まるで闇鍋みたいな家
賢いのは竜だから。
そんな認識でいたけれど、前世の記憶どころかそれ以前の記憶も持ち合わせているのであればそりゃ賢いのは当然だ。ゴンザレスは割と簡単に納得した。
ゴンザレスとベルナドットは前世の記憶を持っているけれど、それはあくまでも別の世界での記憶だ。
けれどもギアは。
彼はずっとこの世界で存在し続けている。であれば、この世界の常識を最初から知った状態で次の人生……竜生か? ともあれ、強くてニューゲームを続けている状態でもある。
世界の常識を把握しているので、生まれて早々知識や理解が足りずにおかしなことをしでかすという事も回を重ねればなくなっていく。自分のやるべき事を理解しているならば、転生したところでそれは単純に身体だけが新しくなっただけで転生そのものに意味はないのかもしれない。
生まれたばかりの仔竜だと思いきや中身はとんでもなくおじいちゃん――おばあちゃんであった事もあるかもしれない――となれば、そりゃ賢くて当然である。
かつてベルナドットがギアを処分しようとした時、彼の言葉を聞いて動かずじっと待っていたアレは死んでもまた転生すると理解しているからか、それとも何かちっぽけな人間のやる事だし、と大目に見られたかのどちらだろう? そんな疑問が浮かんだが流石に本人にそこを聞くのは何となく躊躇われた。
どういう答えが返ってきても多分ベルナドットの心が折れそう。
なんだかんだ二人の移動手段となってくれているのも、もしかしたら長い人生ちょっとくらい暇を潰すのにはまぁいいか、とか思っているからかもしれない。
いや、その割にはちょっと懐き具合がとんでもないような気がするけれども。
「それで、魔王の次期後継者に追われてる、だったか? なんでまた……ギア、あんた何かやったか?」
オレンジジュースだけなのもどうかと思い始めて茶菓子にクッキーを出したらそれをもっもっと食べ始めたギアに、ベルナドットは同じくクッキーに手を付け始めたザッシュを見て皿の上にクッキーを追加した。多分あと二分以内に食べつくされる。
「んーん、特に何もしてないよ。ちゃんと森の奥に隠れて王都の人間にも見られてないし、ボクがいるっていうのを知ってるのはそこまでいないはず」
「何もしてないのに狙われるの?」
たまたま遭遇して魂美味しそうだから、とかいう理由で狙われているゴンザレスも似たようなものではあるが、そちらはまだわからなくもない。けれどもギアは。竜、というだけで狙うには理由が微妙だし、そうなると竜王の転生体という部分が問題なのだろうか?
「それ以前にギアの話し方それ素?」
「一応見た目に寄せてるよ。だってこの見た目でわし、とかじゃろ? とかそういう口調なのも変に目立つでしょ?」
「なんとかなのじゃ、とか語尾がのじゃ口調のロリっ子とか割ともうメジャーな気もするから、じゃろショタであっても別に……とは思うけど王都の中だと確かに目立つわね」
そもそも前世のゲームとか漫画とか二次元のキャラが飽和する勢いで個性の殴り合いしまくるキャラばかり増えてたから、もう何が来ても驚かない。身内にそういうのがいたら多少は考えるけれど、他人で個性が爆発してるようなのであれば何かもうどうでもいいかな、というのがゴンザレスの見解である。
むしろギアは思った以上に考えている。何度も転生繰り返してるとそういう思慮深さとか常識とか世間に紛れるのに目立たない立ち居振る舞いとかを当然のように搭載しているものなのか……感心すると同時に、ギアが竜としての基準だと思わなくて良かったとも思う。
ギアが普通の竜としての基準なのだと思っていたら、他の場所で別の竜に遭遇した時にまず間違いなく痛い目を見るからだ。
「その、竜王というのはそもそも魔族側からすれば何をしでかすかわからない存在なんだ。味方に回ればとても心強いけれど、敵に回れば厄介極まりない。
王都では今次期後継者を決める戦いの真っ最中、そこに竜王がいるという情報が広まれば、何とかして自分の陣営に引き込もうと考える者も出てくる、はずだ」
控えめにクノップが告げる。
