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転生したら生贄だったので残りの人生好きに生きます  作者: 猫宮蒼
ゲームでいうところの中盤から終盤にかけてのスキップできないやたら長い強制イベント

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ご注文の詠唱をどうぞ



 夏の終わりにやってくる嵐が過ぎ去って、そうなると今度はからっとしたいい天気が続く。

 見上げて、雲一つない快晴。洗濯物がよく乾きそうだとすら思えるが、しかし空の青さは夏の時とはまた少し違う色で。空の色が、空気の匂いが、夏が終わり秋になったのだと告げていた。


 とはいえ秋になれば王都で行われるのは収穫祭だ。

 嵐が過ぎ去ってようやく準備ができるものでもあるので、ここからは収穫祭に向けて準備で忙しく駆け回る者、浮ついた空気につられてはしゃぎだす者と様々だ。


 去年のあの店、今年もまたやってくれるかしら?

 去年あの店のやつ食べ損ねたから今年こそは!

 毎年やってるあのお店、去年新商品だしたらしいよ。今年も楽しみね。


 そんな話がチラホラと聞こえてくる。


 食料品関係の店の話も尽きないが、それ以外の店も話題に出てくるので人通りの多い所でぼーっと立ってるだけでも結構色々な話が聞けるが、流石に邪魔になるのでいつまでもそこにいるわけにもいかない。

 ゴンザレスは今年の出店として与えられたスペースを確認すると、すぐさま引き返していった。



「――というわけで準備期間だけど、どうする今年」

 既に準備期間に入り、早い所だともう出店の枠組みとか作っちゃってたりするのだがゴンザレスたちは未だ何も準備していなかった。

 それどころかゴンザレスのこの言葉からわかるように、まだ何の店をするかも決まっていない。


 数日前に話し合ったものの、とっ散らかりすぎて結局何も決まっていないのだ。

 普通ならここらでそろそろ食料であれば材料の調達をしていないと危ないし、それ以外であってもある程度売る商品の確保ができていないと厳しいレベル。


 ごった煮のリビングに集まっていた一同の中で、はい、と手を上げたのはアッシュだった。


「去年と同じってわけにはいかないんですか?」

「クレープはもう私たちの手を離れたの。ほら、あの後オープンしたお店が今年は出店の方でもやるって」

「クレープ屋がクレープを? 本店あるのに?」

「そうね。何でも期間限定で売り出してたメニューを出店の方で一時的に復活させるとかって話よ。それならまた食べたいと思ってたあの味が! って事で来るお客さんはいるでしょ」


「期間限定とか復刻とか心揺さぶられるワードではあるな」


 風邪もすっかりよくなったベルナドットが遠い目をしながらも言う。


「肉とかそっち系は割と客入りが確定してそうだが?」


 クノップの疑問に、しかしゴンザレスは首を横に振った。


「そうね、皆お肉大好きだものね。美味しければ売れるわ。けど、肉関係の店って大体昔からやってるところとかあるから新規参入するとなると、ちょっと難しいわね。うちの店だけの特色、みたいなのがあれば別だろうけど」

 前世のあれやこれやを引っ張ってくればできない事もないが、いかんせんそれでも厳しいものがある。

 あと今後のご近所づきあいを考えるとパワーバランス崩すようなのは流石にちょっと避けたい。


「ちなみに今年の私たちに割り振られたスペースの隣なんだけど」

 その言葉に一部がすっと姿勢を正す。

「クレープと串焼きなのよね」


 ゴンザレスがクレープをやらないと言った理由はよくわかった。流石にクレープ屋の隣で同じくクレープを売り出すとなると、微妙なところだ。

 こちらが元祖と言い張れない事もないけれど、現状クレープといえば今はあの店、という風になっている。別にクレープ店とそもそも争う必要もないし、下手に相手の客を奪う真似をする必要もない。となればクレープ以外のものになるのは当然の流れでもあった。


 ついでに肉とかそっち系も微妙な反応だったのもハッキリした。隣同士の出店で客を奪い合うとなると、何か最終的に面倒な事になりそうな気がする。せめて離れていればまだどうにかなりそうなものなのだが。


「だからね、今年は私たち、飲み物とかにしようかしらって思い始めてるんだけどどうかしら?」

「飲み物か……いやまぁ構わないけど、具体的に何の飲み物を? まさか酒か?」


 去年は少々様子見の部分もあったが、今年はある程度どういう店が並ぶかを把握している。何だかんだごった煮で取り扱っている酒の種類もそれなりにあるし、いくつかのレシピは他の錬金術師に流したとはいえそれでもごった煮でも未だに限られた時間ではあるが売っているので、普段買おうとしても買えない人向けでやるのだろうか、と思ったからこそベルナドットは確認していた。


「隣が串焼きだからそりゃセットでお酒買ってってくれそうな人はいるでしょうけど、お酒はやめておくわ。今年ね、出店じゃなくて酒場の方がかなり力入れてるらしくて」

 特に以前レシピ教えた錬金術師の人、と告げるとベルナドットは「あぁ、あの」で大体納得したようだ。

 それ以外でわかったような顔をしていたのはザッシュくらいで、他はわかってないけど知らないままでも問題ない話題なんだろうなと思ったらしく、特に突っ込んで聞いてくるでもない。


「正直去年のクレープは忙しすぎて大変だったから、今年はもうちょっと楽したいなって思ってね? 私なりに考えたのよ。で、こちらがその機材です」

 アイテムボックスからドン、と取り出したそれをテーブルの上に置く。

 え、何これ、とばかりに見ている一同の中で、ベルナドットだけは何となくそれに見覚えがあった。


 あっ、これ、コンビニで見た記憶あるな……いやでもちょっと大きくないか?

