証言二
ぽりぽりと煮干しをかじる音が響く。
お前腹減ってたのか……と言いたくなるくらいの食べっぷりだった。
皿の上にこんもりと盛られていた煮干しがあっという間に消える。
そうして次にザッシュが手を伸ばしたのは当然牛乳だった。コップに注がれたわけではなく、少し深めの皿だ。恐らくはつい毛玉の時と同じ感覚で出したんだろうなと思ったが、ザッシュは気にする事もなく皿を掴むとそのままぐいっと牛乳を呷った。
酒の入った杯かな? というくらいの飲みっぷりを披露して、牛乳もあっという間に飲み干す。
「正直元の姿に戻ったとはいえこっちの姿だと燃費が悪いんだ」
「あの姿でも同じでしょうに」
「まぁ、あっちの方が色々と抑えられるのは確かだぞ」
呆れたようなティアの言葉に、やや気まずそうにこたえる。
「あっちが本当の姿とかじゃなくて?」
「違う。こっちが本来の姿なんだぞ。お前らオレサマを何だと思ってるんだ」
「毛玉」
「畜生」
口元を手の甲でぐいっと拭うようにしながらも問いかけると、ベルナドットとゴンザレスがほぼノータイムで即答してくる。返答内容に思わず口元を引きつらせた。
「あの、先生? 流石にそれはちょっと、いえ、確かに普段の様子を見てると畜生と言いたくなる気持ちも理解できるのですが。
彼は獣魔族と呼ばれる種族です」
流石にこのままだとまたザッシュが床の上でじたばた暴れるとでも思ったのか、ティアがそっと告げてくる。
モアナスタットで魔獣扱いだったけれど、どうやら似て異なるものだったようだ。
「獣魔族、ねぇ」
その存在を知らないわけではない。メルディアも確かそうだった。
「で、だったらなんでケモミミとシッポがないのよ」
知ってる獣魔族がメルディアだけなので、どうしても彼女を基準にしてしまう。
「目立つだろ。獣人種族が普通に闊歩してるようなとこならまだしも、こっちじゃ滅多に見かけない。そんなところで耳もシッポもそのままじゃ目立つ。なら、隠す。当然の流れだ」
「メルディアは帽子とかコートとかで見えないようにしてただけだったな、そういや」
「あぁ、あいつか……」
ベルナドットがぽつりと呟いた名をザッシュも知ってはいたのだろう。
「獣魔族ってのは普通の魔族と比べると魔力量が少ないし、魔術の扱いも上手いわけじゃない。それが一般的な認識だ。魔族の中では。
でも、獣魔族全てが魔術の扱いが苦手ってわけじゃない。オレサマはそこそこ得意だった。あいつは下手だった。それだけの話だぜ」
なんて事のないように言われ、納得する。
確かに種族全体で苦手だと言われても、中にはそれが得意な者がいてもおかしくはない。とはいえいたとしてもそれらはごく少数なのだろう。
例えるならば、弓が得意とされているエルフの中で弓の扱いが下手な者だとか、酒が好きなドワーフの中にいて下戸なドワーフとか。これは方向性が真逆だが、同族の中でも場合によっては異端扱いされかねない。
「主と従者、それで次期後継者を決める戦いに参加する。全員が後継者を目指すわけじゃないだろうけど、それでも誰だって面倒な立場に落ちたくはない。思惑があったとしても、後継者になれないなら有力候補に擦り寄ろうだとか、とりあえずそこそこいい立場を掴もうとする。
一族総出で足の引っ張り合い争いって言ったら身も蓋もないけどな」
「そこら辺は前に聞いたわ」
身内同士である程度邪魔なのを排除したら、次は他の親類へ攻撃を仕掛けたりだとか、手を組んだりだとか。最初に身近な邪魔者を排除するのは、そういった者を残したまま他と手を組もうとしても自分の周辺を片付ける事もできない無能と思われるのを避けるためかもしれない。自分の周辺を片付けて、それでようやく周囲にある程度実力を認めさせる事になるのだろう。
ある意味で周囲が敵だらけという状況であれば、余程実力に自信のある者以外は自分より弱い奴と手を組もうだなどとは思わないだろうし、仮に弱い奴と手を組むというのであればそれは……ほぼ利用する目的だろう。
「獣魔族は基本的に格下とみられる。主に選ばれる事はない。けれども従者に選ばれる事は主次第で有り得る。
それ以外の獣魔族はこの戦いに参戦して力を示す事を許されている。ただし単独。オレサマも強い奴を倒して認められれば、というか全員倒せば獣魔族初の魔王になれるはず……だったんだけどなぁ」
「その言い方からすると返り討ちにあったのね」
「ぐっ、遠慮も何もねー言い方……」
「しかも自分の実力を過信して身の程知らずにも格上に挑んで呆気なく負けた感じね」
「お前あの時いなかったよな!? なんで見てきたかのよーに言うんだよぉ!?」
「よくある話だもの」
バトル物作品だと割とよくある話だ。噛ませポジションは大体そういう扱い。
「それで? その負けた相手ってのが」
