一家に一台欲しい
村の自宅。村長の家にあったものと比べると、村にはなかった調理器具がここには存在している。
彼女が作った道具。前世のを参考に作ったのだろう。無くても確かにどうにかなったが、有るなら有った方が便利。それがレンジである。
だがしかし、前世、ベルナドットの祖父母の家で使われていたレンジはとても古い型だったため、温めが終わった時になる音はチン、という音だったし、両親がいた家の方はピロリ、ピロリ、ピピロリロ♪ みたいな音であった。
だからこそ、てっきりここにあるレンジもそういう感じの音だろうと思っていたのだが。
チャラリーラリ、チャラリラリラー♪
聞こえてきた音は、何というかラーメンが脳裏に浮かぶ音だった。いやそれチャルメラですよね……?
思わず腰を浮かせて台所の様子を確認しようとしたベルナドットの気配でも察知したのか、
「ベルくんは大人しくまっててちょうだい!」
即座に声が飛んでくる。
ちなみに時折包丁で何かを刻む音やら何かをくつくつと煮ているらしき音やらがするので、一応料理そのものは問題なく行われていると思うのだが……時々聞こえてくるチャルメラの音に毛玉がかすかにびくっと反応するのでそっちの方が気になってくる。
レンジを駆使して一体何を作っているのだろうか……?
冷凍食品とか流石にこっちの世界にそんなものはなかったと思うので、何らかの下ごしらえに使っているんだろうなとは思うのだが。
「というわけで、完成したわ!」
どどん!
そんな効果音でも聞こえてきそうな勢いで、テーブルの上に出来たらしい料理が並べられていく。
「あまり時間をかけるのもなって思ったから、まず鶏肉と野菜のポトフ。
肉と野菜のオイスターソース炒め。
トマトとツナサラダ。
そして米よ」
「お……おぉ……!」
てっきり、危うく。
漫画などでよくある美少女が作りたもうた料理と言う名のダークマターを想像もしていただけに、ベルナドットの目の前に並べられた料理はむしろ輝いてすら見えた。
そもそも彼女は転生してから今まで一度も料理はしていないはずなのだ。
隠れ家の中で作ろうと思えば作れたのかもしれないが、アイテム合成であれこれ作ったが料理はしていないと少し前に言っていたので、ある意味でこれが初めての料理であった。
村での主食はパンが多めだったが、王都には米も売られていた。とはいえ、食べるのは今日が初めてである。持ち帰り用の店では米を使った料理がなかったもので。
「とりあえず毛玉の分はツナと鶏肉茹でたやつね。ほらお食べ」
皿に盛られた物を見て、毛玉はいそいそと彼女の目の前に移動しじっと見上げている。ご飯をもらえると聞いて! とばかりの行儀の良さ。床に皿が置かれると、少しだけ匂いを嗅いでから食べ始める。
それを横目にベルナドットも「いただきます」と小さく言ってから食べ始めた。
転生してから初めての米。何か思ってたのとちょっと違う気がするけど、それでも米! おかずと一緒に口に運んで噛みしめる。
「……美味いな」
「言ったじゃない、料理くらいでーきーまーすー!」
むぅ、と頬を膨らませるが、すぐに表情が戻る。
「確かにできるはずないって思われても仕方ないけど。そもそも前の時だって滅多に自分で作らなかったし。忙しすぎて基本はゼリー飲料とか栄養ドリンク、コンビニ弁当メインだったもの」
「そういやブラック企業勤めの社畜だったんだもんな……」
ベルナドットの前世は就職するより先に終わってしまったけれど、彼女は世間の荒波に揉まれまくっていたのだ。それを思うと今世は生贄とか……
「ベルくんが何考えてるかは何となく予想つくけど。別に私不幸だとか思ってないわよ」
「そうか……?」
「逆にこんだけ好き勝手やらせてもらって恵まれてると思うもの」
それにしたって釣り合ってないんじゃないかと思うのだが。
本人がいいと言うならそう思う事にしておこう。
「――ところでね、ベルくん。ちょっとこれ見てもらえるかしら」
食べ終えて、後片付けは自分が、とベルナドットが率先してやり終えた後。
リュックの中からずらりと出された食材を見せられる。
「小麦粉、卵、ココアパウダー……? え、こんなん売ってたか? 記憶にないんだけど」
小麦粉と卵はともかく、ココアパウダーが売っていた店に足を運んだ覚えはない。
「これは私が作ったやつね」
あっさりと言われてそうかと納得したが、そこから更に色々出されて困惑する。
「これでね、一応ケーキが作れるわけなんだけど。めちゃくちゃ面倒じゃない」
「あー、チーズケーキあたりなら初心者でも簡単に作れるけど、デコレーションケーキとかになると確かに大変……か?」
「一番下のビスキュイ生地部分だけでも正直ローマジパンとか普段使わないから使うやつとなるともうこの時点で何か面倒な気配を察知しちゃうし」
「お、おう」
ローマジパンとは……? ベルナドットの脳内で一瞬そんな疑問が浮かんだが、何か製菓関係のレシピで見た覚えはある事を思い出したのでそのまま流す事にする。
「スポンジ焼いて、カットして、クリームとスポンジと交互に挟んで、ってやるのも面倒じゃない」
「均等にスライスするのって最初は手間取るよな」
「ベルくんがお菓子作りの話題に普通についてこられるとかこっちが驚くけど。まぁ手間がかかるのは事実よね」
言いたい部分はそこではないのだろう。彼女もさらりと流した。
「そこでこいつの出番ですよ」
どん、と出されたのは例の合成ボックスだ。
