救いは売ってません
ある日の事。
ゴンザレスは売り上げの一部をギルドへ納め、ついでにその足で教会に向かい寄付もしようと思っていた。
だからこそ教会に足を運んだのは、別におかしな事ではない。
しかし。
何故今自分の目の前で男が一人土下座をしているのだろう。
思わず首を傾げる。
別に襲われたから返り討ちにした結果命乞いをされているとかいうわけではない。そもそもゴンザレスなら一撃で意識を刈り取る方向性で攻撃するので、土下座をして命乞いをする余裕があるはずもない。
それ以前にこの男に襲われたわけでもない。というか命乞いをされているわけでもない。
どうしてこうなったんだっけ……? と思いながらもゴンザレスは教会に足を運んでからの事を思い返し始めた。
教会に入るあたりまでは何事もなく普通だったと言える。
そうして既に何度目かの寄付をするべくシスターアンジュへ声をかけたのだ。かつて、この教会でルークとアッシュという弟子を強引にゲットしてからもちょくちょくと通っていたので最初にやらかした事はさておき今ではすっかり常連である。
教会の常連というととんでもなく信者っぽいが。
シスターアンジュも慣れたのか、最初の頃は二人の少年を強引に確保していた事を思い出してかほんのり表情が引きつったりもしたが、今はもうすっかり何事もなかったかのような微笑みすら湛えている。
時々ルークやアッシュがここに顔を見せに来ている事もあるのだろう。とりあえず無事みたいだし大丈夫そうですね、という結論に達したのかもしれない。
だからこそ寄付もすっかり慣れた様子で手続きを終わらせる事ができたし、その後は普通に立ち去るつもりだった。いつもと違う変化といえばここからだっただろうか。
シスターアンジュに呼び止められて、会ってほしい人がいる、と言われたのだ。
これが良かれと思って、といった感じであればともかく、その時のシスターアンジュの表情はどこか強張っていた。何というか、正直やりたくはないのだけれど義理で仕方なく……といった雰囲気すら滲み出ていた。いつもは穏やかに微笑みを浮かべるシスターがそういった表情であるという時点で何らかの面倒事の気配を察知してもおかしくはない。
断る、という選択肢もゴンザレスにはあった。
しかし仮に面倒事だったとして、果たしてどんなものだろうという興味が湧いてしまったのだ。余計な好奇心を……とその場にベルナドットがいたら突っ込んでいたに違いない。
そもそも何事もない平穏な日々を望むでのあれば、それこそ本当に何のイベントも発生しそうにない――起きても精々キャットファイトくらいか――故郷の村にいればよかったのだ。
それなりに何らかのイベント発生を望んで王都にやって来たようなものなのだから、それなりに何らかのイベントの気配を察知すれば当然首を突っ込むに決まっている。
生贄まで三年を切った。残されている時間には限りがある。退屈なまま無為に過ごして終わらせる人生とか流石にちょっとどうかと思うのでそれなりに山あり谷ありなイベントがあれば全力で参加したい所存であった。
そのやる気をもう少し別方向に向けてくれ、とベルナドットなら言いそうではあるが。
ともあれ、会わせたい人物とやらが今丁度教会にいるとの事なのでゴンザレスはそれじゃついでに顔合わせるくらいしていきましょうか、とあっさり頷いてみせたのだ。
シスターアンジュの表情からは断ってくれてもいいんですよ!? といった感じの何かが滲み出ていたが、ここで断ってもその人物が教会にいるのであれば、帰り際に強引に突撃かけてこないとも限らない。それなら素直にここで顔を合わせておいた方がいいだろう。
一体誰と引き合わせようとしているのかはわからないが、帰り際に誰も止めてくれない状況で強引に接点を作られるよりも、シスターアンジュがいる場所でなら仮に相手が暴走するような事になってもどうにか止めてくれると思っている。
保身半分、面白半分といったところであった。
そうして出会ったのは一組の男女である。
会わせたい人物がてっきり一人だとばかり思っていたが、まさかの二人。いや、もしかして一人は単なる付き添いか? とも思ったが、もしかして両方だろうか? とも思う。
最初に目についたのは女の方だった。
こちらは痩せてほっそりとした体型であり、背はゴンザレスよりもやや高い。ゴンザレスの身長がそもそも別に高いわけでもないので、女の背丈は標準かそれより少し上といったところだろうか。赤い髪はかすかにウェーブがかかっており、左右に分かれて頭の上で結われている。誰が見ても完璧ですと言いたくなるくらいのツインテだった。やや猫の目のように吊り上がった双眸は温かみのあるオレンジ色に煌めいている。