「あぁ、そういや何か昔の伝承とかで後継者としての実力もないわけじゃないけどいまいちパッとしない奴に竜王が手を貸した結果、劣勢だった状況が一転して、みたいな話あったな。
逆に次期後継者として最も有力だと謳われていた奴が竜王と敵対した結果ボロボロになって負けたとかって話も。
……竜王の参戦拒否れよ、って思ってたけどアレか。味方になれば一発逆転するくらいのポテンシャル秘めてるならそりゃ参加禁止にするより味方に引き込もうって考えるよなぁ」
クノップの言葉にザッシュも竜王に関する事を思い出したようだ。
「雑種はそういえばギアの事気付いてたの?」
「まぁな。けど下手な事言って自分の首絞めるのはごめんだし、オマエラは知ってるんだか知らないんだか、みたいな態度だったから黙る事にしただけだぞ」
「……雑種も案外考えてるのねぇ」
「オマエはオレサマの事をもうちょっと評価するべきだと思うんだぞ」
「日頃の行いってやつかしらね」
ぶぅ、と唇を尖らせて言ってみるが、ゴンザレスはいかにも作り笑いですという笑顔を浮かべただけだった。実際ゴンザレスの今までの記憶からザッシュの事を思い返してみても、毛玉時代の何かとりあえず食い意地張ってる部分しか記憶にないのだ。人型になってからはそれなりに役に立つようになっているけれど、それでもエンゲル係数的な意味での評価は変わっていない。
正直食い意地張った食いしん坊キャラがゴンザレスの中では定着しているので、ちょっとやそっとの活躍程度では多分その認識は覆らないだろう。
「でも雑種が気付いてるって事は、じゃあ、その、他の魔族が見てもすぐにわかるって事?」
「魔族の大半は魂を視覚で認識できる者が多いからな。それができない者であっても気配が他の竜とは違うと気付けばそこから竜王であるとわかる」
クノップの言葉になるほど、と頷いて、ふと思い出す。
そういえば以前グランと沼地の方まで素材集めに行った時にクロノと遭遇して、その時にギアを見ていたけれど、彼もまたその時点で気付いていたのだろう。
メアはどうだっただろうか。とはいえ彼女は何かに気付いたとしてもそれをあまり表に出すような感じではないが、恐らく気付いていたと思われる。
「……その話が事実なら、私たちよく巻き込まれてないわね?」
後継者争いそのものに巻き込まれていないわけではないのだが、ギアと繋がりがあるという事は知られていないのだろう。もしそれを知られているのであれば、今頃知り合いが増えてそれとなく探りの一つや二つは入れられているはずだ。
メアやクロノはそもそも魔王に興味がないと宣言していたし、だからこそ目にしても何も言わず、また他に言う事もなかった。ただそれだけの話だ。
「でも、何故今更になって? どこかで目撃されてしまった、にしても最近はベルさんがギアに乗って出かけた場所も人が来ないような場所でしたし……そちらに参加者がいたとは考えにくいのですよね」
こてん、と首を傾げてティアがのたまった。
確かに目撃されたにしても何故今、という気持ちはある。例えばモアナスタットへ行った時、例えばリピスウルブスへ行った時、そういう時に目撃されていて、というのであればわからなくもないのだ。
けれども、そこで目撃されていたにしてはギアが狙われる時期がおかしい。
まるで誰かが意図的に情報を流したような……
とはいえ誰が、というのを考えたところで答えが出るわけもない。
少なくともゴンザレスが知る限りの魔族の知り合いではなさそうだとは思う。
「困るのは、魂を視覚で認識できる連中ばかりだからこうして人の姿になってもあまり誤魔化せないって事なんだよね。ま、そこら辺はそこの女神様が手を貸してくれればどうにかなるとは思うんだけど」
「……認識阻害の術を魂に直接かけろ、という事ですの? まぁ、わたしくらいの女神からすればそりゃできますけれども……ですが、気付かれる時は気付かれますわよ?」
「だろうねぇ。雑魚ならともかく現時点で生き残ってる最有力候補あたりにはあっさり見破られそう。ま、でも、今の所は素材集めに積極的にあちこち出かけるって感じでもなさそうだし、しばらく姿を隠せばどうにかなるかなって。
