肩書はあくまでも用心棒
騎士団という言葉から何を連想するかはさておき、王都の騎士団は割とフットワークが軽い。
とりわけ、王都の危機に関する事であるならば特に。
自国の危機だというのにぐだぐだと無駄な時間を費やしてロクな対策もとらないような組織じゃないだけマシだが、あまりのフットワークの軽さにベルナドットはひそかにドン引きしていた。
自国の領土で活動していた山賊に関して、騎士団もまた対策を練ってどうにかしようとはしていたものの、やはり彼らの拠点が攻めにくい場所にあったせいで中々討伐しきれなかったとかどうとか。
ギアに乗って王都付近まで戻って来て、ベルナドットは気絶させられたグランを背負い、ゴンザレスは捻じり切ったヤルバの首を布に包んだものを抱え王都へと戻って来た。
そうして詰め所へと足を運び、そこで山賊のカシラの首とともに捏造に捏造を重ねた事の顛末を語ったのだ。
ちなみに捏造した部分はゴンザレスが作った人型の何かとかそこら辺がやらかした事を全部グランの活躍に挿げ替えた。かつて仲間だったらしいヤルバが山賊になり、どうにか正しい道に戻ってほしいと思い単身乗り込んでいったものの、山賊たちとの闘いからのヤルバとのどう足掻いても修正不可な対立。そこからグランがどうにか勝利をおさめたという流れである。
本人が起きていたら流石に全力で否定しそうではあるが、気を失っているのでトントン拍子に話は進んでいった。
ついでに魔剣も騎士団に提出しておいた。こちらはそのままだとまた魔剣の力に魅入られるとかそういう人が出ると困るかと思いつつも、ゴンザレスが粉砕して真っ二つにしておいたのであくまでも証拠品という形での提出だ。
山賊たちのアジトと思しき場所で死に絶えてしまった二人の女性についても弔っておいてほしいと伝えると、その話を聞いた騎士は痛ましげな表情でしかと頷いた。
そして、フットワークの軽すぎた騎士たちは話を聞き終えるとさっさと準備を済ませて山へと向かい、そうしてグランが意識を取り戻した頃には既に騎士たちは山賊たちのアジトがあった山から戻って来ていた。速い。
流石に出発した全員が戻って来たわけではないが、戻って来た騎士の話によるとアジトで死んだ女性の弔いは済ませたらしいし、ゴンザレスが片付けたがグランが倒した事になっている山賊たちも一応弔ってきたらしい。
残党がいる可能性もあるのでまだしばらく油断はできないだろうけれど、王都に関する脅威の一つは消えた。
王都に住む住人からすれば喜ばしい事である。
「いや、俺それ全然喜ばしくないんですけど」
王都の外れ、お世辞にも立派とは言い難いおんぼろ小屋にてグランは半眼のまま呻いた。
いきなり美少女にみぞおちに拳をめり込まされて意識を刈り取られ、目覚めれば山賊を討伐した功労者扱い。後日騎士から褒章が贈られると言われたものの、グランからすれば戸惑いしかない。
「でも私たちが活躍した事にしちゃうと、ほら、山賊のカシラと知り合いっていう貴方は実は山賊一味だった説とかそういう疑いが出てきちゃうから。とはいえ、既にその疑いが軽くかけられてるみたいだけど」
「俺達もあまり変に目立ちたくないしな」
「そうね。ちょっと素材採集に行っただけなのに何でこんなキャライベントの終盤だけ参加したみたいになってるのかしら。解せぬ」
グランともっと前から知り合いで、ヤルバを追っているあたりからの参加であるならば感慨深くもあっただろうに、ヤルバとの決着とかそこら辺もすっ飛ばしている状態である。アニメで言うなら一話からすっ飛ばしていきなり最終話だけ見るようなものだ。
「なぁ、俺騎士団から冒険者としてしばらく王都で活動するような話させられたんだけど、これ下手に王都から出てったらあらぬ疑いかけられるパターンじゃねぇの?」
「だろうなぁ。一応冒険者たちに提供してる家とかポンとここに住んでいいと言われたけど現状見る限りとんでもなくボロ小屋だもんなぁ。ある程度活躍して使えるって思われたらもうちょい家のグレードも上がるとは思うんだけどなー」
ははは、と軽く笑いながら言うベルナドットに、グランは笑い事じゃないんだがなと、とても深い溜息を吐いた。
