表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら生贄だったので残りの人生好きに生きます  作者: 猫宮蒼
ゲームでいうところの最初の村から町のあたり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/472

絶好の森林浴日和



 ゴンザレスとベルナドットが王都に来たのは春になってからの事。

 前世の暦でいうなれば四月くらいだろうか。

 こちらの世界では季節と何日目、という言い方をするため何月、という概念がないので前世と照らし合わせるにしても本当に一致しているかどうかはわからない。

 そもそも旧暦の暦でいうなら四月ってもう春の終わり頃では……? とも思うのだが、前世は前世で異常気象だのなんだので四季があったにも関わらず季節感? そんなのはただのお飾りですよとばかりの気象だったので、なおの事こちらと照らし合わせようとするのは難しかった。


 そもそもこちらの気候を見るに、前世自分たちが住んでいた国と比べると異なる点が多々あるので前世のノリで同じような認識をしようというのが間違いだったとも言えるのだが。


 それはさておき。

 ゴンザレスもわざわざ会議と言う名の茶番のためだけにグランを呼び出したわけではない。

 本日は店を休業させて、王都近くの森へ素材収集に行く予定だったのだ。

 少し遠出をするならベルナドットと一緒にギアに乗って移動する事になっていたのだが、何せちょっと遠出した初回の結果が山賊退治だ。あれを退治と言っていいかは微妙な所だとしても。


 次に遠出してまた立て続けに何かあったらイヤだし、ちょっと近所で平和的に終わる感じで戻ってきたい。そういう事で王都から出て本当にすぐの所にある森に行く事にしたのだ。

 ちなみにベルナドットは王都で情報収集にあたっている。王都のご近所とも言える外の森ならば、魔物が出たとしてもそう強いものではないし、グランが護衛としてついていけば大丈夫だろうというのがベルナドットの見解だ。それ以前に、ゴンザレス一人でも多分大丈夫なんじゃないかなぁ……という本音があるにはあるのだが、流石に一人にすると何をしでかすかわからないのでグランにはベルナドットに代わりお目付け役を言いつけられた。


 ベルナドットがグランの話を聞いた限り、彼もまたそれなりに面倒見はいい方だと思ったので大丈夫だろう。そもそもギアに咥えられていたにも関わらずそのギアについて深く聞いてこなかったり、何だかんだこちらの事情に巻き込まれてくれている人の好さとかそういう点含めて、ベルナドットはグランの事をそれなりに信用している。責任感も何もない相手であったなら、今頃わざわざこんな茶番に付き合わされたりする前にさっさと王都からも姿を消してどこか遠くの土地に逃げている事だろう。故郷も既に失った冒険者である彼ならば、どこに行こうとそれは自由なのだから。


 王都から外に出て意気揚々と前を行くゴンザレスの背を、グランは一応周囲に気を配りつつ見ていた。

 鼻歌混じりに歩いている彼女は何と言うか隙だらけだ。こんな状態で街道を歩いていたならば、きっと盗賊などに即目を付けられていたに違いない。とはいえ、実際に賊が襲い掛かってきたとしても、彼女なら何か大丈夫そうだなとも思ってしまうのだが。


 グランがベルナドットの代わりにゴンザレスと一緒に森に行く事になったのは、護衛というよりは本当に何かやらかさないようにという意味でのお目付け役の方が重要なのだろう。

 それでも万が一という事があるせいか、グランはそっと腰にある短剣を撫でた。剣は既に使えない状態で、防具らしい防具も正直無い。多少、あまり強くない、どころか弱い魔物の牙やら爪やらを防いでくれる程度の気休めでしかない厚手の服を着ているとはいえ、大変心許ないというのが本音である。

 軽鎧とかあればよかったんだが……いやでもヤルバの魔剣で壊されたからなぁ……新しく新調しようにも所持金に不安しかない。

 こんな状態なので、ギルドの方で仕事をもらおうにもできる仕事は限られてしまっている。そしてそういった仕事は大体報酬も少ないので、折角もらったとしても大体生活するのに消えてしまう。