「材料いれまーす」
卵も小麦粉もバターもその他諸々の材料も、そのままどさどさっと入れられる光景に突っ込むべきかと思ったが、今更突っ込んだ所で手遅れだった。完全に全ての材料が合成ボックスの中に入れられてしまっている。
「で、いつものー」
蓋を閉めて魔力を流す。
そして一瞬の間を置いて。
ぱか、と蓋を開けるとそこには何だかとても高級そうなチョコレートケーキが。
「普通に作るとこれ、一時間じゃきかないくらい時間かかるんだけどね。あっという間ですよ。ぶっちゃけさっきの料理もこうすれば一瞬だったんだけど、そうすると私が料理できない説濃厚になるから」
「そのためだけにあえて手料理振舞ったのかよ……いや美味しかったけども。
……え、一応聞くけどこれからやる何か酷い名前の店、洋菓子店とかなのか?」
「酷いとは何よ酷いとは! ごった煮の何が悪いというの!」
「何もかもじゃね?」
居酒屋あたりならその名前でも問題ない気がするが。名前だけで何の店かと聞かれると正直答えられる気がしない。正直料理屋であっても何の店かわからないしどんな料理が出てくるかわからないし、到底美味しそうな物が出てくる気配を感じられない気しかしないとベルナドットは思っているが。
しかし既に提出したギルドの申請書には、営業時間含めて記してあるので今から変更は……どうだろうか。できるとは思う。流石に色々とふざけてるとしか思えないわけだし。あれ普通に役所だったら役員に嘲笑されるレベル以前に話にもならないとすら思う。むしろ何であれで通ってしまったのか。
「正直ね、店の名前は悩んだのよ。ちゃんぽんと」
「どうせなら偽名で悩んでほしかった」
右手をそっと右頬にあてて、ほぅ、と息を吐く彼女の姿はまさしく深窓の令嬢と言わんばかりであったが。
言っている事がちょっとアレすぎてベルナドットは思わず真顔で呟いていた。限りなく本心からの呟きである。
「あんたのネーミングセンス最悪すぎないか?」
「凝った名前つけるよりわかりやすさを重視したまでの事ですけど」
「どこがだ」
多分理解できているのは名前をつけた本人だけだと思う。割と本気で。
「一応念の為聞くぞ? 偽名は他に何か候補なかったのか?」
「ゴルベーザと悩んだ」
「いいですとも! とか絶対言わせねーぞ!!」
「ベルくんの名前がセシルかカインだったらこっち名乗ってたわね。残念だわ」
「うわー、俺の名前そういうネタをもたらすやつじゃなくてマジ助かったー」
というか、セシルもカインも普通にこちらの世界に存在する名前だというのに、まさかの異世界のゲームのネタが絡んだせいでとんだネタネームになってしまった瞬間であった。キラキラネームだとか言われてたやつと果たしてどちらがマシだろうか……?
名前の始まりがどうあってもゴから始まるのは何かのこだわりだろうか、とふと思ったがこれ以上突っ込むと何だか知らなくていい情報まで出てきそうな気がしたのでベルナドットはそっと心の棚に放置して気付かなかった事にする。
「それで、この後どうすんだ?」
「一応近所のお店見て市場調査的な? それで売る物決めたら素材収集かな」
「そうか。了解した」
素材そのものは王都周辺に森だの河だの湖だの山だのと色々あるのでまぁどうにかなるだろうとは思う。ギアに乗れば多少遠くとも問題はない。何なら港のある方へ行けば海の素材も手に入るだろう。
「というかだ、最悪ロクな素材がなかったとしても、石を金に変えたりできるくらいだ。素材を一足飛びで欲しい物に変えるんじゃなくて、段階踏んで変えてけばどうにかなるんじゃないのか?」
「できなくもないけど最終手段かな。そこそこ疲れる」
そう返された言葉に。
何かもう手に入らない物がないんじゃないか? という気がしないでもなかった。
だってそれができるなら、魔力粉と適当な素材からスタートさせていけば最終的に何にでもなるわけなのだから。
――ちなみに。
合成ボックスで作られた見た目やたら高級そうなチョコレートケーキはこの後普通に食べる事となったが、何というかデパートのやたらお高い店で売ってるような味がした。もしくはクリスマスの時期の予約必須な数量限定のやつ。
店の名前はアレだけど、もういっそこのチョコレートケーキだけでいけるんじゃないかな、そう言いたかったが恐らく彼女はその案を却下するだろう。
とりあえず。
材料を用意したら時々作ってもらおう。ベルナドットはそう決意した。村ではろくに甘味も出てこなかったが、彼は前世から割と甘党であった。ちなみに酒も辛いのよりは甘いの派である。若くして死んでしまったけれど、きっともっと長く生きていたなら中年に差し掛かったあたりでまず間違いなく糖尿病あたりに悩んでいたに違いない、とは本人も思っている。
「それじゃ毛玉、行ってくるね」
わざわざ玄関まで見送りに来た毛玉に声をかけて出て行く彼女の後ろから、ベルナドットも続いて出る。
出るついでに毛玉を一撫でしたら、一瞬遅れてから威嚇された。
「お前……一日一回必ず威嚇するのやめろよって思ってた所に更に威嚇回数増やすのやめろよな……」
威嚇だけで噛まれたり引っかかれたりはしないけれど、やられたら絶対痛いだろうなと思っているので是非やらないでいてほしいところだ。
呆れたように言うベルナドットに、言葉を理解しているであろう毛玉は耳を伏せて顔を背け、
「え? 何も聞こえてませんけど?」
と言わんばかりの態度であった。中々にいい態度をしている。