「まぁ、雨風しのげるだけマシって思えばいいじゃない。冒険者として騎士たちだけじゃ手が回らないような場所の魔物退治以外は当分仕事もなさそうだけど、グランは私が拾ったから当面は私たちの護衛がメインだし」
「いやそれ俺聞いてないんだけど。何で本人の許可すっ飛ばしてるんだ……?」
「えぇっ!? そのために倒れてたの拾ったのに! 適度に扱き使えそうな人材見つけたと思ったのに!」
歯に衣着せぬ物言いに、グランは心底からドン引きしてますという表情を隠す事なく浮かべていた。
「まぁ、なんだ。大体三年くらいだから、その間ちょっと我慢して扱き使われてやってくれ」
「あのな……そもそもお前ら何なんだよ」
気休めにもならないベルナドットの言葉に、グランはどっと疲れが出てきたのかとても今更な疑問を口にしていた。グランはベルナドットと一応ヤルバ関連の話をした時に名前は聞いたが、隣にいる美少女については何も聞かされていないのだ。その傍若無人な物言いから貴族のお嬢様とその付き人かとも思ったのだが。
「あー、俺達は王都から離れたド田舎で暮らしてたんだけど、ちょっと三年ほどこっちで暮らす事にしてな。近々店開く予定なんだ。
改めて名乗るけど、俺はベルナドット。で、こっちが」
「ゴンザレスよ」
「え……?」
「ゴンザレス」
美少女の口からとても似つかわしくない名前が飛び出て思わず聞き返すも、やはりもう一度聞こえてきた名前は変わらなかった。聞き間違いだと信じたかったのに現実に裏切られた気分でグランはゴンザレスと名乗った少女をまじまじと見つめた。親は一体何を思ってこんな美少女に益荒男の如き名を授けてしまったのか……
「ちなみに偽名よ」
「おいっ!?」
「ちょっとした諸事情で本名名乗りたくないから仕方ないわね。でも安心して、ベルくんはちゃんと本名だから」
どこに何を安心すればいいのか。ある種の暴論ともとれる発言にグランは困ったように視線をベルナドットへ向けたが、ベルナドットは真顔で何を言うでもなく無言のままだった。一瞬でも何故そんな名前を……と悶々と悩んだのが無駄だという事だけは理解できた。
「とりあえず当面貴方には私たちが王都の外に素材集めに行く時に護衛としてついてきてもらう事になると思うの。きりきり働いてくれるならこっちもそれなりに支援はするわ。どうせ冒険者になったって言ってもヤルバ絡みでごたごたして、ヤルバ本人が死んだ現状次の目的なんて特にないでしょ? 人生設計立て直すにしても三年程度王都であれこれ学ぶつもりで私たちに手を貸すのはそっちにとっても損はしないと思うわ」
こちらの事情を考慮しているようでしていない発言に、お前に一体何がわかると怒鳴りつけるのは簡単だ。だがしかしグランはそうはしなかった。するだけの気力がなかったというのもあるが、確かに今までヤルバを追いかけて彼を連れ戻す事だけを考えて駆け抜けてきたのだ。しかしヤルバはもういない。新たに冒険者として活動するにしても、ギルドで他の仲間を募るにしてもまだすぐには行動に移れるだけの気力もなかった。
どうせ王都からしばらく離れる事は得策ではないのだからしない方が良さそうだし、それならベルナドットたちに手を貸すのもそう悪い選択肢じゃないんじゃないか。そんな考えが浮かんでしまった時点で――
「そうだな。わかったよ、短い間だが、よろしくしてやるよ」
どこか諦めにも似た感情があったがそれでも。
グランはしぶしぶではあったものの、ゴンザレスの言葉に頷いたのだった。
かくしてこの日、素材収集に行ったつもりが何故だか仲間をゲットするという流れになったのであった。
ちなみに、ベルナドットはそう思っていたものの、ゴンザレスはちゃっかり素材も集めていたらしく、木材やら石材やらといった素材が自宅に戻ってから大量に取り出されていて、一体いつそんなの集める暇があったのかと問い詰める事になるのだが。
それはもう少し後の時間の話だし、更にはゴンザレスにあっさりと一蹴される事になるという事を、当然ベルナドットは知る由もないのである。




