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転生したら生贄だったので残りの人生好きに生きます  作者: 猫宮蒼
ゲームでいうところの中盤の新しい大陸

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その思い出に何と名を名付けよう



 遠征討伐でそれなりに大変だったのはこのハイバードとの遭遇だった。他にもちょいちょい大変だったなと思える事はあったはずだが、インパクトが薄い。終わってみればそうでもなかったな、と言ってしまえる程度のものばかりだ。

 旧街道を進み、目についた魔物を倒していく。温厚な性格でこちらから襲わない限りは襲ってこないタイプの魔物は見逃しながら。

 静かだった森は、やはりハイバードが関係していたようだ。あの狂ったように騒々しい魔物とは他の魔物と言えども積極的に関わりたいと思えるものではなかったのだろう。あれが倒された後は、どこかほっとしたように活動を再開し始めた温厚な魔物の姿も見えるようになったし、逆にあの厄介なのがいなくなったら自分の天下だとばかりに討伐隊に襲い掛かってくる魔物もいた。

 厄介なのはハイバードを倒した事を見て、こちらを警戒している魔物である。

 そういった奴らはじっと息を潜めて気配を殺してこちらの隙ができるのをひたすらに窺うのだ。

 森に覆われた旧街道を進み、森を抜けるまで何も仕掛けてこなければこちらから仕掛ける他ない。


 隙さえ見せれば襲い掛かって来るだろう事は確かなので、対処としてはそう難しい話でもない。


 そうやって時に追い、時におびき寄せながら魔物を倒して進む。


 何度目かの野営はすっかり慣れたものだった。

「失礼する」

 配給された夕飯を食べていたグランの隣に腰を下ろしたのはヘルマンであった。

 普段は部下に指示を出したり報告を聞いたりしているために冒険者とはあまり接点のないヘルマンであったからこそ、まさか自分の隣に来ると思っていなかったグランは思わず飲み込もうとしていたスープを逆流させるところであった。こういった時の食料は貴重であるので根性で堪えたが。


「お疲れ様です」


 声をかけてわざわざここに座った以上、こちらも何かを言うべきだろう。とはいえ気の利いた言葉など出てこようはずもなく。当たり障りのない言葉をどうにか口に出して、軽く会釈するのがやっとだった。


「――時におぬし、マクシミリアンという男に心当たりは?」

 単に他に席がなくて隣に座っただけかと思っていたかったが、どうやらヘルマンはグランに用があったらしい。そもそも冷静に見回せば他にも座る場所はあったのだ。なのにわざわざ隣にやって来る理由なんて、話したい事があるとか聞きたい事があるとか理由があるからに他ならない。


「……父の、名前ですね。貴方のいうその人と同じかはわかりませんが」


 家名含めて聞かれれば間違いようはないはずなのだが、名前だけであるならば結構同じ名前の人物というのは存在しているため、聞かれた名前の人物がこちらの知る人物と同じであるとは限らない事もある。

 流石に王族あたりは恐れ多くて、という事があるがそうでなければ有名な騎士の名にあやかった名前をつける、なんていう親はそれなりにいる。グランが生まれ育った村でも同じ名前の子供が三人はいた。彼らは最終的に別々の孤児院に引き取られたので、今はどうしているかわからないけれど。


「そうか。あいつは元気にしているか」

「あっれー、今俺本人かわからないって答えたばっかなんですけど!?」

 正直な話、グランは父からあまり多くを聞いていない。幼かった頃に何となくで父から剣を教わりはしたが、それだってそう長い年月ではない。村がなくなった時点でそれは終わってしまった。

「……別人なものか。それだけそっくりで、違うだなんてあるはずがない」

 いつまでたっても答える様子のないグランに、ヘルマンは静かに語りかけた。

「それに、技術は稚拙だがその剣筋は明らかにあやつから教わったのだろう」


 稚拙、と言われてグサッと来たが、それはまぁ仕方がない事だった。教わっていたのは基礎中の基礎としか言えない部分で、父はきっとグランがもっと成長してから本格的に教えるつもりでいたはずなのだ。もう父から教えてもらえる事がないとわかってからは、ひたすら教わった基礎だけをこなすことにしていった。その中で、たまに出会った冒険者の動きから自分が使えそうだと思った部分だけを真似たりもしたが、あくまでも父から教わった動きを邪魔しない範囲でだ。

 基礎だけは怠る事なくやってきたためどうにか形になっているが、鍛錬を積んで研鑽を重ねている騎士の目からすればそりゃあまぁ、児戯と言われても無理もない。


「もう随分前に亡くなりました。故郷の村と一緒に」


 ヘルマンの中で父はまだ生きていると思われていた。ならば、自分はどうみられていたのだろうか。父の教えに嫌気がさして故郷を飛び出して冒険者にでもなった駆けだしか。ヘルマンがもし父の知り合いであったとして、もしそう思われていたならばきっと父の元へ乗り込んでいたかもしれない。お前は一体何を教えていた、なんて。

