スタート地点ですらない
「――と、まぁ、そういうわけで、何か知らんけどそういう流れになった」
「凄いわね、ある意味王道の成り上がりストーリーみたいじゃない」
「王道はともかく成り上がりって……いやまぁ、事実だから何も言えない」
やや表情をげんなりさせつつもグランも流石に何も言えなかったようだ。
騎士になる、と聞いた時は単純に入団する流れなのかと思いきや、まさかの家の跡継ぎ、つまり養子になっちゃいなよ宣言。あぁ、だからグランは話を始める前に少しばかり戸惑いがあったのかと今更のように納得する。そりゃ普通に騎士団に入るだけならともかく、そんな事にもなれば困惑だってする。
「一応、俺としてはここの素材集めもあるから、って断ろうとしたんだ。ただあんたら最初に言ってただろ。王都に居るのは長くて三年って。そしたらそれは構わないって言うんだ。けど、素材集めとかしない日はみっちりしごいてやるって言われて……家を継ぐかどうかはその結果で決めるって……家を継ぐ継がないともかく、騎士団に入団はする流れになってるっぽいんだよなぁ、完全に」
俺の人生のはずなのに俺に決定権がほぼ無かった、とグランは語る。
とはいえ、騎士団。危険な事もあるだろうけれど、それは冒険者であった時と同じようなものだろうし、冒険者であれば危険な目に遭っても稼ぎにならないなんて事も普通にあるが騎士はちゃんと報酬がある。
まぁ、一獲千金なんてものは騎士にはないのでそこら辺は……考えようだけれど。
冒険者と比べると騎士の方が職業としては安定している。ただまぁ、割と自由にあちこち移動できる冒険者と違って気軽にあちこち出歩けるわけではなくなるのが騎士だ。
仕事で各地を巡る事はあっても、そうでなければ配属された場所次第で窮屈な暮らしになるかもしれない。どこかに行きたいと思っても、それが中々叶わない事だってある。
「で、どうするのグラン。野良犬生活か飼い犬生活、どっち選ぶの?」
「言い方。いやまぁ、そんな感じではあるけれども」
冒険者には冒険者なりの流儀があるので野良犬呼ばわりも違う気がするが、世間一般から見れば似たようなものなのだろう。チンピラよりかは話が通じるがやや無法者、冒険者なんてギルドができる以前はそんなイメージだったようだし、ギルドができてある程度周知されるようになってからもそのイメージは完全に払拭できてはいない。
「冒険者としてこのままやっていっても先が見えてるからな。剣術とか面倒見てくれるっていうし、とりあえずはヘルマンさんの世話になろうかと」
「そう。貴方がそう決めたならいいんじゃないかしら。素材採集に関しては今まで通りこっちを手伝う事も可能みたいだし、そういう事なら私は構わないわ」
「まぁ、養子云々はちょっと遠慮したいところではあるんだけどな……」
グランとしては騎士になるのは構わない。騎士にそこまで憧れを抱いていたわけではないが、きっとあの故郷であのまま暮らしていたならば自警団には入っていたと思うし、騎士なんてそれの延長上のものだと思えば別になんて事はないのだ。……どうだろう? 父が生きていれば自分が騎士になりたいなんて言えばどういう反応をしただろうか。賛成するのか、反対するのか。父がかつて騎士であった事は知らなかった。騎士をどうして辞めたのかも知らない。
だからこそ、想像できなかった。そうか、と言って騎士になる事を後押しする父も、騎士なんて反対だとキツイ口調で止める父も、想像はできるのだけれど、どちらの反応をするのか、という部分だけが想像できなかった。
いや、まぁ、きっと父さんならお前が決めたんならそれでいいとか丸投げしそうだなとも思うのだが。
「そう。とりあえず帰ってきたばっかりだし、数日は休んだ方がいいのかしら? っていうか、家は?」
「一応まだあのボロ家だな」
「うぅん……ゆっくり休んで、って言えない感じね」
「遠征討伐前に多少補強しておいたんだけど……結構空けたからな……荷物もロクに置いてないし。正直これから帰ると絶対冷え切ってるのがわかってるだけに、辛い」
「……仕方ないわねぇ、ベルくんの隣の部屋空いてるから、今日の所は泊まっていきなさいな。防寒具だけでしのげる感じでもないでしょうしね」
「恩に着る」
グランのその反応に、あぁ、だから真っ先にここに寄ったのかと納得する。
一度家に戻ってからこっちに来ることだってできただろうに。
けれどあの家に戻った所で何もない。寄る必要すらないような場所。グランにとってあの家は、ただ寝るために戻るだけの場所だ。正直ゴンザレスがアイテムボックスの中に突っ込んである小屋の方がまだ快適に思えるし、そうなればやはり戻る意味を見出せないのだろう。
