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転生したら生贄だったので残りの人生好きに生きます  作者: 猫宮蒼
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観光どころじゃない



 何事もなければ宿に泊まり、朝になったらちょっと街の中をぶらりと見て回ってそれから帰るつもりであったのだ。けれども何事もなければ、という部分で躓き襲撃されるなんていうイベントが発生してしまった。

 イベントとかいうのもどうかと思うが、他にどう言えばいいのか上手い言葉がみつからない。

 事件が発生、と言うと大げさすぎるし、トラブルというのも同じく。

 ベルナドットとしては怪我もなかったわけだし、別に死人が出たわけでもない。ベルナドットの中では大した事のない出来事認定なのであまり事を大きくしたいわけでもなかった。


 襲撃した冒険者からすれば痛い目には遭っているし、仲間からも怒られたしで散々な目に遭っているかもしれないが、まぁそこは仕方がない。ベルナドットの中ではどちらかというと襲われた自分よりも宿の主人の方が被害者であった。自分が宿に泊まってしまったばっかりに……と一瞬思ったが、彼らの話によると他にも声をかけられた者はいるようだし、他の宿に泊まったとしても襲撃は起きていただろう事を考えるとやはり一番の被害者はベルナドットが泊まった宿の主人、という結論に至る。


 ともあれベルナドットは証言者として冒険者――セイルと名乗った――を連れて再びベルガルディア家へとやって来ていた。

 昨日の今日なので、流石に顔を忘れられたりはしていないだろう。門番が別の人間である可能性があるが、女主人であるルチリスと面会できずとも、せめてリラに繋いでもらえればそちらから話がいくだろうとは思っている。

 幸いな事に、二人いる門番のうち一人は昨日もいた人物だった。昨日も見た顔の人間が何故かもう一人連れてやって来た事に少しばかり訝しげな視線を向けられる。


「ちょっといいか」

「……どうした」

 昨日も顔を合わせていた方が応対する。ベルナドットの顔に覚えがないもう一人は警戒しているのか鋭い視線を向けているが、すぐさま摘まみ出すという実力行使にでるつもりはないらしい。とはいえ、こちらが少しでも怪しい動きをすればすぐさま動きそうではあるが。


「いや、なんか襲われたんだよな。俺。で、襲われた原因が多分この家関連っぽくて。生憎俺は昨日眠いからさっさと寝たけど、襲撃者から話を聞いてくれたのがこの人でな。大した情報にはならないと思うけど一応こっちにも伝えておこうと思って」

 説明とするには大雑把にも程がある言葉。しかし門番の男は驚いたようにベルナドットを見上げた。

「お前さんも襲われたのか」

「お前さんも……?」

 その言葉に何とも嫌な予感がしてくる。

「実は……いや、ここでする話ではないな。中に通そう」

「大丈夫なんですか?」

「責任はわしが取る」

 もう一人の門番が心配そうな声で聞いてきたが、すぐさまそう返されたためかそれ以上は何も言えなかったらしい。



 昨日も案内された部屋。そこに通されたので、昨日と同じ席に腰を下ろす。

 一先ず客という認識らしく、リラとは別のメイドがお茶を運んでくる。それを受け取ってベルナドットはとりあえず一口飲んだ。

 セイルはベルガルディア家からの依頼を受けた事が何度かあったが、直接ベルガルディア家に足を踏み入れた事はなかったので、どうにも落ち着かない様子で室内を見回している。とはいってもあからさまにきょろきょろと頭を動かしているわけではないので、一見するととんでもなく視線が泳いでいるだけだった。


 どう話が通ったのかまではわからないが、そう待たされたわけでもない。やって来たのはリラだった。けれども彼女の表情は、昨日と違いどこか焦りが浮かんでいる。


「――お待たせいたしました。奥様は現在こちらに来る事ができないのでお話はこちらで伺わせていただきます」

 リラの表情、雰囲気、そういったものを見ると平静を装おうとしているがどうにも完全に装いきれていない。何かあったのは確かだが、果たしてそれを聞いていいものかどうか、と悩んでいるうちにセイルは既に話に入っていた。ベルガルディア家の主人が出てきたわけではないが、それでも代理で話を聞くという人物であれば主人に近い立ち位置にいる。セイルとしても手早く話を済ませたい気持ちがあったのだろう。


 ベルナドットに語った時は多少ざっくりとした部分もあったようだが、リラに話しているのはそういったざっくり感がない。手早く、しかし詳細をハッキリと。恐らくはギルドの方でも似たような事は何度もしていたのだろう。セイルの話は淀む事なくすらすらと語られ、ベルナドットが紅茶を完全に飲み干したあたりで終わりを迎えた。