 そんな顔である。


「センセ、これ何ですか」

「ボタン一つで飲み物出てくるやつ」


 ティアの質問にゴンザレスはとても身も蓋も無い感じで答えた。せめてもうちょっとこう、さぁ……とベルナドットは思ったものの、じゃあ正式名称を答えてみようかベルくん、なんて言われたら困るのでベルナドットは何も言わなかった。

 前世のコンビニでこれと似たの見た事あるとか言っても通じるのはゴンザレスだけだろうし、正式名称など知らないのでやはりゴンザレスと似たような答えになるだろう事もわかりきっているので。


「水の魔石内蔵されてるから、事前に魔力注いでおけば特に問題ないでしょ。で、こっちの裏側に――」

 機材の裏側、まるで小さな動物が入り込めそうな扉のようになっている部分を開けると、ゴンザレスはそこに粉末のコーンスープの素をざーっと流し込んだ。そして扉を閉める。


「で、カップここにセットして、ボタン押すと」

「スープになって出てくるわけだな」

「そういう事、はい」

 実践で出しただけなので飲むつもりはないのだろうゴンザレスが、コーンスープの入ったカップをザッシュに押し付ける。ザッシュは文句も言わずそれに息を吹きかけて冷ましつつ飲み始めた。


「あち、ん、でもスープとか粉末のやつ今まで散々売ってきただろ。何か凄い今更感あるんだぞ」

「はー、これだから雑種は。今のはあくまでも一例で、裏に他にも粉入れる場所あるでしょ。こことかここにも」

「つまり、他の種類も出せると」

「そういう事。スープだけじゃないわ。コーヒーと紅茶も可能よ」


 言いつつゴンザレスはスープの素を入れた所とは別の場所に粉末状にしたコーヒーを入れる。

 そしてカップをセットし――いくつかのボタンを押した。


「うわ、こいつ普通にコーヒーだすかと思いきや……」

「ふふふ、そうよ。ブラックコーヒーとか苦いしそんな頻繁に飲みたいものでもないから今回はミルク入れてカフェラテにしたわ。ちなみにこっちがシロップ、こっちがミルクのボタンね。

 でも私今飲みたいのカフェラテじゃなくてミルクティーだからこっちにしとくわ」


 カフェラテのカップをよけてから、新しいカップをセットする。コーヒーを入れたついでに密かに紅茶も別の箇所に入れてセットしておいたので、ボタンを押せばミルクがふんだんに入った紅茶が注がれて、ふわりと甘い香りが漂った。しかしそれもすぐにコーヒーの匂いにかき消される。


 ベルナドットは押し付けられたカフェオレを飲みつつ、何となくテーブルに置かれた機材の裏側を見るべく回り込んでみる。

 正面から見るととてもコンビニで見たやつに似てるのに、後ろから見ると全然違う。

 まぁ、コンビニのコーヒーとか淹れてくれるやつはそういやもうちょっとスマートな感じがしていたし、そもそもあれはあくまでもコーヒーに特化している。それ以外で出てくるのは精々ミルクくらいだ。スープとか出てくるとなるとそれはもう見た目が似てるだけでも凄いのでは? という気がしてくる。

 どちらかというとファミレスとかにあるドリンクバーのやつに似せて作った方が良かったのではなかろうか、とは思ったが、見た目的にこっちの方が何となく設置された時に見栄えがいいような気がした。


 先程からゴンザレスがスープの素だとかを入れていた場所を見ると、思っているより数があった。

 正面側にいるゴンザレスが、こっちのランプが点灯したら魔力切れだから、このパネルに指つけて魔力注いでねだとか、こっちのランプがついたら裏側に回って粉末追加してねだとかの説明をしている。

 そうしてベルナドットも裏側から正面へと戻ってくる。

 よく見ればボタンの所は粉末を入れた所と連動しているのか、うっすら文字が表示されていた。スープ、コーヒー、紅茶、と記されているので、よく見て操作すれば間違う事もなさそうだ。