「そうだぞレェテだ!!」
ザッシュは観念したかのように叫んだ。ここまでずばずば言われたら恐らく負けた相手の事も当てられそうだったので、その前に自ら白状した方が心のダメージは少ないと踏んだがどっちにしても心は痛い。
「だからベルくん見て威嚇してたのね」
「完全な八つ当たりウケる」
最初の頃地味に俺動物に嫌われる性質なのかな、とかちょっとだけ思った事もあったベルナドットは生温い笑みを浮かべていた。
ザッシュとてベルナドットに八つ当たりをしているという自覚は少なからず持っていた。
けれども、あっさりと敗北させられた相手と全く同じ顔をした相手がいきなり近くにいてみろ。とどめを刺しにきたのかと思って警戒しても仕方がないし、別人だと判断しても中々割り切れるものではない。別人だと割り切れるまで正直顔を見るたびに驚いていたのだ。威嚇したって仕方がない。
「でも、彼にやられた人も結構いますのよ」
「えっ!? 意気揚々と初っ端から一番挑んじゃヤバい相手に挑んで返り討ちにあったとかじゃないの!?」
「流石のオレサマもそこまで考え無しじゃねーよ」
むしろそこまで馬鹿だと思われてたのか……とちょっとへこむ。
「成程、むしろ順調に勝って調子に乗ったやつね」
「そうだけど言い方ァ……」
事実なので言い返そうにも言い返せない。
「実力的にはあいつもあいつの主も相当上で、魔王になれるだろう有力候補の中でも最有力とか言われてたから、そいつを倒せば他の連中も敵じゃないと思ったんだ。実際はオレサマ顔も見た事なかったから、レェテの方が主だと思って襲い掛かったはいいけど返り討ちにあうし、命辛々逃げるしかできなかったんだぞ……」
「ふーん」
あっさりとした相槌を打ちつつも、ゴンザレスはレェテの事を思い返してみる。
確かに結界の中に引き込まれたけど返り討ちにしてるし、その際特に怪我をした様子もなかった。それどころかアークが攻撃を仕掛けようとしても全く歯牙にもかけていなかった事から、強いというのは確かだ。ザッシュがどれくらい強いかは知らないが、毛玉だった状態でモアナスタットへ素材集めに出かけた時に魔物相手に戦ってたのを見るに、こちらも弱いわけではない。あの時点では本調子でなかったというのを考えても、それでもじゃあ万全の状態だったとしてレェテと戦って勝てるかと問われれば、全く勝てるような気がしないというのがゴンザレスの見解だが。
不意打ち仕掛けて運が良ければ一撃食らわせるくらいはできそうだけど、じゃあその一撃で勝敗を付ける事ができるかと問われると無理だなと思ってしまう。
成程、そうやって考えれば、あの時点でゴンザレスは見逃すと言っていたのに首を突っ込もうとしたのを見ればザッシュ視点で「あ、死んだ」と思っても仕方のない事だ。そりゃあ抱えてでも逃げ出そうとする。
毛玉の姿ではゴンザレスを乗せて運ぶのは無理があるので、戻れる状態になっていたから人型へと転じたというわけか。
「それはそうと、あんた毛玉だった時と微妙にカラーリング違わない? 毛玉の時はキジトラっぽい模様だってあったし、目の色だって違ったじゃない。そのせいで余計に同一人物って気付けなかったんだけど」
「オレサマも別に色を意識して変えてるわけじゃないからそこは知らないぜ」
メルディアだって耳とか尻尾とか見て、特徴一致してたというのに……そんな思いを込めてみたが、ザッシュはそんな事言われてもと実際に困っているのだろう。眉がへにゃりと下がった。
獣魔族の中ではそれなりに魔術を扱うのが得意なのだろうけれど、それでも微妙に制御しきれない部分もある、という事なのかしら。ゴンザレスは内心でそんな風に納得させた。
「あとは……うーんと、特にないな。よし、オレサマの話はもうない」
レェテに挑んで負けて、敗走して逃げ隠れた場所がこの家で、そこでゴンザレスたちと遭遇した。その流れも説明したし、正体を明かす事にもなったし、レェテと会った時にゴンザレスを抱えて逃げようとした事も話した。指折り数えるようにして確認する。
ゴンザレスやベルナドットが他に何か聞いてくるようなら答えるつもりでいるが、正直な話、ザッシュが知る事はそう多くない。
だからこそザッシュは話す事はもうないなとばかりに伸びをした。話をする前までは姿勢を正していたが、話し終わった事で気が抜けたというのもある。
伸びたついでにそのまま後ろに倒れこむようにして寝転がったが、ゴンザレスに汚すようなら風呂場にぶち込むぞと言われたため再びそっと姿勢を正した。
人間の姿ってこういう時不便だよな、と内心で思う。今の今までずっと獣の姿でいたせいで、感覚が大分獣寄りになっているという事に今更ながらに気付いたザッシュはちょっとヤバいのでは? と思い至って少しだけ顔を青くしていた。




