、そこから更にぐるりと回る形でこの先へ行こうと試みたがそちらにも同じように障害物が存在している。
「……言っていいかしら」
「おう。聞くだけ聞いてやる」
「ゲームにありがちな進路を強制的に絞られてる感あるわね」
「それな」
普段は通れるのにイベントの時だけ唐突に現れる障害物。それがあるせいで通れずに、別のルートを進む事を強制されるやつ。ゲームだと樽だとか、壺だとか、あとはどうあっても動くつもりのない人物だとか動物だとかがよく見られる。
実際この場にあるのがそういった物であるならば、ステラもベルナドットも気にせず樽は転がしただろうし壺は最悪割ったかもしれないし、人であるなら強制的にどつき倒してよけたかもしれないし、動物であれば餌を出して場所を移動させたかもしれない。
しかし現実にあるのは乗り越えるには無理がある高さの石材である。ちょっと建物の中に侵入してそこから上の階へ移動して、屋根に移動して、なんて経路を考えたりもしたが建物が潰されている時点できっと中に入っても上に行く事ができなくなっているに違いない。
「折角こっちが関わらなくても済むならそれでいいやって思い始めてたのにこれどうあっても関わってどつき倒せって事よね」
「多分この結界作ったやつはそんな事考えてすらいないだろうけどな」
「いやでもこれ、ゲームだったら結界作ったやつ倒さないと帰れないやつでしょ。どうあってもここから先に行かせる気ないもの」
「ゲームで例えるのもどうかと思うんだけど、そう言われるとそうとしか思えないから困ったものだな」
はは、とベルナドットは笑っているが、その笑いは当然のように乾いたものだった。
「ゲームだったらボス戦で、倒したら帰れるやつね」
「あー、フラグ回収したら障害物が綺麗さっぱり消えて通れるようになるやつ。
……そもそも倒した時点で結界消えるから障害物も何もあったもんじゃないけどな」
そんな事を話しながら視線を巡らせる。ここでじっと結界が消えるのを待つにしても、果たしてどれくらいかかるかもわからないし、正直さっさと帰りたい。だからこそこの結界の中にいるはずの後継者候補だと思われる魔族を探さなければならない。
最初に聞こえた音以外全く何も聞こえてこないせいで、今どこにいるのか二人には皆目見当もつかなかった……が、
「今」
「聞こえたな」
かすかではあるが、確かに聞こえた。悲鳴のような声が。
二人そろって顔を見合わせて、同時に頷く。
そして駆けだしたのも同時であった。
二人がそこへ辿り着いた時に声の主やらがまた移動していたら……と考えたりもしたが、今回はそうではなかったようでちゃんといた。
本来の王都であればアークたちが働いているカフェがある付近、噴水広場と呼ばれるあたりだ。結界の中の風景は大体王都そのものではあるが、違うのは噴水から水が出ていない事だろうか。
いっそ出会い頭に矢でも威嚇射撃の要領で射ってやろうかと思っていたのかベルナドットの手には弓だけではなく矢もあったけれど、その矢が射られる事はなかった。
広場にいたのは結界を作ったであろう相手と、そいつと戦う事を余儀なくされた相手。その二名だけだと思っていたのだが、実際にこの場には他にも人がいたからだ。
「シスター……?」
戸惑うように呟かれたベルナドットの視線の先には、外見からしてそうとしか言いようのない女と、彼女に抱えられるようにしている少女が一人。
そして、シスターが向けている視線の先には何とも形容しがたい化物と、それを従えているであろう人物。
ついでにそこから離れた場所に、いかにも鍛えていて強そうな偉丈夫が一人。
化物連れてる奴が多分元凶だと思うものの、ステラもまたベルナドット同様シスターへ視線を向けて――
「シスターアンジュ!? それに、クラニア!?」
まさかの知り合いに思わず声を上げていた。