 更にはシロップ用のボタンやらミルク用のボタンもあり、押す場所を間違えさえしなければ誰がやっても同じ物が出てくるというのであれば、成程確かにこれは楽ができる。


「まぁでも、ただボタン押して飲み物提供するだけじゃ芸がないわね。クリームとかも用意してフラペチーノみたいなやつも出しちゃう?」

「呪文唱えるタイプの注文はやめようぜ。正直俺が覚えられる気がしない」


「呪文、ですか?」


 首を傾げているルークには悪いが、下手に説明して妙なやる気を出されても嫌なので申し訳ないがそこはスルーした。かわりに、別の言葉を続ける。


「去年のクレープみたいにベアトたちがメニューコンプしようとしたらとんでもない事になるぞ」

 そんな事したら絶対お腹ちゃぽちゃぽになるんだからな。

 暗にそう言えば、ゴンザレスもまさかメニューコンプとかそんな、と言おうとしたもののそもそも去年という実績が既に存在する。ない、と断言はできなかった。むしろやらかしかねないし、後日こういう組み合わせも有りだったのでは? なんて突撃かけられても困ると思ったのだろう。

 ベアトがやらなきゃリーネかイルギスがやらかす予感しかしない。


「そもそも俺は仮に覚えられてもトールチャイティーラテオールミルクとかそこら辺が限界だぞ」

 正直それ以上長いやつは聞いても覚えられる気がしない。真顔でキッパリと宣言する。


 ベルナドットのかなり本気な宣言に、ゴンザレスも思うところがあったのだろう。


「そうね……確かに私もトールキャラメルスチーマーウィズホワイトモカシロップウィズエクストラホイップクリームとか、ベンティバニラクリームフラペチーノノンバニラアドホワイトモカシロップアドヘーゼルナッツシロップウィズチョコレートチップウィズチョコレートソースエクストラホイップブラベミルクとか美味しいからって言われて試しに注文したけど、ぶっちゃけ注文するのが面倒になって二度目はなかったわね……」

 深刻そうな表情で言われ、思わず「なんて?」と聞き返しそうになる。

 いや、わかっている。わかっているのだそれが某コーヒーチェーン店での注文呪文だという事は。

 むしろ前世で一回しか注文してないくせによく覚えてるな、と言いたい。いや、多分注文する前に事前に何度か注文するときのシミュレーションをしていたのかもしれない。

 でも正直一度口に出したら確かに長いし何度も口に出して言うには疲れるセリフである。いや、よっぽど好みに合えばベルナドットの場合それを唱える事すら苦にならないとは思うが……それは頼む側であって、注文を聞く側からすれば一言たりとも聞き逃せないやつなのでは。


 ふと見ればティアもルークもアッシュも何を言っていたのかわからないという顔をしているし、クノップもザッシュも「え、それ何の呪文?」とか言いそうな顔をしている。

 ギアに至っては「今何か唱えた?」とか言いかけて口を噤んだ。


「わかったわ……そこら辺流行らすと貴族の皆様がこぞってめっちゃ長い詠唱注文すると思ったんだけど、それはやめときましょう。社交界のブームがいかに長い詠唱注文をするかとかになったら洒落にならないものね」

「使用人が泣くからやめてやれ」


 割と本当に起こりそうな未来予想図なのが怖い。一度で覚えられない使用人の首が飛ぶような事になったら色んな意味で申し訳ないので、ゴンザレスとベルナドットはお互いに目配せしてそっと今の発言を無かった事にした。この場にいるメンバーにしっかり聞かれているけれども。

 聞かれているけれども全員の頭上に「?」みたいな感じでハテナマークが浮かんでいるのが見えた気がしたのでセーフセーフ。


「とりあえずトッピングは……ホイップクリームとソース……うぅん、ソース、そうねそのあたりにしときましょうか。あまり増やしたら面倒な事になりそうだし」

 楽がしたいと言っていたくせにあれこれ増やして結局大変な事になるのであれば意味がない。

 確かに飲み物はボタン押したら出てくる状態だしとても楽だが、それ以外の部分にちょっと人の手を加えて、とするにしてもやりすぎると結局本末転倒である。


「……ところで収穫祭、これでいっていいのかしら?」

 ベルナドットは反対する要素もないので頷いたし、他のメンバーも何が何だかわかっていない部分が若干ありそうではあったが、否定するつもりはないらしい。


「じゃ、他にやる事は……カップとストローの製造を錬金術でひたすら作るのと、ホイップクリームの用意かしらね。コーヒーも豆入荷してそれを延々挽いたりしないとだし」

「あぁ、カップとかないと話にならないもんな」


 しかしどれくらいの数を用意すればいいのか……去年のクレープの時の事を思い返すと、今年もそれなりに客が来るだろうとは思う。

「ま、余ったら余ったでその時はその時よ。足りないよりは余る方がマシ、ってね」


 確かに途中で足りなくなって慌てて用意するよりは、事前に余裕をもって用意できる物はしておいた方がいいのはわかる。

 わかるのだが……


 錬金術で用意する道具の数を想像してルークとアッシュは早々に死んだような目をしていたし、コーヒー豆を延々挽く作業を想像した錬金術が使えない面々もまた「うわぁ」とでも言いそうな表情をしていた。

 手伝いという言葉にウキウキしているのは去年そういったものとは無縁であったギアくらいなものである。

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