 そのせいで金が貯まらず、いつまでたっても先に進めない――ある意味負のループに陥ったとも言える。


 実際そうなった冒険者たちがやる事は、駄目元で高額報酬の依頼に挑んで玉砕するか一獲千金狙いでダンジョンに潜るか、現状を嘆き恨んで悪事に手を染めるか、冒険者である事をやめるか――のいずれかになる場合が多い。

 悪事に手を染めた場合はもれなく冒険者としての資格が剥奪されて罪人として捕らえられ処分されるからそちらに転ぶ者はそう多くないとはいえ、次にありがちなのが玉砕覚悟で無茶な依頼を受ける事だ。

 運良く達成できて現状から脱する事ができるのは、本当に極僅か。大半は帰らぬ人となる。


 ゴンザレス曰く、一応こちらの手伝いをするならそれなりに報酬も出すとの事なので、グランにとってそれはギルドの依頼を細々と受けるよりはマシであった。

 素材を集めるにあたって、これに入れてと渡された袋はまさかの魔法の袋であったという事実に目をひん剥きそうになったが、相手が魔技師であるならば理解はできる。

 そもそもこの手の魔法の道具は、職人が作ろうとしてもとんでもなく時間と金がかかる。ダンジョンで入手することもあるにはあるが、そちらは運だ。

 いっそ魔法の袋を目玉商品として売り出せばそれなりに売れるとは思うが、ゴンザレスはあまり大っぴらにそういう活動をする気はないようだし、進言した所で無駄だろう。


 あの時、ヤルバと戦い負ける一歩手前で一度撤退しようとして、這う這うの体で逃げ出して。

 魔剣の前ではただの服も同然でろくな防具もない、武器も壊れた状態で、二人に出会わず逃げ出していたならば。王都の騎士団に目を付けられるような事にはならなかっただろうけれど、しかしきっと心の奥底には後悔だけではない色々な物が澱のように積もりに積もっていずれは潰れていたことだろう。

 故郷がなくなってしまったあの日、勿論幼かった自分に何かが出来たなどとは思っていないが、あれと同じ無力感に苛まれたであろう事は想像できる。

 それを思うと、まぁちょっとどころじゃなく胡散臭い部分もあるが二人に出会えた事は天に感謝すべきなのだろう。そういえば最近はめっきり神に祈りを捧げるなんて事もしなくなっていた。今はまだそこまでの余裕がないけれど、もう少しして余裕ができたなら祈るために教会にいくのもいいかもしれない。



「やー、それにしても王都に来てまだほんの数日だけど、人が多すぎてやっぱあれね。ちょっと外に出て自然一杯の所にくると空気が美味しいってなるわね」

「……そうか?」

「そうよ。それに周囲の目を気にせずのびのびできるってのもいいわね」

「えーっと、言いにくい事なら言わなくていいんだが、故郷で軟禁でもされてたのか? まるで行動を制限されてたみたいな言い方を度々耳にした気がするんだが」

「軟禁っていうか……行動は制限されてたわね。あぁ、別に病弱だからとかそういう理由じゃないわ。貴方が想像するような状況だったらそもそも、三年後に戻るなんて言い出さないでそのまま逃げ出してるでしょ?」


 それは確かに。ゴンザレスの言葉に納得したので、グランはそれ以上何かを問おうとはしなかった。聞かれて困らないのであればきっと彼女は理由も口にした事だろう。けれどそこは言わなかったという事は、きっと聞かれると困る事なのか部外者には事情を言えない案件なのかもしれない。

 今はもう無い故郷の村でも、少しばかり変わった風習があったしそれはあまり外に大っぴらに言うべき事でもなかったので、彼女のこともきっとそういった何かである可能性は高いな、と思ってしまえばぐいぐいと聞きこむのは少しばかり躊躇われた。長い付き合いでもあればまだしも、知り合ってほんの数日程度のグランが踏み込んでいいとは到底思えなかったから。


 森の中をある程度進んで、適当な場所までやって来るとそこでゴンザレスはおもむろに落ちてる木の枝や草花の採取を始めた。それを見てグランも渡された袋に目についた物をとにかく放り込んでいく。時折進むのに邪魔な草や木の枝を短剣で切ってそれらも入れる。食べられるかどうかもわからない木の実もいくつか入れた。多分毒キノコと思しき物もあったがそれも入れる。何というか、使い道がなさそうな物であっても彼女なら自分には思いもつかない発想で何とかしそうな気がしたからだ。