着ている服は平民とそう変わらないように見えるがそこかしこに細かな装飾がなされ、貴族ではないだろうけれどそれなりにいい家のお嬢さんだと思わされる。
パッと見、第一印象で言うなれば。
典型的な我儘ツンデレ系お嬢様、といった感じだろうか。
年齢はゴンザレスと同じか、それよりも少し上……大体アリサやエリザと同じくらいに見える。
彼女はこちらをどこか値踏みするように見ていたが、特に敵意とかがあるわけでもないし、本当にじっと見つめているといった程度だったのでゴンザレスも特に気にする事なく男の方へ視線を移動させた。
男の方は女よりも少し年上に見えた。多分ベルナドットとそう変わらない年齢に見える。
黒い髪を短く刈り上げたやや筋肉質な体型。目は……開けているのだろうか? と思わず問いかけたくなるくらい細目であった。あれだ、何か普段から閉じてるように見えてここぞというシーンでカッと見開く系キャラのような目。
とはいえそういったキャラにありがちないかにも参謀やってますみたいな感じではなく、お人好しで利用されそうな感じがした。
こちらも第一印象で勝手に言うなれば。
何か兄弟とか一杯いて長男だからみんなの面倒見てめちゃんこ苦労してそう。
そんな雰囲気を感じる。
近くにいる女のせいで、彼女の我儘に振り回されてそう、という具合にも見えた。偏見であるのは認める。
男が着ている服を見る限り、こちらは完全に平民だとわかるものだ。シンプルで、目立った飾りなどはない。男だから着飾る必要を感じないと言われればそれまでなのだが、彼の場合は見た目よりも機能性重視といった感じを受ける。
そんな二人を目にして、ゴンザレスはとりあえずどうしたものかな、と視線をシスターアンジュへ向けた。はぁ、と小さな溜息が聞こえたのはそれとほぼ同時だった。
「急にこんな事を言ってしまってごめんなさいね。このお二人が、どうしても貴方にお会いしたいというものですから」
その言葉に、まさか二人同時に自分に会いたいと言っていたのかと理解はした。けれどもこの二人にはあまり見覚えがない。どこかで会っただろうか? と思い返しても記憶にかすりもしないので、どうして会いたいと思われているのかさっぱりだった。
「初めましてゴンザレスさん。ワタシはクラニア、それでこちらが」
「バルグです」
すっとクラニアと名乗った方が手のひらをバルグへと向けて指し示すと、バルグと名乗った男は深々と頭を下げた。
「あっ、はい。よろしくお願いします……?」
全く記憶に覚えがないという時点で店の常連でもないし、ご近所さんだったかもわからない。はて、そんな二人が一体どういうご用件だろうかと首を傾げそうになった矢先。
「お願いします! 助けて下さい!!」
いきなりバルグと名乗った男が目の前で土下座をしたのだ。
ちなみにクラニアと名乗った方は土下座こそしてはいないが、バルグのやや後ろで膝をついて手を組んでいる。それお祈りの姿勢ですやん。なんで祈られてるんだ私は……とわけのわからない状況に、どうしてこうなってるんだ? と結局は首を傾げる結果になる。事情を理解してそうなシスターアンジュへ視線を向ける。何でもいいからこの状況をどうにかする手段を下さい。割と切実である。
しかし肝心のシスターアンジュはというと左手を頬に当て、何とも言えない悩まし気な表情を浮かべていた。こっちを見てすらいない、というか意図的に視線を逸らしているように見えた。
とりあえずゴンザレスにとってその表情は、助けてあげたいけど手を貸したくはない、というような何とも言えない複雑な何かが見えたような気がする。
いやほんとにこれ、どういう状況……?
事情はわからないし、助けて下さいと言われても安請け合いするのは流石にちょっと、と思っているしでどうしようもない。これならまだ普通に通りすがりに喧嘩売られてボコボコにしたのを命乞いされた方がまだわかりやすかったなとすら思っている。
仮にそんな状況だったらクラニアと名乗った女がバルグに縋って泣いているか、代わりにキャットファイトに突入するかの二択な気もしているが。
とにもかくにも、ゴンザレスが選べる選択肢は今のところそう多くはない。
「とりあえず……顔上げて下さい。あと事情も聞かせてもらえますか? 助けるかどうかはそれから決めます」
事情を知らないうちにいいよともいえないし、聞かずに断るのも何となく憚られる。
だからこそ、ゴンザレスはまず話を聞く事にした。