「そういうわけだからティア、ちょっとベルくんの隣の部屋準備してきてくれる?」
「はーい」
言われてティアがパタパタと軽やかな足音を立てながらベルナドットの隣の部屋へと向かう。
「クローゼットの中にお布団とか入れてあるからー」
「はーい」
やや遅れて声をかければ先程と同じ返事が返ってくる。
一応ベルナドットの隣の空き部屋は家具もそれなりに用意してあるが、現状誰も使っていないのでベッドの上は何も置いていない。急に誰かが泊まるような事になった場合を想定してクローゼットの中にマットやら敷布団、掛布団、枕などは入れておいたけれど、もしかしたらこのままずっと使わないままかと思っていたくらいなので、使う機会がやって来た事は喜ぶべきなのだろうか。
普段ティアが空き部屋であっても定期的に掃除はしていたので、埃などはかぶっていないはずだ。
「なぁ、聞いていいか?」
「どうした?」
「いや、俺が聞いた話だとここにたまに買い物に来るようになったイルギスの部下なんだよな、ヘルマン」
ティアが準備を終えるまでにそう時間はかからないだろう間に、ベルナドットが思い出したように声を出す。
「あぁ、そうだけど……?」
「でもグランの話聞いてるとヘルマンて孫いてもおかしくない年なんだろ? そこら辺ちょっと気になって」
「あぁ、本来なら立場的に上にいるはずなんだろうけど、現場にいたいからとか何かそういう理由でイルギスを昇進させたとかなんとか言ってた気がする……」
「なんだ、実は若く見えるイルギスの方がすっげぇ年上とかそういうやつではなかったんだな」
「なんつーか、騎士団内部の人間関係も色々ありそうだから正直入団はさておきホント養子だけは避けたいんだよなぁ……」
ベルナドットとそんな事を話しながら、グランはこめかみのあたりを揉むようにしつつ呻いた。
「確かに、父親が知り合いだからっていう理由で養子になりました、ギースベルト家の人間になりました、なんて事になればやっかみとかありそうだものね。グラン、背後には常に気を付けた方がいいんじゃない?」
「物騒!」
横から口を挟んだゴンザレスに、反射的に叫ぶ。
イルギスの家も貴族であるなら、ヘルマンの家もまず間違いなく貴族に名を連ねている。
「ありとあらゆる可能性を想定しておいた方がいいんじゃない?」
「やめろよ、何かそう言われると本当にありとあらゆるヤバい事が起こりそうな気がしてくる」
「まぁ、人間関係でごたつきそうな気配はあるけど、剣術以外にあとは礼儀作法とか叩き込まれたりするのかもしれないわね。頑張れ♪」
「礼儀作法……あぁ、そうか、そうだよなぁ……ますます養子だけは回避したい……」
「ねぇグラン。頭抱えてるところ悪いんだけど、養子回避しても騎士になるならやっぱり最低限の礼儀作法は必須よ」
上に行けば行くほど王族だの貴族だのといった相手の警護だとかの任務だってあるだろう。そういったものがない下っ端であっても、王都を見回っていても貴族と絶対に接触しないなんて事もない。王都はそれなりに緩い方ではあるが、けれどもそういったものが全くないわけではないし、そうなればやはりどう足掻いても礼儀作法は叩き込まれる。
それを指摘すると、グランは頭を抱えたままテーブルに突っ伏した。
「まぁ貴方そこまで粗雑ってわけでもないし、大丈夫でしょ。最初は慣れない事とかあって戸惑うだろうけど」
天涯孤独になった青年が冒険者になるなんてのはよくある話だ。そしてそんな青年が騎士になるなんて展開も、まぁ全くないわけではない。
さながら物語にありがちな展開ではあるけれど。
多分グランは成り上がっていくような事にはなりそうにないわね、とゴンザレスは思っている。
上を目指すぞ! というわけでもないし、何をするでもないけれど気付いたら何か凄い事やって出世してた、とかそういう事もなさそうだ。
ヘルマンにしごかれつつも剣の腕を磨いて、何か普通に騎士団の中でそこそこのポジションに収まりそう。
あと、騎士団にいる人材にもよるけどツッコミポジションになって苦労しそう。
グラン本人が聞けば「おいおい」と突っ込みそうな事を思いながら、ゴンザレスは適当な激励の言葉を送る。何を思ったのかベルナドットも似たような感じで激励の言葉を送りだした。そのせいで若干戸惑われたが……グランが何かを問う前にティアが部屋の準備を終えて戻ってきたので結局そのあたりは有耶無耶になってしまった。
仮に追究できていたとしても、多分グランにとっていい結果にはなっていないだろうから、これで良かったのだろう、きっと。