 グランの想像だ。けれども、ヘルマンの雰囲気からそう思えてしまったのだ。


 父は悪くない。今も生きていてくれていれば、きっともっと色んな事を教わっていた。剣だけではない他の事だってきっと。もし、もしまだあの村があったなら、自分はどうしていただろうか。

 村で父から剣を教わり、村の自警団あたりにでも入ってあとは畑を耕して暮らしていたかもしれない。恋人は……できたかどうかはわからないけど、多分村の誰かと一緒になったかもしれない。

 もしそうであったなら、きっとヤルバだってまだ生きていた。魔剣を手にする前までは、まだ彼だってマトモだったのだ。内に溜め込んだものがあったとしても、それでもきっと同じように自警団に入っていたならば彼はその実力で持て囃されたはずだ。村一番の力自慢としてゆくゆくは誰からも頼りにされていたに違いない。

 それとも、村での生活に退屈さを感じてやはり冒険者になっていただろうか。


 どちらにしてももう有り得ない展開を夢想する。


 実際は既に父もいないし、ヤルバも死んだ。あったかもしれない未来なんてものを想像しても虚しくなるだけだった。


「そうか……死んでおったか……とはいえ、マシな死に方だったようだな」

「自然災害には勝てませんからね。マシかどうかはさておき」

「あいつの事だからなぁ、てっきり痴情の縺れで刺されてるとか、変なところで油断してバッサリ、とかありそうだったもんなぁ」

「いやあのそれ本当に俺の父ですか? やっぱ名前が同じだけの別人では?」

 グランの記憶の中の父と一致しなくて思わず突っ込む。相手は仮にもこの部隊の隊長だから、あまり失礼な口はきかないようにしようと思っていたけれどそんな思いはあっさりと吹っ飛んでいた。


「いや、お前さん……グランだったか。マクシミリアンにそれだけ似ていて別人となると、同じ名前で同じ顔の奴がもう一人いるという事になってしまうだろうが。他人の空似はあるとしても、その他人が似ている挙句名前も同じとかそっちの方が無理のある話だろうよ」

 それにな、とヘルマンはどこか呆れたように息を吐いた。

「元よりマクシミリアンに剣を教えたのはわしだ。あいつの癖までそっくり覚えておいて、他人であるなどあるものか」


 そこまで言われてしまうと、他人です違いますと言い切るのも難しく思えてくる。剣、ではなく短剣であったがそれでも魔物を倒す時の動きに大きな変化があるわけでもない。これが剣ではなく違う種類の武器であればどうなっていたかはわからないが、短剣ならば多少立ち回りを変えるくらいで動きに大きな違いはない。癖、と言われてもグランにはよくわからなかった。身体に負担がかかっているわけでもなさそうなので、気にした事すらなかった。

 ヘルマンの言う通り彼がグランの父に剣を教えていたのであれば、それだけの時間マクシミリアンを見ていたのであれば間違いようもないのだろう。父に似ている、と言われても生憎グランはもう随分前に亡くなってしまった父の顔を朧気にしか覚えていないので、自分が父に似ていると言われてもピンとこなかったが。


「すいません、正直もうあまり父の事、覚えてないんです。顔とかそんなに似てますか?」

「あぁ、そっくりだとも」


 そう言われてしまうと、否定しようがない。そうか、自分は父に似ていたのか。身支度の際によく見ていた自分の顔だが、そう言われるならば今度もう少しだけじっくり見てみよう。そんな事を考える。


 そんな事を考えていると、ヘルマンはポツポツとではあったがグランの父でもあるマクシミリアンについて語り始めた。

 村で暮らし始める前の父の話。グランが知らない父の話。村で、幼かった自分から見た父とはまた違う父の話。けれども聞いているうちに、あぁ、父さんだと確かに思えるのだ。自分が知る事の無かった一面。


「……しかし、そうか。死んでおったか……惜しいな。実に」


 話を聞いているうちに、すっかり配給された食事は食べ終えてしまっていた。ヘルマンが隣に座るより少し前に大体食べ終わるところだったので、話を聞かずともすぐになくなっていたのは確かだろう。何とはなしに空になった容器に視線を落として、たった今まで話されていた父の事を思う。


 村に来る前の父は中々に破天荒な人物だったように思う。基本的に騎士として規律のある生活を送っていたようだが、ふとした瞬間に羽目を外している、どこかお調子者めいた存在であった。

 村で父と暮らしていた事を思えば、確かに茶目っ気はあったがそこまで破天荒でもなかったように思う。けれどもそれは、恐らく騎士団というガチガチの規律で縛られた場所ではなく大まかな村のルールがあるだけの暮らしで、ついでに言うなら父親となったからこそ子供の面倒を見なければならない、という面もあったからだろう。時折村の中でもやんちゃな連中と拳で語り合ったりしていた気もするが、割かしカラリとした気質であったためかそこまで後を引いていた記憶もない。幼かったグランにそういう面を見せなかっただけと言われればそれまでだが……