だから、ね? 匿ってくれるとうれしいなぁ」
きゃるん、とかいう効果音がつきそうな感じのあざとい表情でこちらを見上げてきたギアに、この竜王今の外見がどう見られてるかよく把握してるなと感心する。幼子が親に何かをねだる時に媚びを売るような、そういったものとは全く違う。ギアは今人の形をしている自分という存在が、どういう表情をどういう仕草とともにすればいいのかを熟知しているようであった。
あざとい、とは思うがそれがあまりにも露骨というわけでもない。見ているこちらが逆にイラっとするレベルに至らない程度のギリギリゾーンを攻めている。
成程、これは確かに転生でもしてないと即座にできない芸当だわ……割とどうでもいい部分でそんな風に納得した。
「気付かれたのはねぇ、多分あれかなっていう心当たりはあるんだよ」
「普通それ先に言わない?」
「うん、でもあの時はちょっとお腹空いてたし」
「ん?」
「王都の周辺に何を思ったか使い魔なんて一杯呼び寄せてたから、これはもしかしたら無関係の人間も巻き込まれちゃうかもしれないぞ、って思ったら食べてたよね。使い魔」
「うん?」
「その後に何か確認するみたいに魔物召喚してけしかけて来た奴もいたから、多分その時点で存在を知られたなぁって」
「その、けしかけてきた奴って?」
「わかんない。気配はしたけど直接見たわけじゃないからねぇ」
そういや一時期何食べたのか知らないけどやたらむっちりつやつやしてた時があったなと思い出す。もしかして、その時の事だろうか。
「でも、だとしても、ちょっとタイミングがおかしくない? その以前確認に来た奴が仲間率いてやってきた、とか部下に命令してとかっていうよりは、あえて後継者間に情報を流布したって言われた方が納得できる感じ」
「まぁ、言われてみるとそんな気もするけど、たまたまって可能性もあるからな」
「そうね。何事にも意味を求め過ぎるのはよくないわね」
何故今、と考えるのは仕方ないが、最悪誰かが情報を流したとかそういった事もなく、このタイミングでうっかりギアが気付かれてしまって、気付いた連中がこぞって、という可能性もある。作為的なものが何一つなく、本当にたまたま、という可能性はゼロではない。
可能性としては低い気がするけれど。
「ともあれ、ギアが狙われてるっていうなら仕方ないわね。匿うのもやぶさかではないわ。森に潜んでもらって、そこで捕まえたい後継者たちと抵抗したいギアとで戦ったら被害がどうなるかさっぱりだし。
けど――今うち、部屋空いてないのよね」
「あ、お家の中に匿ってくれるならボク寝床はそこの床に適当に寝るから大丈夫だよー」
部屋がないからと断るつもりはなかったが、だからといって部屋が増えるわけでもない。誰かの部屋に突っ込むにしても、可能性として高いのはベルナドットの部屋だ。流石にちょっと竜王という存在にビクついているクノップの部屋に入れるわけにもいかないし、ティアは平気そうではあるが見た目少年なので流石に男女で同じ部屋というものどうかと思う。
だからベルナドットに話をつけるつもりだったが、ギアはそこの床でいいとあっさり決めてしまった。
人の形をしていても、人ではないのでベッドで寝るとかそういう部分にこだわりはないのかもしれない。ザッシュも似たようなものだし。
「そうか、オマエもリビングで寝るのか。だがそこのソファは今オレサマの寝床だから譲らないからな」
「え? うんいいよ。気持ち的に何か上にかける布だけもらえれば。あと寝床は硬いのが好み」
気を使っての発言ですらないという事が発覚したが、寝床を奪い合うような事にならずに済んで何よりだろう。それでいいならいいわ、とゴンザレスもあっさり納得した。
「……人間種族に獣魔族に神族、魔族ときてこの家どういう集まり? とか思ってたけど、ここに竜王が加わるのか……ますます混迷を極めてきたな」
ぽつりと呟いたクノップの声は、どこか疲れが滲み出ていた。