「……金に困った冒険者に目を付けたという時点で、冒険者ギルドあたりの内情にも詳しい相手が関わっているかもしれない」

 最後にセイルがそう締めくくる。ベルナドットの時はそんな事を言っていなかったが、犯人捜しという点で伝えておくべきだと思ったのだろう。冒険者なんてそもそもあちこちを移動するのが普通である。勿論一つの場所を拠点としてそこで活動する事もあるが、依頼次第で他の場所へ行くのだから定住者よりも個人の情報なんて少ないのが普通であった。

 例えば依頼を受けるにしても、金払いの良い所を率先して選んでいるような相手であれば金が必要なのだと理解はできる。しかしそういった内情は、当然その依頼を受けた冒険者とその手続きをするギルドの職員くらいしか知るはずはないのだ。冒険者仲間同士で多少の話をする事はあれど、例えばちょっとした金を得たら豪遊したいとかダンジョンでお宝発見したらどうするー? とかのちょっとした軽いノリで語られる事はあるが、家族が病気で急遽金が必要になったなどの話は流石に誰彼構わず吹聴したりはしない。勿論、同じ仲間としてパーティを組んでいる相手に伝えるくらいはするが、それ以外の相手にもベラベラ話したりはしないものだ。

 そもそもそんな重たい話を軽率に語られても困る、という部分もあるだろうし、語る側もわざわざそういった事をベラベラと喋りたいものではない。不幸な自分に酔っていて理由はどうあれ同情されたい、というのであればともかく。


 さておき場合によっては冒険者ギルドの職員ならばそういった話を知っている事もある。高額依頼を率先して回してもらおうという魂胆もあるが、場合によってはそれが偽証である可能性もあるために必ずしも優先してその手の高額依頼を回してもらうという事はそこまでないが、何かあった時にすぐ家族の元へ駆けつける事ができる範囲で依頼を請け負いたい、という場合もある。

 その話はベルナドットもなんとなく理解できないわけではない。前世で言うなら家族に介護が必要な相手がいて、そのためにあまり長時間働く事ができないとか事前に伝えておくようなものだろう。小さい子供がいるから何かあった時にすぐ早退できるように、だとか。


 だからこそそういった込み入った事情を知るのは、同じパーティ内の仲間とあとは一部のギルド職員といったところか。けれどもベルナドットに襲撃を依頼した相手はそういった内情を知ってその上で彼らに声をかけた。

 となると確かにギルドに関わっているか、そういった相手と繋がりがあると思われるのは当然だろう。


「やり方がヤな手口だな」

 思わず呟く。

 遊ぶ金欲しさにやらかすなら同情する必要もないが、家族のために、なんて理由で稼ぐのに必死になっている相手に大金ちらつかせれば判断力だって鈍るだろう。このチャンスを逃せばこれだけの金を稼ぐのにどれだけかかるだろうか、なんて考えてしまえば怪しいと思っていたとしても簡単に断れなくなる。そうして悩んでいるうちにあれこれ口車に乗せられたのだろう。自分の事ならともかく、大切な身内が苦しんでいて、その苦しみは大金があればある程度は解決できる。苦しいのが自分であればまだ怪しいと思えば断れただろう。けれど、苦しいのは自分ではなく大切な家族であったなら。もしここで断って、その後症状が悪化したら、だとかちょっとでも思ってしまえば飛びついてしまうのも仕方がない。

 例え犯罪まがいの事をして助けられたと家族に知られて罵られたとして、それでも間に合わずに死なれるよりは……と昨夜襲撃してきた彼らも思ったに違いない。

 そうまでして助けたい相手がいる、という人物がかなりいるというのも驚くが、この世界割と危険は身近に潜んでいるので昨日の襲撃者含め他に依頼を受けたであろう人物の数を考えればそこまで多いわけでもないのかもしれない。


 セイルの話が終わるとリラは顔をくしゃりと歪めてこめかみのあたりに指をあてた。

「冒険者ギルドにも……旦那様なら気付いているかもしれませんが……いえ、どちらにしても……」

 こちらに聞かせるつもりはないのだろう。小声で呟いているものの室内が静かなので嫌でも聞こえてくる。


 そうしてしばし。考えがまとまったのかリラはすっと顔を上げた。そうしてこちらに向かって恐らくは話は聞いたので、とお引き取りをとでも言おうとしたのか口を開いた直後――


 少し遠くの方でガシャンと陶器が割れたような音が響いた。

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