 ただ、話を聞いているとまるで別人のように思えるのに、それでもふとした瞬間であぁ、父さんなんだなと納得できるのだ。そんな事があれば父さんなら確かにそうしただろう、という説得力があった。


 父がどうして騎士団を抜けたのかは知らない。ヘルマンにとっても急な話だったようだし、幼いグランにそんな話をする事もなかった。そもそも父がかつて騎士団にいたという事を知ったのは、たった今だ。

 だからこそ、いくつかの真相は闇の中のままであった。

 ヘルマンの口から出てきたのは、かつて騎士団にいた父と、父と仲の良かったであろう人物の名前。友人であった彼らも今はもう騎士を引退し故郷に戻っているとの事だった。そうか、父を知っている人は他にもいたのか……とグランの胸の中で何かがすとんと落ちる感覚。てっきり、村がなくなって、父が死んで、母も死んで、かろうじて生き残った者だっているけれど幼い子らは自分の家族の事ならともかく他の家の人間の事などそう覚えてはいないだろうし、グランより大人であった生存者だって故郷がなくなった事で生活が大変になれば他人の事を思い出す余裕なんてないだろう。

 だからこそ、もう父の事を覚えているのは自分だけだと思っていたのだが。


「そうか……他にもいたのか……」


 その事実に何故か安堵した。まだ、父は自分以外の誰かの思い出の中であっても生きている。

 とはいえ、ヘルマンの口から母の名が出てこなかったので、きっと父が騎士団を辞めてから母と知り合ったのだろう。

 母も確か他の村からグランが暮らしていた村にやって来たという話を聞いた気がするので、どこかで母の事を知っている誰かの思い出であれば良いのだが……



「それで、お前さんは村がなくなって生きるために冒険者に?」

「はぁ、まぁ、そんなところです」


 本当なら孤児院に行くつもりだったが、受け入れる数にも限りがある。だからこそ、ほぼすべての子らを受け入れてもらったあと、こうなったら食い扶持は自分で稼ぐしかねぇ、というヤルバの言葉に賛同して二人で冒険者になったのだ。もしかしたら受け入れてくれる孤児院は探せば他にあったかもしれない。けれど、グランもヤルバもそれなりに大きくなっていて、食べ盛りでもあった。常にカツカツ状態の孤児院に行って他の子どもたちの取り分を減らしてしまうような事になるのはなんとも心苦しかったのだ。

 この時点でヤルバは既に身体もかなり大きかったし、だからこそ余計に自分でどうにかするしかないと思ったのだろう。


 話せ、と目で訴えられた気がしたのでポツポツと語る。

 故郷がなくなり孤児院へ行こうとしたが、受け入れられる数に限りがあった事、いくつかの町や村を巡ったけどどの孤児院も受け入れられる人数に限りがあった事。

 そうして最終的に他の大人たちも身の置き場を見つけたために、これ以上どこかに行くにしても……とアテがなくなりつつあったので、同じ村の出身であったヤルバと冒険者になった事。

 他に二人の仲間を得て、いくつかの冒険を経てダンジョンへ挑んだ事。仲間を喪った事。魔剣を手にしたヤルバが変わってしまった事。

 どうにか彼を止めたくて、追った先で山賊の頭になった事を知り、乗り込んだものの返り討ちにあった事。そこで知り合った人の手を借りてどうにかしたこと。

 ここら辺は正直に話したかったが、騎士団には既に本当の事ではない話が事実として伝えられている。話が違うとなればまた面倒な追及をうけそうだと思ったのでそこはかつてゴンザレスが口にした事を話す事にした。不本意ではあったが。


 結果としてヤルバを倒す事になり、山賊と言う脅威はなくなったけれどかつての仲間であった事から現在疑いをかけられたために今回の遠征討伐に参加する事になった事などを話し終わる。

 多分そこら辺は言わずとも既に騎士団の方で情報は回ってるだろうと思ったが、そこを話さないとなるとほとんど話す部分がなくなりそうだったので、あえて含めた。


「ふむ……そういう事か……」

 何に納得したのかはわからないが、ヘルマンは成程な、と小さく呟く。


「お前さん、冒険者を続けていくつもりかね?」

「今は、まだ。いずれは……どこかに腰を落ち着けなくては、と思ってます」

「ふむ、そうかそうか。マクシミリアンの息子ならわしの孫も同然。どうじゃ、家継がんか」

「えっ……!?」

 ガシャン。

 食べ終わったし話が終わったら片付けようと思って纏めておいた食器が、割れこそしなかったが盛大な音をたてた。


 ちょっと話がぶっ飛びすぎてやいないだろうか、この爺さん。


 これが、グランの嘘偽りのない感想であった。

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