 魔法の袋は通常の袋と比べると圧倒的な容量を誇り、なおかつ重さも感じないためグランは下手をすればここいら一帯根こそぎ取り尽くしそうだな……と思いながらも作業していく。流石に木を一本まるっと引っこ抜いて入れる、なんて事はできないが、例えば倒木などがあった場合はするっと袋に入るだろう。

 嵐などで崩れた山道で倒木や砂利、泥などを回収するのも魔法の袋があればかなり楽に作業が終わりそうだ。川の水を汲んで、水不足の土地にもっていくという方法だってある。

 だがしかし、ダンジョンで時折見つかる程度の魔法の袋は大体そういった使い道よりも、基本的には貴族や富豪が財産を隠し持つのに使ったり、冒険者たちが食料や薬を詰め込みつつダンジョンのお宝を入れるのに使われる。

 決してこんな見た所何の値打ちもないであろう雑草を突っ込んだりはしないだろう。


「なぁ、本当にこんなんで俺に手伝いの報酬とかくれんのか?」

「なぁに? 一体何の心配? ちゃんと出すわよだからとりあえず目についたやつは手あたり次第入れちゃっ」

「どうした」


 不自然に言葉が途切れたので、思わずそちらに視線を向ける。

 ゴンザレスは何かを見つけたのか、じっとある一点を凝視したまま動きを止めていた。


「ベルくんがいない事がこんなに残念だなんて思うとかないわー」

 声を潜めつつもそう呟いたゴンザレスに、何事かと同じようにそちらにグランが視線を向けた。

 やや離れた場所に、大きな鹿がいるのが見えた。角と毛並みがとても立派である。


「……グラン、なんとしてでもあれ、捕まえるわよ」

「は? 本気か?」

「本気よ。だって鹿肉美味しいじゃない」

「……え、そっち?」

 てっきり素材に使うものだとばかり思っていた。角は聞いた話では薬に使う事もあるらしいし、あの毛皮だって加工すればそれなりにいい物が出来上がることだろう。けれどもそこをすっ飛ばしてゴンザレスが目を付けているのは肉である。

「そりゃ角や毛皮もあればいいなとは思うけど。毎回王都で食材購入するとなると買うもの偏っちゃうし。ベルくんだって割と文句言わずに出された物食べるけど、たまにはがっつりお肉の日があってもいいと思うのよね」

「まぁ、確かに肉はがっつり大量に食べたいって気持ちはわかるが……」

「よし、それじゃ決まりね。私はあっちから追い込みかけるから、グラン、上手くやってちょうだい」

「ちょ、おい」


 言うなり足音すら立てずに移動していったゴンザレスを止める間は一切なく、グランは流石に無理があるんじゃないかと思いながらもどうにか鹿を挟み撃ちにできそうな場所へ気配と足音を極力消して動き出した。

 鹿を仕留めるにしても、弓なんてものはないしあるのは短剣だけだ。鹿のような見た目の魔物と戦った事はあるけれど、あれは普通の鹿だ。恐らく魔物と違って逃げるだろう。

 それを、追いかけて仕留める……? 短剣で仕留めるにしたって、下手をすれば逃げようとした鹿の突進を食らう確率の方が高い。

 追い込みをかけて捕獲するにしても、グランとゴンザレスだけというのは人数的にも心許ない。

 ヤルバや、かつての冒険者仲間たちがいたならば。ふとそんな事を考えて、グランは浮かんでしまったその考えを振り払うように頭を振った。やめよう。いなくなってしまった者の事を思うのはともかく、もしいてくれたら、なんてことを考えるのは不毛でしかない。


 余計な事を考えている暇があるなら身体を動かした方がマシ、と考えてグランは短剣を鞘から引き抜く。

 それとほぼ同時にゴンザレスの存在に気付いたであろう鹿が動き出す。逃げようとするその鹿の凄まじいスタートダッシュは、グランがそっと身を潜めていた木々のすぐ近くにあっという間に迫って来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